11.「超古代炎竜の核」
〝歌王城〟を後にした僕たちは、再び勇者さんの馬車に乗って、帰ることにした。
もちろん、溶岩で波乗りしていたグラーレさんも無事だ。
「こうやってみんなで無事に帰れて、良かったわ」
「本当にそうだね!」
対面に座るセティスとそんな話をして、微笑み合う。
勇者さん、セティス、そして〝歌王〟さん。
彼らの大道芸のすごさは、剣技や魔法の実力によるものだ。
よ~し! 僕も頑張って、すごい冒険者になるぞ!
行きと違って、帰りの馬車は、すぐにあの〝浮遊感〟に襲われた。
そして、〝浮遊感〟が無くなって、馬車が普通に走行し始めた。
――直後。
「きゃっ!」
「うわっ!」
――突然、馬車が急停車した。
すると――
「思った通り、この辺りに来たな、勇者殿。少々話があるのだ。全員出て来てくれ」
「パパ!?」
――外からスティーヴン先生の声が聞こえた。
慌てて外に出るセティスと僕。
遠くに王都の城壁が見える荒野。
そんな場所で、僕らが目にしたのは――
「「!」」
――スティーヴン先生率いる、九十九人の氷魔法使いたちだった。
黒ローブを纏った彼らは皆、冷気を身に纏っており、周囲の空気が冷たい。
「何のつもりだ。俺たちは魔王を討伐して来たばかりなのだが」
「これはこれは失敬。勇者殿、世界の救済、お祝い申し上げる」
恭しく一礼するスティーヴン先生を見ても、勇者さんは無反応だ。
スティーヴン先生は、チラリと僕を一瞥すると――
「勇者殿も知っているのだろう、ロスにアレが埋め込んであることを」
「!」
――予想外の言葉に、僕は目を丸くした。
スティーヴン先生は知っていたんだ!
僕の身体には心臓代わりの魔導具が埋め込んであることを、!
「返して頂きたい。元々アレは、我々が見付けたもの。それを、小汚い盗人に取られてしまったのだ」
スティーヴン先生たちが!?
そうだったんだ……知らなかった……
両手を広げてそう告げるスティーヴン先生に、僕は、必死に訴え掛けた。
「スティーヴン先生! ごめんなさい……先生たちのものだとは知らなかったんです……。でも、僕にはこれが必要なんです!」
そこに、セティスが横から口を挟む。
「パパ。もしソレを取ってしまったら、ロスはどうなるの?」
その問いに、スティーヴン先生は、ゆっくりと、しかしはっきりと答えた。
「死ぬ」
「!!!」
それを聞いたセティスが、目を大きく見開き、声を荒らげる。
「じゃあ、そんなこと出来るわけないじゃない! 何考えるの、パパ!?」
僕は、スティーヴン先生に懇願した。
「お金は払いますから、どうか取らないで下さい! 一生働いてでも返しますから!」
――けど。
「お前なんかが何十年働こうが、稼げるような額じゃない」
「!」
「我々は組織で動いている。構成員全員が生活するために、莫大な利益が必要なのだ。数年前、〝最強〟のもう片方の核も既にあの盗人に掠め取られている。奴は上手く逃げ回り、奴自身も核の行方も、尻尾を掴ませない。が、今回は、奴自身はともかく、核の方の所有者は、はっきりした。逃す訳にはいかない」
「そんな……」
スティーヴン先生は聞く耳を持ってくれない。
「パパ! やめて!」
セティスが懸命に制止しようとしてくれる。
スティーヴン先生は、「そうだな。突然自分の命を差し出せと言われても、躊躇するだろう」と、腕組みをしながら呟くと――
「だから、命を差し出す理由を用意してやった」
「「!?」」
口角を上げながら、指を鳴らした。
と同時に――
「ロス! 無事か!?」
「叔父さん!」
――スティーヴン先生の頭上に、魔法による四角く映し出された映像が現れた。
王都のどこかの建物の一室だろうか。
倉庫のような場所で、叔父さんが後ろ手に縛られて、正座させられている。
顔にはいくつも痣があり、何度も殴られたのだと分かる。
叔父さんの周りには、黒ずくめの男たちが数人立っていた。
「やめて下さい! 叔父さんにひどいことしないで下さい!」
「それは、お前の態度次第だ」
僕がどれだけ必死に訴えても、スティーヴン先生は頑なだった。
「おら! さっさと言えよ! さっき教えたみたいによ!」
