5、楽しい?お買い物
文明も文化も発達していない世界でのお買い物。
便利グッズなど売っていないし、服だって色鮮やかな物は無いはず。
あるものをうまく活用して生活する、というのはなかなか大変そうですね。
この雑貨屋は爺さんが店主だったはず。
「すみません、旅の支度をしたいのですが~。」
店の奥にいる店主に声をかけると、昨日の爺さんが出てきた。
「旅の支度?何がいるんだ?」
「何も持ってないので、必要な物全部ですね。」
「何も持ってないって・・・、あぁ、魔物に襲われて全部置いてきちまったんだったか。」
「そうなんです。おかげで昨日持ってた鞄くらいしかなくて。」
「どこに行くんだ?」
「旅仲間を探しにカナンへ行こうと思っています。」
「カナンか・・・歩きか?」
「いえ、カナンに向かう行商人の方がいらしたときに、馬車に乗せてもらえないか頼んでみるつもりです。」
「フム、なるほどな。んじゃ、ちょっと見繕ってやるから待ってろ。」
爺さんはそう言うと、店の中を行ったり来たりしながら、色々な物を手に持ちカウンターへと戻ってきた。
「まぁ、このくらいあれば何とかなるじゃろ。」
カウンターに並べられたものは、荷物を積めるための大きな革袋と背負子、ロープ、ランプとランプオイル、毛布らしき物と食器類、それに鍋とオタマのような器具、最後に見た事のない青い石を3個持ってきた。
「この青い石はなんですか?」
「これは魔物除けの結界石だ。こいつを自分を囲むようにして置くと、囲われた範囲内であれば魔物は近づけなくなる。全部の魔物に有効なわけじゃないが、Cランクくらいの魔物までには有効だ。」
やはり魔物はランク分けされてるんだな。
俺の耳には魔物のランクがABCで聞こえるが、きっとここのポルタ語とやらだと違うんだろう、そんな事を考えつつ適当に相槌をしながら、感心ありげに答えておく。
「へぇ~、そんな物があるんですね。」
「そんな物もって・・・一張羅は用意してくれたのに、親御さんは結界石は持たせてくれなかったのか?」
「いや、ここより更にもっともっとも~っと田舎なんで、無かったんじゃないですかね。」
「お前さん、本当にどんな僻地で暮らしてたんだよ。」
爺さんは呆れた顔をして、ため息交じりに零す。
そのまま大袋に用意してくれた荷物を入れて、背負子にロープを使って袋を止めてくれた。
毛布みたいな物はロール状にして、袋の上に乗せ、こちらもロープで固定してくれた。
うん、ファンタジーマンガで見たことあるな、こういう荷物背負って歩いている旅人。
「全部でおいくらですか?」
「革袋300コール、背負子1200コール、ロープは5本で100コール、ランプは250コール、ランプオイルは1瓶50コール、毛布は200コール、食器2組セットで400コール、鍋と掬い(オタマみたいな器具)はセットで320コール、結界石は3個セットで2000コール。全部で4790コールだが、ちょいとオマケして4700コールでいいよ。」
「ありがとうございます!あ、そうだ。タオル・・・・ってどこかで売ってますかね?」
風呂は無くても、身体を拭くくらいはしたい。
出来ればタオルでなくても、身体を拭ける布が欲しい所。
「あぁ、それなら服屋で売ってるはずさ。」
「そうなんですね、見に行ってます。」
爺さんに代金を支払い、購入した背負子を背負ってから、店主の爺さんに手を振りつつ店を出ると、中央広場をぐるりと見渡した。
服屋は確か、雑貨屋から見て広場の中央花壇を挟んで反対側だったな。
次はタオルや着替えを購入しなくてはならない、あとこの世界に下着の概念があるのか心配だが、あるならそれも買いたい。
一度荷物を宿に置きに行こうかとも考えたが、着替えが沢山になっらこの大袋に詰めて一緒に持ち帰った方が楽だろうと、そのまま服屋へ向かった。
「すみません、旅に出るので着替えをいくつか購入したいのですが。」
店に入ってすぐに店の奥に向かって声をかけると、恰幅の良いおばさんが出てきた。
「ハイハイ、どんな着替えが欲しいんだい?」
「旅に出るので、動きやすい服をいくつか買いたいです。上から革鎧を身につけるので、邪魔にならない物だと尚良いです。」
手にある革鎧(この世界には購入品を包装するなどということは無いようで、革鎧は受け取った状態のままで手に持っている。ナイフはさっきの雑貨屋で大袋に一緒に詰めてもらった。)を見せながら、おばさんにそう伝えると、ちょっと待ってね、と言って店の中に戻って行った。
