第11話:歓迎会
時刻は放課後。今日の全ての授業が終了し、ホームルームの時間も終盤に差し掛かっていた。壇上では先生が連絡事項などを話している。響はというと、頬杖をつきながら窓の外を眺め聞き流していた。
「じゃあ、今日はここまでね。皆、また明日。気をつけて帰りなさい」
「おっしゃぁ。今週もこれで終わりだ!!」
先生の言葉によりホームルームが終わった瞬間、努が待ってましたと言わんばかりに叫んだ。今日も遅刻し、みっちりと先生に絞られた努は、歓迎会のことを聞くや否や、すぐに復活し一日中テンションが高くなっていた。現金な奴である。
「さぁ、行くわよ! 響、薫、努」
理沙が張り切って言う。彼女にしては意外にもテンションが高い。どうやら理沙も今日は楽しむつもりらしい。毎日勉強や訓練のため、ここしばらくは息抜きできる日がなかったのも相まって、今日の歓迎会を強行したのだ。実は一番楽しみにしていたのは彼女なのかもしれない。
「心っちと棗っちはどうするん?」
「心と棗には校門で待ち合わせって伝えてあるわ」
「わかった。待たせるのも悪いし、行くか」
理沙の答えを聞き、響は答えながら鞄を手に取る。努が叫びながら走って先に教室から出て行く光景を、呆れながら見送り、3人は教室を後にした。
「あ! 兄さんだ。棗ちゃん、兄さんたちが来たみたいだよ」
「あ、そうみたいですね」
校門で既に待っていた心と棗は響たちに気付いて駆け寄っていく。そんな2人を、響たちは手を振りながら迎え入れる。これで今日のメンツは揃ったことになる。
「理沙先輩、努先輩、こんにちは。それから……え〜と……?」
駆け寄った棗は理沙と努に挨拶をし、それから初対面の薫を見て困惑する。兄の友人なのは簡単に想像できるが、まだ自己紹介していないため名前が分からないので挨拶ができないらしい。
「私の名前は橋本 薫なのですよ。心っちですね? よろしくですよ」
それを見て察した薫は簡単に自己紹介をする。もちろん初対面の心にも愛称で呼びながら。
「心『っち』?」
自分の呼ばれ方に疑問を持った心は兄を見る。当然、心の言わんとしていることが理解できる響は、それでも苦笑し、首を左右に振る。
「諦めろ、心。こいつは誰に対してもこんな感じだ」
まるで昨日の自分を見ているようだ、と思いながら、自らの経験談を踏まえた上で心に言う。薫のこの態度は、誰に対しても同じらしい。年上に対してはどうなのだろうと、どうでもいいことが頭に浮かぶ。
「は、はぁ。よろしくお願いします。薫先輩。」
それを兄の表情から悟った心は、改めて薫に向き直り、お辞儀しながら挨拶した。そんな心の礼儀正しい態度に驚いたのか、薫は、あれっと首を傾げる。心としても、何故自分が挨拶して、そんな状態になるのか全く分かっていないらしい。お互いに首を傾げるというシュールな光景が出来上がった。
「やっぱり、響っちの話から聞いて想像してた心っちよりだいぶ違うのです」
昨日の響の話を聞いていた薫は、勝手に想像していた響の妹像と、実際の妹を見比べて口に出す。
「なんか昨日も同じ言葉を聞いたんですが、兄さんは私のことをどう説明したんですかねぇ?」
「だから、事実しか伝えとらん」
ジト目で横から見てくる心の追及を、響は軽くかわす。事実という言葉に、なぜか嫌な予感が拭えない心。兄に問いただそうと口を開きかけるが、心より早く、理沙が話を進める。
「はいはい、時間もなくなっちゃうからさっさと行くわよ。まずは買い物からね。男は荷物持ちよろしく」
理沙は、そう言って自身が先頭に立ち歩いて行く。心としては自分の沽券に関わることなので、もっと追求したかったのだが、時間がないのも事実のなので渋々と追求を諦めた。後で兄を尋問することを決定事項にする。
その後、理沙を追うような形で5人は学園を後にした。
「そうそう、心。お前、帰ったらお仕置きな」
「……はい?」
歩きながら唐突に切り出す。心も理解できないのか、呆けた表情をしている。
「くっくっく、まさか俺を抜きにして家の使用を許可するとは、心も成長したなぁ」
「ひぃ!!」
その言葉に思い当たることがあったのか、心の顔色が青ざめる。それを見て尚も楽しそうに笑う響。しかし、目だけはしっかりと心を射抜いており、それが心には、兄が本気であると気づかせる。
「そうだな……今日はアレでいこう」
「あ、アレってどれですかぁーー」
