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2 恋人とのデート、婚約者との外出

「マクシム様!」

「やぁ、オレリア」

私は馬車から降りて、御者に駄賃を握らせた。

ドキドキしながら、広場へ向かい、大柄で目立つマクシムに手を振る。


街の商業施設が立ち並ぶ区画はマクシムが生まれ育った区画らしく、知り合いも多くて少し歩くだけでしょっちゅう声を掛けられた。


「今日はどこへ行く予定ですか?」

「ああ、今日は防具飾りを見ようかと思って。知り合いのやってる店があるんだ」

「わかりました、では行きましょうか」

私は彼の動きを懸命に観察しつつ、小走りで付いて行く。


平民のマクシムは、女性のエスコートに慣れていない。

だから彼にエスコートを求めることはないが、ゆっくり歩くと到底追い付けなくなってしまうので、私はいつもマクシムの歩幅に合わせるように、小走りで移動する。


「お、ラッキーだな。今日はまだあの露店のドーナツが売り切れてないぞ」

「美味しいのですか?」

「ああ、いつも大行列ですぐに売り切れるんだ」

「そうなのですね」

「並ぶか?」

「ええと……はい、並びましょうか」


私はマクシムと付き合うようになって生まれて初めて、「露店の物を買う」ことと「行列に並ぶ」ことをした。

知らない経験は、私をさらにドキドキさせる。


「よう、マクシム!」

「お、久しぶりだな、元気にしてたか?」

「やだマクシム、その格好似合わない〜!」

「お前、相変わらずひでぇな」


私達が列に並ぶとすぐ、人気者のマクシムは友人たちに声を掛けられる。


「なぁ、暇ならこの後ゲームしに来いよ! 今日はどこぞのボンボンが来るって話だ。金たんまり持ってるから」

「ちょっと、こんな場所で話しすぎ」

「あー……行きたいけど、夜からでもいいか?」

「別にいいけど、珍しいな。……って、ああ、女連れかよ!」

どうやら私の姿はマクシムの陰にすっぽりと収まってしまい、全く見えていなかったらしい。


「そゆこと」

マクシムは私の肩に手を掛け、ぐっと引き寄せた。

「きゃ……っ」

彼の急で積極的な行為と距離の近さに、私は頬を赤らめ驚いてしまう。


「……まさか、貴族の方かよ!」

「うわー、女に気を遣うなんて、アンタの柄じゃないでしょ〜」

「うるせぇよお前ら、デートしてるんだから、どっかいけ!」

「はいはーい! じゃあな、マクシム。また夜に」

「おう」


マクシムの友人たちは、私達二人は似合わないと思われたのだろうかと肩を落としつつ、デートという言葉に胸をときめかせていると、優しい声が頭の上から掛かった。


「あいつらホント、うるさくてごめんな?」

「いいえ、とても賑やかで仲が良さそうですね」


私が会話に交ざれる気は全くしないが、自然体のマクシムが眩しい。

貴族の私相手にも、彼は敬語ではなく普通に話してくれるのだ。

堅苦しくない、誰にでも普段通りの彼が好き。


長い列がようやく終わり、私はドーナツを五個購入してマクシムに渡し、自分の分としてひとつ購入した。


「あら? どこで食べるのでしょうか?」

私が辺りを見回してベンチを探していると、マクシムが笑いながら教えてくれた。

「そのまま食べればいいんだよ」

「……」


まさか、この道端で立って食べるということだろうか。驚いて無言になった私の目の前で、マクシムがお手本をしめしてくれる。

ドーナツを二口で食べる人を、私は人生で初めて見た。


その後は防具飾りを売っている店に入り、マクシムが気に入った三つのうちどれにしようか決めかねているようだったから、私が三つとも購入してプレゼントをした。


貴族御用達の店と同じ値段だったから驚いたが、平民の生活水準がそこまで底上げされてきたなら喜ばしいことだ。


マクシムの知り合いだという店主からはまた是非ご贔屓にと、何度も頭を下げられた。




***




「……という、とても楽しい一日を過ごしましたわ」

「そうですか。あなたが楽しく過ごせたなら良かったです。……ところでオレリア嬢、足が痛いのではありませんか?」


リナートにそう問われ、マクシムにも侍女にも気付かれなかった私は目を丸くした。

足の速いマクシムを追い掛けている最中、実は足を少し挫いたのだ。


「すみません、見苦しい歩き方をしておりましたか?」

「いいえ、まさか。あなたの歩き方は小鳥のようで可愛らしいのですが、今日はいつもより元気がないなと思っただけですよ」

「……そうですか」

歩き方が可愛らしいなんて、独特な見方をする人だなと思いながら頷く。


「少々お待ちください、今すぐ楽に歩ける靴を買わせに行かせますので」

「いえ、そこまでしていただかなくても……」


私は一応止めたのだが、リナートは少し離れたところにいた従者を呼びつけると何かを指示し、従者はすぐにどこかへ行ってしまった。


やがてその従者は、なかなか手に入らないと言われている人気ブランドの靴箱を手にして戻って来る。

リナートに促されて蓋を開けると、新素材を使用したヒールのない靴が入っていた。


いつか買ってみたいと、キャロットときゃあきゃあ言いながら窓の外から眺めたことのある、憧れの靴だ。


「どうぞ、履いてみて下さい」


靴のサイズをなぜ知っているのだろうかと思いつつ、私が一番欲しかった色の可愛らしい素敵な靴に足を通す。


「どうでしょうか?」

「とても軽くて、歩きやすいです……!」


立ち上がって数歩歩いただけで、この新商品の靴がなぜ人気なのかわかった気がした。

見かけだけではないのだ。

中敷きのお陰か、足が全く痛くない。

思わずスキップを踏みそうになり、ハタと先程リナートに言われたことを思い出して、しずしずと歩く。


「あの、靴のお代は」


私がお金を払おうとすると、リナートは首を振った。


「勝手に押し付けたのですから、靴はプレゼントいたします」

「こんな高価な靴を、誕生日でも何でもないのに、いただけません」

「では、初デート記念ということでいかがでしょうか?」

「あの、」

「ほら、そろそろ始まりますよ。座って下さい、オレリア嬢」

「は、はい」

リナートに言われて、慌てて私は着席する。


私達は、オペラを聴きに来ていた。

二階の個室のテラス席で、キャロットが「最高だったわよ!あなたも絶対気に入るから、一度聴きに行ったほうがいい!」と教えてくれた、期待の新人の歌手が出演する公演だった。


マクシムとのデートは新しいことばかりで付いていくのに精一杯だけれど、リナートとのお出掛けは私に馴染みがあるものばかりだから、安心感はある。


リナートに話し掛けてくる人はほぼおらず、仮に話し掛けてくる人がいても「そのお話はまた今度でよろしいでしょうか」と断ってくれるので、私たちは誰にも邪魔されることなく二人でゆったりとした時間を過ごせた。


因みに舞台は最高で、感激した私はパンフレットを購入し、次の公演のチェックまでして帰宅した。

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