「こっちおいで―。」
声だけで呼ばれ、慌てて店の奥へと向かう。
ハンガーラックのような物に、沢山の服が掛けられ並べられている。
「アンタ見ない顔だけど、ここに来るまでに持ってきた服はどうしたんだい?」
「ここに来る途中魔物に襲われて、荷物全部置いて逃げてきちゃったので、今着替え全く無くて・・・。」
適当に始めた嘘だが、まさかこんなに活躍するとは。
「そうか、大変だったね。無事で良かったよ。それなら最低でも上着もズボンも3着ずつはあったほうが良いねぇ。」
「出来れば身体を拭いたりできるタオルや下着も~・・・・。」
「タオル?あぁ、何も無いんだったね。あとは下着・・・パンツか。確かに何も無いんじゃそれも必要だね。タオルはいくつ必要なんだい?」
やった!タオルはあるらしい!それだけでも嬉しい。
「えっと、タオルは4つは欲しいです。あ、大きさとか種類とかありますか?」
「大きさは小・中・大の3つさ。小がコレ、中がコレ、大がコレだよ。」
おばさんはカウンター横にあるタオルの見本を広げて、俺に大きさが分かるように見せてくれた。
「では、小を4つ、中を4つ、大を2つお願いします。」
「あいよ。」
おばさんは笑顔で返事をすると、見本の横に綺麗に畳んでおいてあったタオルを、俺が指定した数ずつ取り分けて、カウンターへと運ぶ。
こちらを振り返りながら「パンツは少し多めに5着くらいは用意しておく方がいいね。」と言いながら、おばさんはおもむろに俺の腰をガシッと掴んで来た。
「はぅあっ!」
あまりにも突然のことで、思わず声が出た。
「生娘じゃあるまいし、変な声出すんじゃないよ。サイズはこの辺のかな。」
どうやらサイズを計るためだったようだ、せめて一言サイズ計るよと声掛けしてくれよ。
パンツも5着ほと手にすると、またカウンターの上に運ぶ。
「動きやすい服って言ったね・・・服の色とかデザインに拘りはあるかい?」
「全然ないので適当でいいですよ。」
「じゃあ、この辺と、この辺のもいいね。こいつも似合いそうだ。あとズボンはこの辺りのが動きやすいかしらねぇ。」
おばさんは手際よく次々服を手にしては、またカウンターへと運んでいく。
「よし、こんなもんね。」
「おいくらですか?」
全部運び終わったようで、おばさんが運んだ服を畳み始めた。
「タオル小が1個10コール、タオル中が1個20コール、タオル大が1つ50コール。上着はどれも一着300コール、ズボンは一着280コール、パンツは1つ50コールだね。寒い日もあるかもしれないから、上着もズボンも1着ずつ厚手の物を追加で選んだよ。厚手の物は上着一着350コール、ズボンは300コールさ。」
ということは全部で2860コールか。
こういう時そろばん教室通って、暗算出来るようになっておいて良かったって思うよな。
俺は小銀貨2枚と青銅貨9枚を出して、おばさんに渡す。
「ん?なんだい。まだ計算してないよ。」
キョトンとした顔のおばさんに、俺は笑顔で答える。
「全部で2860コールですよね。なので小銀貨2枚と青銅貨9枚です。おつりは40コールなので銅貨4枚になります。」
「アンタ・・・いつのまに計算したんだい??」
「俺計算得意なんです。」
「へぇ~・・・よっぽど良いとこのお坊ちゃんなんだね。それとも貴族様かい?勉強させてもらえたなんてさ。」
どうやらこの世界では子供が学校に通って何かを学ぶということ自体、平民ではありえないようだ。
「き、貴族じゃないですよ!うちの親が凄い過保護で、俺に色々勉強する機会を与えてくれたんです。なので文字は読めるし、計算も出来ますよ。」
日本じゃ義務教育として全国民が学べる、当たり前のことだしな。
まぁ、この世界で文字書いたこと無いけど・・・スキルのおかげで文字を読むことは出来るけど、書けるのか試してなかったなぁ。
「そうかい。良い親御さんだねぇ。」
「えぇ。ちょっと過保護が過ぎるんで、この年まで全く外に出してもらえなかったんですけどね。」
「アハハハハ、よっぽどアンタのことが可愛くて仕方なかったんだろうさ。」
おしゃべりしながらも、服を全部畳み終わったおばさんは、その服を俺が広げた大袋に詰め込んでくれた。
「じゃ、おつりの40コールね。」
「はい。ありがとうございます。」
「こちらこそ、またよろしくね。」
残すは食料!これが一番肝心だ!!
