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20.怪人、頼りにされる

 猟鎧兵の肉体と頭脳は、通常の人間とは大きく異なる。

 今から7年後に外宇宙からもたらされる超技術によって、猟道衆は細胞分子密度を100倍まで凝縮する技法に開眼した。

 その際、同時に獲得した空間歪曲設計を併用することで、見た目は通常の人間ながら、その身体能力は単純計算で100倍に達するという化け物を生み出すことに成功した訳である。

 今の泰時は、片手で500kgの物体を持ち上げることが可能だった。つまり、軽自動車程度なら両手で担ぎ上げることも出来るという計算になる。

 骨格密度も同様であり、金属バットで打たれた程度では骨折には至らない。

 更に脳細胞も、その細胞分子密度が100倍にまで成長している。泰時がヒストリーハッカーの膨大な知識と技術を吸収することが出来たのは、10年後の彼が猟鎧兵の肉体構造進化過程をも、過去の自分自身に継承したからに他ならない。

 だからこそ、今回の球技大会では泰時は凡庸な体格ながら、超人的な身体能力を発揮することが出来ている。誰もが驚きの念を以て泰時の活躍に心奪われたのには、そんなからくりがあった訳だ。

 そしてそんな泰時の圧倒的な脅威は、準決勝で当たった一年D組に対しても容赦無く襲い掛かる。


「ははは……まさか、キミがこんなにも凄い奴だったなんてな……いや、前から分かってたつもりだったけど、改めてこうして目の当たりにすると、怖さすら感じるな」


 試合開始、センターラインに両チームが並んで挨拶を交わした際、敵側に所属する勇樹が苦笑を滲ませてそんな台詞を放ってきた。

 泰時は、たまたまですよと言葉を濁しつつ、勇樹からの握手に応じた。


(初戦で力を見せつけちゃったから、今更手加減なんて出来ないしな……)


 ゴールマウス前に佇み、じっとセンターサークル方向を見つめている泰時。どうやらD組のフォワードのひとりは勇樹が務めるらしい。

 であれば、この試合の中で彼と勝負する局面も出てくるだろう。


(申し訳ないけど、今回は本気で完封を狙うよ)


 やがて、ホイッスルが鳴った。

 フィールド外では多くの声援が飛び交っている。


「叶邑! 完封頼むぜ!」

「やれー! いっちゃえー! 叶邑くーん!」


 前の試合に続いて、泰時に向けられる声援が最も大きい。神セーブ連発でサッカー部員らの猛攻を全てシャットアウトした手腕が彼ら彼女らの心をがっちり掴んだのは間違い無い様だ。

 当然この試合でも、泰時はD組の攻撃を難無く捌き続けた。

 時折、勇樹のセンスに満ちたテクニックと、同級生の中では抜群と思えるフィジカルの強さに感心する場面もあったが、しかしそれらは飽くまでも通常の人間の範囲内である。

 猟鎧兵として100倍の身体能力を誇る泰時の前では、赤子の手を捻る様なものだった。

 結局、D組との準決勝も2対0でA組の完勝。守備の立役者である泰時は、もうこの時点で多くのクラスメイト達から厚い信頼を寄せられる様になっていた。

 ところが、試合を終えてピッチ外に出ようとした泰時を、D組のサッカー部員が呼び止めるという一幕があった。


「なぁお前……どこ中? お前みたいなすげーキーパーが居るなんて、聞いたこともねーんだけど……」


 そのサッカー部員は泰時を全国レベルのサッカー経験者と勘違いしているらしい。

 しかし泰時は、サッカーに興じたのは今回が初めてだとかぶりを振った。


「うっそ……マジかよ! お前さ、うちに来いよ! 絶対、インターハイも冬の選手権も狙えるって!」

「あの、御免なさい……僕、部活とか、興味無いんで……」


 泰時はやんわり断ったが、そのサッカー部員のみならず、同じA組のサッカー部の面々からも、是非入部してくれとひっきりなしに声がかかる有様だった。


(これ、しばらく続いたりすんのかなぁ……)


 内心でうんざりしながら、泰時は体育館へと足を向けた。

 バスケットボールでの戦いに臨むクラスメイトの女子らを応援する為である。

 既にふたつのチームの内、片方は敗退したらしい。

 しかしもう片方、即ち瑠菜が所属している方のチームは初戦を突破し、優勝候補といわれているC組女子のチームとの試合が組まれている模様。


(東崎さんも凄いけど、うちの女子にはもうひとり、女バスの有力株が居るしな……もしかしてワンチャン、あったりするかも)


 そんなことを思いながらコートへ足を運ぶと、丁度前半を終えてインターバルに入っている最中だった。

 点差は12。瑠菜達が負けている。


(あらら、空気が悪いな……まだ負けた訳じゃないのに)


 泰時が少し離れた位置で眺めている先で、瑠菜と女バスのクラスメイト女子、そして他のメンバーらが真剣な顔で何やら話し合ってる。

 その時、瑠菜が泰時の存在に気付いたらしく、慌てた素振りで手招きしてきた。


(ん? 僕に何か用?)


 内心で小首を捻りながら、泰時は瑠菜に招かれるままチームの女子らの輪に加わった。


「ねぇ叶邑くん……何かアドバイス、くれない?」

「え? 僕が、ですか?」


 実は泰時、少し前に相手チームの戦いぶりを観察して、その戦術や各メンバーの身体能力、技術などは大体把握していた。その分析結果も、頭の中には入っている。

 しかし、その内容を瑠菜達に伝えて良いものかどうか。


「あ、それなら大丈夫。この球技大会、チーム外からの助言とか全然OKってルールだから」


 そういう問題ではないのだが――瑠菜の言葉を聞き流しながら、泰時は女バスのクラスメイト女子、倉科麗香(くらしなれいか)にちらりと視線を流した。


(僕みたいな素人が口出ししたら、倉科さん、気ぃ悪くするんじゃないかな……)


 泰時としては極力、クラス内で波風を立てたくない。そんな思いから、敢えて口をつぐむ腹積もりだったのだが、しかし思いの外、麗香本人は妙に前向きだった。


「ね、叶邑君……向こうの試合、さっき見てたのよね? 何か、攻略ポイントってありそう?」


 どうやら麗香は、プライドを捨ててでも自分のチームを勝利に導きたいタイプらしい。いわば、チームへの貢献を是とする性格の様だ。

 であれば、余計な気遣いは無用なのかも知れない。

 泰時は、腹を括った。


「じゃあ、そうですね……向こうの女バス部員はセンターとポイントガードのふたりみたいですけど、このふたり、思った以上に穴があります」


 そのひと言に、瑠菜と麗香は食い入る様な仕草で整った顔立ちをずいっと寄せてきた。


「センターの方は身長が高くて動きも良いけど、動体視力が悪いのか、リバウンド取る時に一瞬、躊躇する癖があります。なので東崎さんが先にティップして主導権取って下さい。あとガードのひとは、割りとスリーポイントに騙され易いです。倉科さん、スリーポイントの成功率は?」

「えっと……自慢じゃないけど、四割は超えてるよ」


 それで十分だ、と泰時は頷き返した。


「なら、二回か三回、スリーで陽動かけて、その後はスクリーンで味方のレイアップを仕掛けて下さい。それだけであのガード担当のひとは相当に迷う筈です」


 この時、瑠菜と麗香、そしてチームの女子らは心底驚いた様子で、泰時の顔をじっと見入ってきた。

 更に泰時は、相手チームの他のメンバーについても事細かに分析結果を説明した。

 その具体的で明瞭な言葉に、瑠菜と麗香は何度も得心した表情で頷いていた。

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