拷m……調ky……お仕置き方法を決めたらしい響。心の脳内では、今までの数々のお仕置き方法がリプレイされる。それと同時に汗がドバッと流れ出す。逃げ出したい、でも逃げたら後でもっと酷いお仕置きが待っている。そんな葛藤が頭の中で繰り広げられている。心の奥底で、ちょっと後者でもいいかな、と考えてる自分がいることに心は気づかない。完全にMである。
「くっくっく、楽しみにしとけよ」
「いやぁぁぁぁああ」
心の叫び声が響き渡る。このやり取りを一通り見ていた他の面子は、このときの響は本当に悪魔のようだった、と口をそろえて答えたそうだ。
「ここが響の家か!?」
「うわぁ〜、子供二人で住むにはちょっと大きいのですよ」
歓迎会に使う料理の買い物を終え、響の家についた6人は神楽坂兄妹を除き、みんながその家に驚いていた。焦げ茶の屋根に、見るからに新築だとわかる壁に表札。いわゆる一戸建てである。
理沙たちにしてみれば、アパートなどの一室を想像していたのだが、まさか一軒家だとは想定外である。高校生二人で住むには明らかに常識外れ。しかも、響たちは自己紹介の時に、引っ越してきたと言っていたのを覚えていたので、この新築物件は、二人のために建てられたことに思い当った。
「響っちたちって意外と金持ちだったの?」
二人以外が当然抱いていた疑問を、代表して薫が問う。皆の視線が兄妹に集まる。
「あ、あははは~」
乾いた笑いを浮かべるしかできない心。響たちでさえも、この家を見た時は驚いていた。響の収入の面だけを見れば、この程度の家なら十軒だろうが二十軒だろうが余裕で建てられる。だからと言って、この魔導教会から今回の仮住まいとして支給された家は、二人で住むには大きすぎると思っていた。一高校生が持つには異常だろう。
しかし、本当のことを言う訳にもいかないので、そこは二人で苦笑しつつ適当に誤魔化しておいた。
「お邪魔しま〜す!!」
玄関のドアを一番に開けた努は元気よく言った。持ち主である響たちよりも早く家に入るあたり、努の我の強さが伺える。
「うわぁ〜、中も綺麗なんだね? 心ちゃん」
よく整理された玄関とその奥に見える廊下、リビングなどを見て棗が声をかけた。掃除などの家事を兄に任せっきりの心としては、なんと答えればいいのか判断に困る問いかけである。後ろから兄の忍び笑いが聞こえてくるのが無性に癇にさわる。
「とりあえず、私と努っち、棗っちで食事の準備をするべし。理沙っちは会場の準備ね。響っちと心っちは気にせずくつろいでて」
薫が指示を出す。神楽坂兄妹の歓迎会なので、二人に準備をさせるつもりはないらしい。その気遣いが分かっているので、響は頷くことで返事を返す。
「私も何か手伝いましょ「頼むからお前はくつろいでてくれ!!」む〜〜〜」
それでも手伝いを申し出ようとした心の口を塞ぎながら、響が慌てて割り込んだ。心に料理などを手伝われた日には、歓迎会が毒物混入事件へと変わりかねない。それだけは何としても阻止しようと、響も必死である。
「ふふ、いいのですよ。主賓を働かせるわけにはいかないのですよ。それじゃあ、準備を始めるです」
「おう! 響、キッチン借りるな?」
「準備ができるまでゆっくりしていてください」
薫の言葉に腕まくりをした努が続き、その後に棗が続く。
そうして歓迎会準備が開始された。
薫たちに言われたとおりに、リビングでテレビを見てくつろいでいる響。その格好は制服ではなく、既にラフな格好に着替えている。心は自分の部屋で着替えている。
視線を動かすとキッチンから明かりが漏れ、3人の声が聞こえる。3人の動きには迷いがなく、料理に手慣れているようである。ジュージューという料理独特の音が聞こえ、時折美味しそうな匂いまでも漂ってくる。それらに耐えかね、グゥっと鳴るお腹を押さえながら、テレビに視線を戻す。
テレビでは今ニュース番組をやっており、最近多発する妖魔出現について専門家が偉そうに語っている。どうやらまた被害が出てしまったらしい。魔導協会の動きが早く、死者は出なかったらしいが、それでも最近の妖魔の出現率は異常である。一度本格的に調査する必要があるかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に視界に赤い髪の女の子が目に入ったため、響はその女の子に疑問を口にした。
「そう言えば、なんで理沙は料理担当じゃなくて会場担当なんだ?」
「べ、別にいいじゃない! 会場の準備がしたかったから志願したのよ」
突然の質問に一瞬こちらを振り向くが、すぐに顔を背けて言う。そのまま、この話題はこれで終わりだ、という雰囲気を出し作業へと戻る。その姿に、さらに疑問が増した響は、答えを模索する。
(わざわざ会場の準備を志願する人がいるだろうか?)