「ぐっ!」
「叔父さん!」
黒ずくめの男の一人に殴られた叔父さんが、無理矢理こちらを向かされる。
叔父さんは、真っ直ぐにこっちを見詰めると――
「ロス! いいか、そいつらの言うことは聞くな! 生きて戻って来い!」
――力強く、叫んだ。
「てめぇ、台詞が違ぇだろがよ!」
「ぐはっ! ……頼む! おいらはどうなっても良い! ロスには手を出さないでくれ!」
「叔父さん! 叔父さん!!」
スティーヴン先生は、「どうだ? 命を差し出す気になったか?」と、氷よりも冷たい目で僕を見詰める。
「いくらパパでも、こんなの絶対に許せない!」
怒りに燃えるセティスは、両手を突き出した。
「『巨大氷柱』!」
――だけど。
「『妨害』」
「!? そんな……!」
スティーヴン先生が無造作に翳した手が、虚空に魔法陣を描写。
セティスの魔法は発動前に掻き消されてしまった。
「これは、相当な実力差がある場合のみに成立する魔法だ。つまり、お前の力はその程度ということだ」
「くっ!」
スティーヴン先生が、冷淡に告げ、セティスが項垂れる。
僕が――
「分かった」
――そう呟くと、スティーヴン先生が、満足気に目を細めて――
「分かったよ、叔父さん! この人たちの言うことは聞かない! 生きて戻る!」
「「ロス……!」」
スティーヴン先生は、顔を歪めると――
「ギブゼントを殺せ」
――その目に殺意を宿して、命令を下す。
叔父さんが死ぬ!?
嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!!
そんなの、絶対に嫌だ!!!
僕は――
「叔父さんに――」
――胸の底から湧き上がる想いを――
「――手を出さないでええええええええええええええええ!!!」
――爆発させた。
――次の瞬間、映像の中で――
「お望み通り、殺してやるよ! 死ねぇ!」
――叔父さんに向けてナイフを振り翳した男が――
「ぎゃああああああああ!」
――突如、炎に包まれた。
そして――
「「「「「ぎゃああああああああ!」」」」」
叔父さんを取り囲んでいた他の男たちも、全員が炎に焼かれた。
と、そこで映像魔法は途切れた。
「馬鹿な! この距離で……!?」
スティーヴン先生が目を見開く。
「ほう。遠距離での探知魔法と炎魔法の合わせ技か」
勇者さんが感心したように呟くと、スティーヴン先生は、勇者さんに語り掛けた。
「勇者殿。大人しくその少年をこちらに引き渡して頂きたい。いくら勇者殿でも、この人数差を覆すことは出来ないはずだ」
勇者さんは、いつも通り涼しい顔で答える。
「コイツの問題だ。コイツと話をしろ。俺は知らん」
スティーヴン先生は、「あくまで傍観者を決め込むか……」と、苦々しい表情を見せると――
「いいだろう。では、遠慮なく全員捩じ伏せてやろう」
――天に向かって、高々と手を翳した。
と同時に、背後の九十九人の魔法使いたちが両手をスティーヴン先生に向けて、膨大な魔力を送り込む。
スティーヴン先生の身体が銀色に眩く輝く。
まるで〝月〟が目の前に顕現したかのような錯覚を覚える。
〝地上の月〟の上空には、眩暈がする程の巨大な〝氷塊〟が出現――
「お前が潰れても、中の核は潰れん。返してもらうぞ」
――一つの街を壊滅させるに十分な大きさの、隕石のような氷の塊は――
――スティーヴン先生が振り下ろした手の動きと叫び声に連動して――
「死ね!! 『超巨大氷塊』!!!」
――僕らに向かって落下して来た。
スティーヴン先生たちが、飛行魔法でこの場から素早く離脱する中――
迫り来る巨大氷塊を見上げる僕は――
『絶対に死ぬな。生きて戻って来い。良いな!』
――叔父さんの言葉が、脳裏を過ぎって――
――気付くと――
――大声で――
「生きて戻るんだあああああああああああああああああああ!!!」
――叫び声を上げた。
すると――
「!?」
――僕の全身から巨大な炎が放出。
一気に膨張したそれは、〝槍〟の形を取って上昇、巨大氷塊を貫くと――
「何だと!?」
――粉々に破壊した。
氷塊を粉砕した炎槍は分裂し、無数の〝縄〟へと姿を変化。
