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15.怪人、感謝される

 朝の満員電車内。

 泰時は、幸恵から渡された痴漢連中の情報を自身のスマートフォンに表示しながら、敵の位置を密かに盗み見た。

 あの連中は、恐らく常習犯だ。

 であれば、被害者は佳菜子だけとは限らない。寧ろ、他にも手を出していると考えた方が自然であろう。

 幸い、犯人共は秋真高校の最寄り駅へと向かう路線を利用している。その為、泰時も連中が乗車する便に同乗する形で追跡することが出来た。


(痴漢連中は全部で五人。被害者を包囲する形で位置を取るのが常套手段……)


 幸恵が調べ上げた情報には幾つか不完全な部分もあったが、泰時はヒストリーハッカーの知識と技術を総動員して、連中の個人情報を全て完璧に洗い出していた。

 後は奴らの犯行現場を抑え、その証拠を拡散することで社会的に抹殺してやれば良い。勿論、その前にサーバーと連中の端末内に侵入し、佳菜子への脅しに使った画像を全て跡形も無く消去する。

 必要とあれば、他の被害者の分も同様に処分するべきだろう。


(……動いたな)


 泰時は、五人の痴漢連中のすぐ近くに位置を取って、彼らの動きをじっと観察していた。

 そしてそのうちのひとりが、被害者たる女子高生らしき相手のスカート内に手を突っ込んだ。


(ポーズイン)


 ここで泰時は、時間を止めた。

 犯人周辺の乗客の位置を力ずくで左右に押しやり、犯人の男子高校生が被害者の女子生徒のスカート内に手を突っ込んでいるその現場を、自身のスマートフォンで撮影。

 後は、他の四人に対しても同様に犯行の瞬間をカメラに収めてゆくだけである。勿論、連中の顔も明瞭に写る形でだ。

 少なくとも、ひとり当たり三枚ずつは犯行現場の写真を確保する必要がある。

 これには相当な根気が必要となるが、しかし泰時は労力を惜しまなかった。


(10年後の僕は……この力が痴漢摘発の為に使われることになるなんて、流石に思っても見なかっただろうな……)


 内心で苦笑を漏らしつつ、泰時は移動させた乗客らの位置を元に戻してから停止した時間を解除した。


(ポーズアウト)


 再び、車内の時間が動き出す。

 被害者となっている女子高生には申し訳ないが、今は奴らを叩き潰す為の証拠集めが必要だ。

 心の中で平謝りしながら、泰時は引き続き痴漢連中の動きを監視し続けた。


◆ ◇ ◆


 それから一週間後。

 五人の痴漢連中の犯行現場となる写真がネット上で拡散された。

 これを受けて、連中の通っている高校と警察、更にはマスコミまでが一斉に動き出した。

 痴漢を繰り返した五人が社会的、司法的な制裁を受けたことは勿論だが、それ以上に大きな騒ぎとなったのは謎の私刑ハッカーの誕生であった。

 ヒーロー気取りの違法な私刑ハッカー出現ということで、テレビやネット上では連日の様に取り沙汰される様になっていた。

 しかしながら、泰時が手を下したことは警察のサイバー対策課に於いても把握することは出来ず、世間では謎の私刑ハッカーの善悪の是非までが取り沙汰される様になっていた。

 そんな中、幸恵が放課後の一年A組の教室に顔を出し、泰時を校舎裏へと呼び出した。


「あれ……叶邑クン、だよね?」


 周囲に誰も居ないことを確認してから、幸恵が声のトーンを落としながら問いかけてきた。

 泰時は静かに頷き返した。

 幸恵の面には緊張の色が張り付いている。

 或いは彼女は、


「あれはやり過ぎだ」


 などといい出して、泰時を責めるつもりなのかも知れない。

 しかし泰時は、それでも構わないと腹を括っていた。


(どうせ僕は、10年後には人類の敵になるんだ……だったら、私刑ハッカーだ何だと騒がれて世間の敵になったとしても、今更な話だよ)


 泰時は、自分でも随分な変わりようだと驚いている。ヒストリーハッカーの能力と知識、技術は、かつての陰キャなぼっちをこんなにも強気な悪人に変えてしまうのかと、内心で舌を巻く思いだった。

 だが、後悔は無い。

 例え悪人呼ばわりされようと、何だって構わない。

 目の前で、泣いているひとが居る。そのひとを自分の力で救うことが出来るなら、悪の道にだって喜んで踏み入れよう――その決意には、何の揺らぎも無かった。

 ところが、この直後に見せた幸恵の反応は泰時の想像とは真逆だった。

 彼女は感極まった様に瞳を潤ませ、泰時の両手を取って穏やかな笑みを浮かべた。


「ありがとう……叶邑クンのお陰で、佳菜子ちゃんもやっと救われたよ」


 しかし、泰時が私刑ハッカーの正体であることを世間に晒す訳にはいかないから、こうしてひとの目を避けて感謝の意を伝えることしか出来ない。それが彼女には、もどかしいらしい。


「でも、御免ね。こんな形でしか御礼がいえなくて……アタシの中では、叶邑クンは世間で騒がれている様な酷い奴じゃないよ。キミは、アタシの友達を助けてくれたヒーローだから……アタシと佳菜子ちゃんは何があっても、キミの味方だから。それだけは、信じて欲しいの」

「あ、いえ、その……どうも、ありがとうございます」


 そして更に幸恵は、佳菜子が直接泰時に御礼がいいたいと望んでいる旨も口にした。


「出来たら今日、佳菜子ちゃん家に一緒に行ってくれない? あの子、叶邑クンにどうしても、直接自分の口で御礼がいいたいんだって」

「あ、はぁ……別に構わないですけど……」


 そんな訳で、泰時は再び佳菜子の自宅を訪れる運びとなった。

 正直、痴漢連中を纏めて始末した段階で佳菜子とは縁が切れると思っていただけに、泰時にとっては少々意外な展開ではあった。


(まぁ……流石に僕が私刑ハッカー本人だってことを暴露されることはないだろうけど……)


 多少の不安を抱えつつ、泰時は幸恵と肩を並べて秋真高校を後にした。

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