俺はまた服屋から見てやや斜め向かい側にある、肉屋らしき店に入って行った。
「こんにちは~。旅に持って行ける食材を買いたいんですけど。」
「いらっしゃい・・・冒険者・・・・いや商人か?」
俺が夕べの服装、Yシャツとスラックスというだけの服装なのを見て、頭がつるつるスキンヘッドで、口ひげを蓄えた厳つい親父が、俺を見るなりそう言って首を少し傾げる。
「えっと、一応冒険者・・・です。」
「そうかい。なんか見るからにヒョロヒョロで、小突いただけで死んじまいそうに細いが、あんちゃんそんなんで大丈夫なのかよ。今日日魔法を主体にしてる冒険者だって、もちっと厳つい体してんぞ。ちょっとヒョロヒョロすぎるだろ。」
うっせぇな!ほっとけよ!と文句を言いたいが、目の前のオヤジがあまりにも筋肉粒々過ぎて、文句が言えない。
ただの肉屋の店主でなんでそんな凄い身体なんだよ。
「えっと、最近故郷の村から出て来たばかりでして・・・アハハハハ。」
「あ~、まだ駆け出しなのか。それにしたって細すぎるだろ。ちゃんと食ってんのか?」
「えぇ、ちゃんと食べてますよ。」
「・・・まぁ、旅してるウチに嫌でも体力も力も付いてくるだろ。で、旅用の食材だったか?」
「はい。」
「まぁうちは見ての通り肉専門だからな。出せる物といえば干し肉がメインなんだが、どんな干し肉がいいんだ?」
「えっと、どんな種類があるのか教えてもらっても良いですか?初めての冒険なので、本当に何も知識が無くって。」
「あん?故郷にも肉屋くらいあっただろ。」
「いえ、基本物々交換してるくらいの超絶ド田舎で、店と呼べるような物も無かったので。」
俺がそう答えると、肉屋のオヤジは口をあんぐり開けて驚いた顔をして見せた。
「今時物々交換で生計してる村がまだあんのか?!」
「えっと、そうですね。俺の村はそうでした。」
「よっぽどの僻地なんだな。お前さんの故郷ってのは。」
「えぇ。村の人以外の人なんて見たこと無かったくらいなので。」
オヤジはつるつるで何も生えていない頭をガシガシと掻いてから、自分の胸をドンと拳で叩いて言った。
「よし!それじゃあ俺様が色々キッチリ教えてやる。」
「あ、ありがとうございます!」
「こんな世間知らずじゃ、街になんざ言ったらカモにされて身包み剥がされちまう。」
アハハハハハ、デスヨネー。
俺もそうなりそうだなって、ちょっと思ってた。
基本的な知識は情報ボードで確認できるかもしれないけれど、リアルで生きているこの世界の住人達ほど細かで詳しい情報を持っている存在は無い。
「いいか。肉って一言に言っても、動物肉と魔物の肉の2種類がある。これは知っているよな?」
「そうなんですね。」
「えっ、マジか?!そこからか!・・・わかった!こうなりゃ基礎から全部だ!いいか、動物ってのは基本的に人間様に危害を加えてくることはあまりない。中には獰猛な動物もいるが、だいたいの動物は悪さしなけりゃ襲っては来ねぇ。そして魔物は大抵のヤツが襲い掛かって来る。おっと先に確認なんだが、動物と魔物の見分け方はわかるか?」
「いえ、全然。」
オヤジはデカイ片手で顔を覆い、深~い溜め息を吐きながら「そうか。」とだけ呟くように言った。
そこから気を取り直したのか、顔を上げて説明を続けてくれた。
「動物っていうのは、禍々しいオーラが出てない生き物だ。逆に魔物はどんな魔物だろうと大抵薄くでも黒紫色の禍々しいオーラが出てる。弱っちいスライムですら、よ~く目を凝らすと薄~くオーラが出てやがる。それが動物と魔物の見分け方だ。」
「オーラが出ているか、出ていないかですか。じゃあ、どんなに見た目が獰猛そうでもオーラが出ていなければ動物ってことなんですね。」
