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5 恋人の本性、婚約者への誤解

一年前の生誕祭の日、私が街で乱暴者たちに絡まれていたところをマクシムに助けられたことがきっかけで、私たちは出会った。


颯爽と現れた彼はとても格好良くみえて、貴族男性にはないその野性的な魅力に、私はすぐ虜になった。


そんなことを思い出しながら、私は背中越しに聞こえるマクシムの声に耳を傾ける。



「伯爵令嬢ともなると、流石にすぐはヤらせて貰えないな」

「お、珍しくマクシムが手こずっているじゃないか」

「まだ食えてないなんて、お前らしくないな」

「もっとチョロいと思っていたんだが、今までの下級貴族の女たちとは違って意外と難しいんだよ。夜はさっさと帰るし、家には連れ込めないし」

「へぇ。でも結婚するならあの女だって言ってなかったか?」

「ああ。見た目も金払いも良いし、性格も大人しくて俺の言うことはなんでも聞くんだ。約束破っても怒らないし、嫁には最高だよ」

「お前の好みの女とは真逆じゃね?」

「ばか、だから嫁と恋人は別だって。疑うことを知らないから、愛人作ってもバレないだろ。結婚すればこっちのもんさ」



私は居酒屋で町娘の格好をし、侍女に頼んで「野暮ったく見えるメイク」を施して貰い、隣に座る「猫背の流浪の民」にしか見えないリナートと、「今度こそ下町の居酒屋の食事を楽しむ会」を決行中だった。


そしてマクシムは私の変装に気づくことなく、後ろのテーブル席に座るなり、そんな話をし出したのだ。


話し掛けることも、そして席を立つことも出来なかった。

恥ずかしくてこれ以上聞いていられないと思う一方、この話は何かの間違いだ、冗談だと言うはずだと、どこかで期待してしまう自分がいる。


「一度出ましょうか」とリナートが声を掛けてくれた時に退散すれば、こんな恥ずかしい思いをしないですんだかもしれないのに、席を外すタイミングはとうに過ぎ去っていた。



「オレリア伯爵令嬢といえば、ウェルズリー公爵子息が求婚したとか、噂に聞いたぞ」

「問題ない。大丈夫だ、オレリアはヒーローである俺に惚れ込んでるからな」

「ああ、お前の常套手段にコロッと引っ掛かって、お嬢様も可哀想にねぇ」



──え?


最後まで拠り所にしていた二人の思い出に、ピシ、と音をたててヒビが入った気がした。

隣に座るリナートの手が伸びて、私の手をそっと上から包み込む。

自分の手がカタカタと震えていることに、その時初めて気づいた。



「しかし、領土持ちの貴族に手を出したのは流石にまずかったんじゃないか?今まではせいぜい男爵子爵令嬢で小銭を稼ぐ程度だったじゃないか」

「オレリアなら、兄がいるから問題ない。父親はひたすら娘に甘いし、たんまり金持たせて嫁に出すだろ。その金でメイドを雇えばいいし……いや、愛人をメイドにすれば一石二鳥か」

「本当にお前、最低だなぁ~」



恋は盲目なのだと言ったのは、誰だったか。

父が「あいつはやめなさい、碌でもないやつだ」と私に言う度、平民だから見下していると思い込んで、話を聞こうともしなかった。


見る目がないのは、どっちだったのか。

見下していたのは、どっちだったのか。


ポタリ、と涙が床に落ちた。

リナートは支払いをすませると、無言で私の手を引いて店の外に連れ出してくれた。




***




「……恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

馬車の中で、私は正面に座るリナートに謝罪した。


リナートは無表情のまま、口を開く。

「恋人にあんなことを言われれば誰だって戸惑うだろうし、悲しいだろう。怒ってもいいし、泣いてもいい。しかし、誰かを好いたことを恥じる必要はない。彼はああいう奴だが、それでもオレリア嬢が好いたところが全て嘘ではなかった筈だ」

「〜〜っ!」


私は、馬車の中で泣きに泣いた。

「このまま帰宅しては、伯爵が心配するだろうから」

リナートの配慮で、キャロットに頼んで急遽彼女の旦那様が営む宿に泊まらせて貰えることになった。


事情を知らないキャロットはそれでも駆け付けてくれて、私は彼女の胸で一日泣いて泣いて、涙が枯れ果てるまで泣いた。


リナートは何かあれば呼んでくれと下の部屋に泊まってくれたが、翌朝吹っ切れた様子の私を見て、キャロットに後を任せると言って、先にお帰りになられた。


キャロットがいてくれて安心している筈なのに、なぜか私は残念な気持ちで胸がいっぱいになった。



「キャロット、あなたとリナート様は、恋人同士だったのではないの?」

私がパンパンに泣き腫らした目を氷水で冷やしながら尋ねると、彼女はカラカラと大笑いする。

「私とリナート卿が? あっはっは、まさか!」

「でも私、キャロットとリナート様がデートしているところを、三回も見たのよ?」


キャロットは自分の気に入らない男を連れて歩くような女性ではない。

私が尋ねると、キャロットは苦笑した。

「ああ、あれね。お金も貰って口止めされているから詳しいことは言えないけれども、あの人なりのリサーチよ」

「リサーチ?」

「ええ、情報収集。完璧主義者だから、話だけじゃなくて実物を見ないと気が済まないみたいで、それに付き合っただけよ。3回付き合っただけで、こりごりだわ。面白いことの言えない頭の固い男って私のタイプじゃないのよね。もっと会話で楽しませてくれないと」

「そうだったのね」

どうやらリナートと一緒にいても、キャロットは楽しくないらしい。

自分は毎回楽しませてもらっているなと思って、少し不思議な気がした。


そうだ、リナートとのお出掛けは、いつでも楽しかったのだ。

嫌な思いも、窮屈な思いもしなかったし、不信感も抱かなかった。


そしてどうやら、リナートとキャロットは相思相愛ではなかったらしい。

恋人がいるのに自分に求婚したと勘違いをして腹を立てたが、それが誤解だとわかって、私は青褪める。

謝罪をしなければ、と強く思った。


そして気付いた。

リナートになぜ求婚したのかと聞いたとき、彼はなんと言っていた?


「それより、私たちが恋人だと勘違いしているということは、リナート卿はオレリアにまだ何も言っていないの?」

「え?」

「だから……ああもう、流石に私の口からは言えないってば」

「えっと……」

「きちんと求婚されたんでしょ? そのとき何か言ってなかった?」


そうだ。

求婚した理由を尋ねたとき、彼は「私がオレリア嬢をお慕いしているからですよ」と、そう言っていたのだ。

彼は私に、好きだから結婚したいと申し出てくれていた。



今更ながら告白された事実を知って、ぼん、と含羞で頭が沸騰したようだった。

「まあ、リナート卿が本気だって、やっと気づいたようね」

「お願いだから、私の心を読まないで……!」

「でも、デートしたってことは、断ってはいないのでしょう?」

「それは、そうだけど……」


デートをするようになった経緯を思い出して、私は再び顔を青くした。

本気で好きだと言ってくれた人に、私はなんということを言い放ってしまったのだろうか。

私がマクシムにあんなことを言われたとして、私だったら平然と対処できただろうか。


「今日のオレリアは、赤くなったり青くなったり忙しいわね」

キャロットのからかう声が、遠くで聞こえる。


今すぐ、リナートに会って謝らなくては。

そう強く思ったが、彼とはしばらく会うことが叶わなかった。

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