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4 恋人の買い物、婚約者への御礼

「今日は私服を買いに行こうと思うんだ。よければ付き合ってくれないか?」

「まあ、いいですね。どこに行きましょうか」

マクシムは、私を貴族御用達の高級ブティックの立ち並ぶ通りへ案内した。

私の家の馬車で店の前に下りれば、店員たちは何も言わずにマクシムも入店させてくれた。


「ほら、俺に合うサイズってなかなかないんだけど、ここの服だとオーダーで作ってくれるからいいんだよ」

「そうなのですね」

紳士服を売る店に入るのは初めてで、私は思わず店内を見回してしまう。


「何色がいいと思う?」

「そうですね……淡い色合いよりも、濃くはっきりとした色合いがお似合いだと思います。騎士団の使うカラーが白、黒、赤なので、それ以外の色にされるのはいかがでしょうか?」


そう言いながら、私はマクシムの耳を見た。

「マクシム様、以前私がプレゼントしたイヤーカフスはお気に召しませんでしたか?」

「え? いいや、外に着けて失くしたらと思うと、着けられないんだよな。でっかい宝石がついていたし」

その返事に、私はホッと胸を撫で下ろす。


「そうですか。けれど、失くしたときのことを恐れて身に着けられなくなるような物は不要ですね。では、次にお会いするときには、着けてくるか、私に返却してください」

「おお、じゃあ勿体ないから、着けてくるよ」

「はい、楽しみにしています」


マクシムは自分の気に入った生地を何枚か選んで、私を見る。

「どれがいいと思う?」

「どれもお似合いですよ。マクシム様が一番気に入った生地でお作りになったものをご購入されてはいかがでしょうか」

「えっ……」

「え?」


マクシムは手にしていた生地を元の場所に戻した。

「どうしたのですか? もう見ないのですか?」

私が首を傾げて尋ねると、マクシムは小さく首を振る。


「いや、すっかり忘れていたんだが、昨日は部下たちに奢って財布が空っぽになったところだったんだ」

「まあ」

私はくすくすと笑う。


「では、お父様にお財布を取り上げられてしまった私と、似たようなものですね」

「は? 財布を取り上げられた? その年で?」

「はい」

私は深く頷く。先日居酒屋というレストランで大勢の知らない人達に奢ってしまったということを知った父が、今後の領収書は全て伯爵家に届けさせ、使用目的を確認する言い出したのだ。


「私、昔は身体が弱かったのです。ですからほとんど外出した経験がなくって、ずっと療養先の屋敷に閉じこもっておりました。ですので、最近やっと自分でお金を使うようになったのですが、私の管理があまりにも杜撰だからと、結婚するまで学ぶように言われてしまったのです」


今まで一緒に買い物に行く相手をしてくれたのは、療養していた先でお世話になった男爵令嬢のキャロットくらいなものだ。

彼女は私に常識の範囲内でしかお金を使わせなかったし、自分に掛かった分しかお互いに払うことをしなかったから、問題にはならなかった。

だから今回初めて私が常識知らずであることが発覚したし、彼女に色々守られていたことにも気づくことができた。


「そっか。俺の代わりに奢らせちゃったからだな。悪かった」

「いいえ、勉強代だったと思います」

結局何も購入しなかった私たち二人を、その店の店員は嫌な顔ひとつすることなく笑顔で見送った。


マクシムの知り合いの店というところでは、私が何も買わないと凄く嫌な顔をされて、そのあとの会話は無視をされたことを思い出す。

残念ながら、店の質はまだまだ平民と貴族の利用する店では隔たりがあるようだなと改めて感じた。



「今日は、このあとどうする? そうだ、オレリアさえよければ、うちに来ないか? 美味い酒が手に入ったんだ」

「まぁ、お誘いありがとうございます」

マクシムの家と聞いて、心が浮き立つ。

プライベートゾーンに人を招くのは、平民であっても親しい間柄の相手だけだと聞いたことがある。


しかし、残念ながら私は体質的にお酒が飲めない。そしてそれを、居酒屋でマクシムに話した筈なのだが。


「けれど、残念ですが今日は夜までに帰ってくるよう、親に言われているのです」

「そっか。じゃあまた次の機会に」

「はい」

リナートに教わっていた、家に誘われた時の断り文句を言って、その日は大人しく家に帰った。


リナートとの約束を守るという意味合いもあるが、本来貴族が結婚前に身体を繋げることはないからだ。

最近では随分とその辺もおおらかになったようだが、少なくとも私は、マクシムと恋人同士ではなく、結婚相手となった時に捧げたかった。




***




「──というわけで、初めて紳士服の専門店に足を入れました」

「そうなのですね。楽しかったなら、何よりです」

リナートは無表情で頷いた。

私が素で接してくれとお願いしてから、無理に笑顔を貼り付けることはなくなった。

確かに知らない人が見たら、怖いとか不機嫌だとか思ったかもしれない。

ただ私は、最初から彼の声音からその感情を読み取っていたので、普通であることがわかる。


「今日はそのお店で、カフスボタンを購入しようと思いまして」

あれだけ店内にいて、たくさんの生地を出して貰ったにも関わらず、何も購入しなかったことが私はずっと気になっていた。

「カフスボタンを? プレゼントするおつもりですか?」

少しだけリナートの機嫌が下降した。

どうやら不満なようだ。


「ええ。お父様と、リナート様に。お父様はもうすぐ誕生日ですし、リナート様にはこの靴の御礼です」

私は、リナートにプレゼントされた靴でステップを踏んだ。

毎日でも履きたいくらいの、お気に入りの靴だ。


「気になさらずともいいのですが……正直、オレリア嬢からのプレゼントは、純粋に嬉しいです」

無表情だが、上機嫌になったようだ。

さっきから下がったり上がったり忙しい彼の機嫌に、思わず笑みが漏れる。


二人で先日の紳士服の専門店に入店し、カフスボタンを選ぶ。

父には父に似合いそうなシンプルなデザインのものを選び、そしてリナートには自分でまずは選んで貰う。

「これにします」

ずっと店内を物色していたマクシムとは違い、リナートは即決だった。

その早さに、私が驚く。


「リナート様にしては、珍しいお色ですね」

「そうかもしれませんね」

「ではこの二つをください」

「畏まりました」


プレゼント用にふたつとも包んでください、と店員にこっそり伝えると、初老の店員はにっこり笑って頷く。

「リナート卿がこの色を選んだ理由は、オレリア様の瞳の色にそっくりだったからだと思いますよ」

カフスボタンを包みながらそう言われ、私は目を瞬いた。


あっという間に紳士服専門店から退店したので、予定より時間が余ってしまった。

「オレリア嬢は、まだお時間をいただいても大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないですよ」

私が言うと、今度は女性用の服飾専門店に行きましょう、と提案される。


「もうすぐ街で生誕祭が行われるので、その時に着る服を見て回るのはいかがですか?」

「まあ、楽しそうですね!しかし、リナート様を付き合わせてしまってもよろしいのでしょうか?」

「ええ、勿論です。むしろ私のほうが楽しむ自信がありますよ」


リナートはそのあと、祭り用の私のドレス選びを長々とお付き合いして下さったのだった。

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