「あぁ。デッカイ巨大なビッグベアだって動物だ。だがジャイアントグリズリーは同じ系統の生き物だが魔物だ。見た目じゃなくてオーラで判断するんだ。」
「ほうほう。」
俺は顎に手を当て、うんうんと頷きながら聞き入る。
「さっきも言った通り、動物ってのは基本的にこっちから手出ししなければ襲っては来ねぇ。まぁ何か特別な事情がある場合はその限りじゃねぇが、だいたいは人間を見かけると逃げていく。対して魔物は人間を見かけると襲い掛かって来やがる。スライムだとかスモールキャタピラーなんかのGランク程度の弱くて性格的に大人しい魔物は襲ってこないが、8割くらいの魔物は間違いなく襲ってくる。とにかく魔物は襲ってくると思っていた方が良い。」
「わかりました。」
俺が真剣な様子で聞いているのを見て、気を良くしたのかオヤジは饒舌に語り出した。
「俺は昔冒険者をやっていてな、その時の経験を活かして今こうして肉屋やってるんだ。動物にしろ魔物にしろ、倒した後は解体して肉は食料に、それ以外で使える物は素材として回収し、冒険者ギルドや商業ギルド、雑貨屋なんかで売るんだが、俺は肉の解体が好きでよ。大物や質の良い動物を捕まえたり、魔物を討伐出来た時なんかは率先して解体やってたぜ。冒険者仲間は大抵解体を面倒臭がったり嫌がったりするヤツが多いんでな。」
「オヤジさんはなんでそんなに解体が好きなんですか?」
「あん?そりゃ肉を切るあの感触が堪らねぇからだよ!」
変態だった。
ただの変態だった。
怖い。
「そ、そうですか。」
「結局好きが高じて、最終的にこうして肉屋をやってるわけだ。ガハハハハハハハハっ」
豪快に笑ってらっしゃるが、一歩間違うとそれ変態発言です。
「おっといけねぇ、話が反れた。」
覚えておったか。
「動物と魔物の違いだったな。まぁ俺は肉屋だから肉の話になるが、動物の肉って言うのは種類によっては独特の匂いっていうか、臭みが有ったりする。だが、魔物の肉は見た目がどんなにグロテスクな魔物でも、あまり臭みは無ぇんだ。アンデット系は腐ってるから食えねぇけどな。なんとなくイメージ的には逆のような気もするだろうが、これにはちゃんと理由があってな、魔物っていうのは、簡単に言っちまうと大量の魔力を体内に持っている動物のことなのさ。この魔力が魔物の肉質や形状に大きく影響して、肉の臭みを抑え、味を向上させているらしい。それに動物より攻撃的な大きな角や爪があったり、見るからに恐ろしい姿の物も多い。昔、どっかの国の偉い学者様が、わざわざ動物と魔物をそれぞれ捕えて、色んな実験をして分かったんだとさ。」
「へぇ~・・・じゃあ魔物の肉の方が、美味しいってことなんですね。」
「そういうこった。但し、魔物っていうのは動物と違って非常に獰猛で危険な生き物だ。体内に大量の魔力を持っているせいか、異形の姿をしているし特殊な能力を持つ物や、特殊な体質の物、人間様と同じく魔法が使える物だっている。だから倒すのは容易じゃねぇ。そうなると当然・・・。」
「味も質も良く、さらに倒すのに手間がかかるので希少性が高く、値段が高くなる・・・ということですね。」
「よ~くわかってるじゃねぇか。その通りだ。」
オヤジはまるで小さい子にするように、俺の頭をデカイてで掴みワシワシと頭を撫でまわす。
やめろ、朝一で一応セットして来てるんだよ髪を!!混ぜるな!!
俺は急いで手櫛でボサボサにされた髪を整えた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
買い物長ぇよ!と思われている方、まだまだ続きます(笑)
真の冒険を始めるためには、しっかり準備が必要です。
あと、先に謝っておきます、次回は個人的な拘りが炸裂します。
すみません (;'∀')