13.怪人、困惑す
陽射しの中に、少しずつ夏の鋭さが混ざり始めた頃。
泰時はいつもの様にコンビニのレジ袋を携えて昼休みの屋上へと姿を現した。
(お、今日はひとが少ないな……ラッキー)
そんなことを考えながら、屋上ベンチの一角に陣取って握り飯とサンドイッチ、紙パックのコーヒー牛乳などを取り出していると、不意に頭上から降り注ぐ陽光が遮られた。
何事かと視線を上げると、そこに見覚えのあるキャラメルブラウンのロングボブが静かに揺れていた。
「叶邑クン、見ぃ~っけ」
「えっと……芝浦、先輩……?」
過日、校内の廊下で一度だけ顔を合わせた幸恵が妙に嬉しそうな笑顔を湛えて、覆い被さる様な格好で泰時の凡庸な顔を覗き込んできていた。
幸恵は瑠菜とはまた違った印象の健康的な色気が漂う美人で、男子バスケットボール部のマネージャー長も務めるアクティブな先輩女子だ。
将来的には特装戦志団の凄腕オペレーターとして猟道衆と敵対することになるのだが、今はまだ同じ高校の先輩後輩に過ぎない。
が、正直なところをいえば、余り顔を合わせたくない相手だった。
というのも、泰時は瑠菜を守る為とはいえ、男子バスケットボール部のエースである高山の醜聞を広めてしまったのである。
流石にその事実を知られてしまうことはないだろうが、エース高山の立場を貶めてしまった手前、幸恵にこうして声をかけられるのは相当に気まずい。
それにしても、何故彼女はわざわざ泰時に呼び掛けてきたのか、その真意がよく分からない。或いは、たまたま屋上で顔を見かけたから、何の気なしに近づいてきただけだろうか。
「ね、隣、イイかな?」
「あ、はぁ……どうぞ」
さも当然の様にベンチの隣に腰を下ろしてくる幸恵に、泰時は内心で相当にビビりながら頷き返した。
「いや~、それにしても大変だったよぉ、高山の件」
しれっとそんな話題を口にしながら呑気に笑う幸恵。対する泰時は、危うくコーヒー牛乳を噴き出しそうになってしまった。
(う……それを、僕の前でいいますか……)
先程までよりも更に気まずい空気を感じてしまった泰時。
しかし、よく分からない。何故幸恵は、そんな話題を泰時に振ってくるのか。
もしかすると、彼女は泰時が瑠菜の為にやったことを全て見透かしているというのだろうか。
(いやいや……んな訳、ないよ。僕はヒストリーハッカーとしての能力と知識をフル回転させて、徹底的に隠蔽したんだ。バレる筈が……)
しかしどうにも、気分が落ち着かない。この不安の正体は一体何なのか。
嫌な予感ばかりが浮かんできてしまうのだが、泰時は何とか必死にポーカーフェイスを貫こうと頑張った。
ところが――。
「んでさぁ、あの高山の件バラ撒いたの、叶邑クンだよね?」
今度こそ泰時は喉から心臓が飛び出るかという程の衝撃を浴びて、思わず幸恵の顔をまじまじと見つめてしまった。
何故、どうして、分かったのか。どこでバレたのか。
もう訳が分からない。
泰時はサンドイッチを握り締めたまま、その場で硬直してしまった。
「あら……ホントに、キミだったんだ。へぇ……そうなんだ……」
「……!」
完全に、してやられた。どうやら幸恵は、ただ単にカマをかけてきていただけらしい。その誘導尋問に、泰時は易々と引っかかってしまった訳だ。
ヒストリーハッカーとしてのチートな能力を身につけたとしても、心理戦にまで長けている訳ではない。
泰時は己の迂闊さを心底呪った。
「ま、でもイイんじゃない? 最近の高山、ちょっと調子に乗り過ぎてたしね。あれぐらいのお灸を据えて貰う方が、アイツにとってもイイ薬になったと思うよ?」
だが幸恵は泰時を責める訳でもなく、あっけらかんと笑った。そして漸く思い出した様に、自身も同じ様にコンビニのレジ袋を広げて菓子パンを取り出していた。
「御免ね、急にこんな話振っちゃって……でも、確証が欲しかったんだ。キミが、アタシと同じスキルを持ってるのかどうか……でも、想像以上だった。キミは多分、アタシなんかよりももっと凄いハッカーだよね」
「え……もしかして……芝浦先輩も、ハッカー、なんですか?」
にっこりと微笑む美貌に、泰時は信じられない思いで呆然と面を返した。
が、よくよく考えれば理解出来ない話でもなかった。
今から10年後、幸恵は特装戦志団の超有能なオペレーターとして数々のハッキングスキルを駆使して猟道衆に対抗してきた。
その能力の前兆が既に今から発現していたとしても、決して不思議ではないだろう。
ということは、今回泰時が瑠菜を守る為に取った手段についても、彼女は相当なところまで調べ上げている可能性がある。
泰時は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
ところが幸恵は、警戒の念を滲ませて多少引き気味になっている泰時にその美貌を間近に寄せてきて、真正面から泰時の凡庸な顔をじぃっと見つめてきた。
「ねぇ叶邑クン……もし良かったら、相談に乗ってくれない? ホントは清史郎とか火野クンに頼りたかったんだけど、あの子達じゃどうにも手に負えなさそうで……」
突然幸恵は、神妙な面持ちで迫ってきた。のみならず、泰時の両手を取って懇願する様な瞳をぶつけてきたのである。
一体何事なのか――泰時は混乱以上に、驚きの方が強くなってきた。
将来、お互いに命を奪い合う宿敵となる筈の幸恵が、こうして必死の表情で泰時に救いを求めてくるなど、全くもって想定外だった。




