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11.怪人、その決意

 翌日以降も泰時は瑠菜の隣の席で決して目立たず、極力気配を殺して大人しい毎日を過ごす様に努めた。

 瑠菜はそんな泰時の意向を汲んでくれたのか、必要以上に声をかけてくる様なことはしなくなったが、それでも時折アイコンタクトで何かを語り掛けてきたり、周囲の目を盗んで微笑を投げかけるなどしてくる。


(東崎さん……僕のことなんか、放っといてくれたら良いのに……)


 内心で溜息を漏らす泰時。

 しかしそんな思考とは裏腹に、心の底には変な嬉しさが横たわっている。それは、自分でも分かっていた。

 瑠菜が泰時のことを、気にかけてくれている。その事実が彼女の態度の端々から伝わってくる為、それだけで救われた様な気分になってしまうのだ。

 こんな生活が続けば、或いは仮にいじめが本当に発生したとしても、耐え抜けるのではないか。自分が将来、猟道衆の幹部として人類に仇為す存在にならずとも済むのではないか。

 そんな希望が、ほんの僅かながら湧いてくるのである。

 恐らく、元々のヒストリーハッカーの意思は真逆の目的を持っていたのだろう。今から10年後の知識と能力を得ることで、今度こそ猟道衆の勝利へと導いて欲しいというのが本来の意図だった筈だ。

 しかし今の泰時は、瑠菜と戦うことを厭う気分になっている。出来ればこのままどんどん歴史が変わって、瑠菜や勇樹、清史郎といった面々とは戦わずに済む未来を迎えたい。

 その為であれば、ヒストリーハッカーの能力を駆使することには何の躊躇いも無かった。

 ところがここ最近、教室内の空気が妙にぎこちないことに気が付いた。


(……皆、東崎さんを避けてる?)


 最初は気の所為かと思った。

 瑠菜は美人で成績優秀で、誰とでも分け隔てなく接することが出来る明るい女性だ。

 多くのクラスメイトらから慕われていた筈で、少し前まではいつでも彼女の周りには常に何人かのひとだかりが出来ていた。

 ところが、今は違う。

 瑠菜は泰時と接している時以外は、ひとりで居ることが増えてきた様な気がした。そして更によくよく周囲を眺めてみると、クラスメイト、特に女子らからの視線に妙な棘が含まれている様に思えてならない。


(何だ……何があったんだ?)


 もしかして、瑠菜が泰時と接していることが他のクラスメイトらの反感を買ったのだろうか。

 それであれば彼ら彼女らの冷たい視線は泰時にも向けられそうなものだが、しかし実際は違う。クラスメイトは誰も泰時を気にかけてもいないし、何か用事があれば普通に接してくれている。

 それに対して、瑠菜への態度はどうだろう。明らかに、敵意に近しい感情が向けられている様に見えた。


(まさか……東崎さんが、ハブられてる?)


 正直いって、信じられない話だった。

 あれだけ多くのクラスメイトらが何かと慕っていた瑠菜が、どうしていきなり、こんな状況に追い込まれてしまったのか。

 その掌返しともいえる豹変ぶりには、必ず何か理由がある筈だ。

 が、今まで陰キャでぼっちを貫いてきた泰時では、その辺の事情を探るのはまず無理であろう。

 かといって、瑠菜本人に訊くのも憚られる。彼女を傷つけてしまいかねないからだ。


(ということは、聞き出せる相手は限られてくるかな)


 その日の昼休み、泰時は一年D組の教室へと足を運んだ。

 将来の宿敵であり、瑠菜とは幼馴染みでもある勇樹が何らかの事情を知っていないかを聞き出す為である。


「やぁ叶邑君。キミの方から来てくれるなんて珍しいじゃないか。どうかしたのかい?」

「えっと……実は東崎さんのことで、ちょっとお聞きしたいことが……少し、場所、移せますか?」


 その瞬間、勇樹の表情が幾分険しい色に引き締まった。

 この反応を見る限り、彼は何か知っている――泰時は勇樹と連れ立って、屋上へと向かった。


◆ ◇ ◆


 昼休みの校舎屋上は全くの無人という訳ではなかったが、他の誰かに聞き耳を立てられる心配も無い。

 ここで泰時は、瑠菜の身に何かあったのかと静かに問いかけた。

 すると勇樹は腕を組んだまま、表情を更に険しくして大きな吐息を漏らした。


「ついこないだの話なんだけど、瑠菜の奴、二年の先輩からコクられたらしいんだ」


 その先輩というのが男子バスケットボール部のエースで、秋真高校の女子生徒らの憧れの的なのだそうな。

 多くの女子が、その先輩と付き合いたいと告白するも、ほとんどが敢え無くお断りされているということらしい。

 ところが、普段は自分から告白することなど滅多に無いその先輩が、瑠菜に告白したというのである。

 彼を慕う女子らからすれば羨ましい限りであろう。

 そんな夢の様な話を、瑠菜は断ったのだという。そのことは瑠菜が勇樹に語っていたそうだから、きっと間違い無いのだろう。

 問題は、その後だ。


「その先輩を狙っていた女子達は、瑠菜のことが許せなかったんだろうな。自分達がどんなにアタックしても振り向いてくれなかった先輩が、珍しく自分から瑠菜にコクった。なのに瑠菜は、誰もが羨む先輩からの告白を断り、彼を振ってしまった。その先輩に思いを馳せていた女子らは、何様のつもりだとか何とかいって、一斉に瑠菜を非難したんだろう」


 成程、そういうことか――泰時は、それまで瑠菜をちやほやしていた連中のあからさまな掌返しに嫌悪感を覚えた。

 しかし泰時が見るところ、瑠菜は完全には孤立していない。今も尚、彼女の友人として振る舞っている女子生徒は何人か居る。その友人らに類が及ぶことは無いだろうか。


「そのことは、瑠菜も気にしていた。だからあいつは、今も気にかけてくれている数少ない友人らに対しても、距離を取ろうとしているんだろうな」


 怖い話だ、と泰時はごくりと息を呑んだ。

 目に見える様な『いじめ行為』があるという訳ではない。しかしそれまで大勢居た友人達からいきなり無視され、孤立するというのは辛くない筈がない。

 瑠菜は一見すると強い女性の様にも見える。しかしヒストリーハッカーの記憶にある歴史の中では、彼女は後のサウンドハンマーである関川晃司に強姦され、一時期登校拒否に陥った。

 根の部分では、極々普通の、年頃の女子高生なのである。

 辛くない筈がないし、悲しくない筈もない。


(第一、逆恨みも良いとこじゃないか。東崎さんに何の罪があるってんだよ)


 この時、泰時は今までにないぐらいに腹が立っていた。

 自分がいじめられることよりも、泰時に優しくしてくれる瑠菜がいわれの無い責めを受ける方が遥かに苦痛だった。

 そしてこの時、泰時はひとつの決意を抱いた。


(どうせ僕は将来、人類の敵となるんだ……だったら、今この段階で周りを敵に廻したって、どうってことは無いよな)


 ヒストリーハッカーとしての能力を駆使して、泰時が敵と見做した連中に対抗する。

 瑠菜を救う為ならば、喜んで悪に染まろう。

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