飛行魔法で空に退避していた百人の魔法使いたちへと襲い掛かると――
「「「「「ぎゃああああああああ!」」」」」
――拘束すると同時に炎で燃やし、僕らの眼前へと連れ戻した。
炎が焼失、気絶して地面に転がる彼らの中で。
唯一、意識を保っているスティーヴン先生が、黒焦げになり、膝をつきながらも、「まだだ!」と、僕を睨み付ける。
「もう一度、今度こそ、叩き潰してやる! 『超巨大氷塊』!!」
――しかし。
「『妨害』!」
「なっ!?」
――それは、セティスによって発動前に掻き消された。
〝相当な実力差がある場合のみに成立する〟妨害魔法によって。
「いい加減にして! ロスを傷付けるなんて、絶対に許さないんだから!」
蟀谷に青筋を立てながら、セティスが怒号を上げる。
「セティス、ありがとう!」
「ううん。うちのパパが本当にごめんなさい……」
頭を下げるセティスに、僕は首を振る。
「セティスは何も悪くないよ。それに、元はと言えば、知らなかったとは言え、スティーヴン先生たちの物を、僕が取っちゃってたのが原因だし」
「ロス……! こんな目に遭わされたのに、なんて優しいの……!」
目を潤ませながら僕を見詰めたセティスは、「それに比べて」と、スティーヴン先生を冷たい目で一瞥する。
「はぁ」と溜息をついたセティスは、ツカツカと勇者さんに歩み寄った。
「勇者。貴方、使えるんでしょ? あの魔法」
セティスが勇者さんの耳元で、何かを伝えると――
「良いだろう」
頷いた勇者さんは、セティスと共に姿を消した。
どうやら、〝空間転移魔法〟を使ったみたいだ。
少しして、勇者さんと共に、再び姿を現したセティスは――
「パパ。結局は〝お金〟が問題なのよね? たくさんお金が儲かれば良いんでしょ?」
腰に手を当てながら、スティーヴン先生に訊ねる。
スティーヴン先生は、フラフラと立ち上がると、頷いた。
「そうだ。だが、アレと釣り合う程の金額など、用意出来る訳が――」
「そう。なら良かったわ」
「?」
セティスが空を見上げる。
つられてスティーヴン先生が、天を仰ぐと――
「……あれは!?」
――空から、モンスターの大軍が落ちてきた。
いや、正確には、〝大量のモンスターの死体〟だ。
ドーン、ドーン、という轟音と共に、次々と地面に積み上げられて行く。
セティスは、得意顔で、スティーヴン先生を見た。
「これでどう? パパが自慢していた〝SSS級ダンジョン〟よりも更に上の、〝SSSS級〟のモンスター千匹の死体よ?」
「!!!」
「これ、全部あげるわ。クスッ。さぁて、売ったらいくらになるのかしらね?」
モンスターは、その角、牙、目玉、鱗などが、取り引きされる。
入手難易度が高ければ高い程、高値で。
「これで良いでしょ! もうロスには手を出さないで!」
「………………分かった……」
毅然としたセティスの言葉に、スティーヴン先生は項垂れながらそう答えた。
そして、少し離れた場所では――
「『セイクリッドヒール』! ああ! もっと強く! あたいを熱く縛っておくれ!」
どうやらまた自ら被害に遭いに行ったらしいグラーレさんが、最上級回復魔法を用いながら〝炎の縄〟によって身体を炎に包まれ、悶えていた。
※―※―※
「セティス、ありがとう! 勇者さん、ありがとうございます!」
「ううん、パパのせいだもの。娘として当然のことをしたまでよ」
「何、気にするな」
スティーヴン先生たちをあの場に残して、僕らは再び馬車に乗って、王都へと向かった。
暫くそのまま馬車に揺られた後。
「ロス。話がある。降りてくれ」
「あ、はい! 分かりました!」
勇者さんにそう言われて、僕は馬車の外に出た。
その後を、セティスもついてくる。
「実はな」と、切り出した勇者さんは、突然、銀鎧を素早く脱ぎ去った。
「きゃあ!」
悲鳴を上げながら両手で顔を覆うセティス。
でも、よく見ると、指の間から凝視している。
布の服のみとなった勇者さんが、上着を捲り上げると――
「俺も、埋め込まれているんだ」
「!」
――その胸の真ん中に、〝銀色に輝く玉〟が埋め込まれていた。