響は幼いころから魔導協会で働いている。そのため、その思考回路も一般人のそれとは懸け離れている。そんな思考回路を、こんなところで発揮するのもどうかと思うが、響はさらに思考を深めていく。
(志願したのではなく、志願せざるおえなかった。となると、その理由は?)
その結果、一つの答えに辿り着く。しかし、それを正直に言ったところで、理沙は認めないだろう。ならばどうするか。さらに先を読み、理沙の反応を想定し、展開を組み立てる。そして考えを纏め終え、響が口を開いた。
「ほう、努が料理できるのもそうだが、理沙が料理できないなんて意外だな」
確信はまだ持てないが、あえて自信に満ち溢れた態度で理沙に言う。所謂、カマかけである。
「な、何言ってるのよ。料理ぐらいできるわよ。ただ、アンタに食わせるのが勿体無いと思っただけよ」
響の言葉にギクッっと一瞬肩を震わせこちらを振り返り、全力で否定する。その返答を見て、疑惑を確信に変える響。理沙の反応も想定内であり、内心でほくそ笑む。
「そうだったのか? まぁ、わざわざ人の家で歓迎会をやると言っといて料理ができないわけないよな」
「そうよ、そんなわけないじゃない」
納得したそぶりを見せる響に、ホッとしながら作業に戻る理沙。一回引くことによって、理沙の心に安堵を促し、それを足元から崩す。思った通りの反応に大笑いしそうになりながらも、まだ耐える。
「なら今度俺に弁当作ってくれよ?」
そして響は本題に踏み切った。
「はぁ!? 何でアンタなんかのために私が弁当を作らなきゃならないのよ」
突然の話題に驚き、首が取れるんじゃないかという勢いで振り向きながら言う。
「賭けの賞品はそれにしよう。理沙の手作り弁当」
そこで響は初めて表情に笑みを浮かべながら、切り札を出し止めを刺した。
「なぁ!?」
それを今日1番の驚きで見る理沙。目を見開き、開いた口が塞がらない。まさかこんなことに賭けの商品を持ち出すとは思ってもみなかったらしい。る。
(コイツ、私が料理できないのわかってて言ってたわね)
理沙にとって料理ができないのは一種のコンプレックスのようなものだ。今まで、憧れの女性を目指し、魔導の修行に明け暮れてきた理沙は、料理などに割く時間が取れなかった。そのため今まで料理を学ぶ機会がなかったのである。
しかし、そこは負けず嫌いな理沙である。素直にできないと言えるほど、大人でもなかった。
「どうした、理沙?」
「クゥッ! 分かったわよ作ってくればいいんでしょ!! 月曜日に持っていくわよ」
やはり乗ってしまうのだった。
「それじゃあ、皆さんグラスを持って〜!!神楽坂兄妹の藤歌学園編入に〜・・・かんぱ〜い!!」
カチャン
その後、料理も無事に完成し、努の音頭に合わせて一斉に乾杯する。
テーブルにはフライドチキンやポテト、サラダ盛り合わせや焼きそばなど、色鮮やかな料理の数々が並んでいる。どれも美味しそうな見た目と匂いに食欲をそそられる。
「皆さん、今日は私たちのためにこのような会を開いていただきまして、ありがとうございます。ほら、兄さんも食べてバッカリいないで何か言ってください」
心が響に呆れ混じりに言う。
「んぐ! だってよ、この料理うまいんだもん。自分以外が作った料理なんて久々だしよ。みんな今日はありがとな!! このあとは家で楽しんで行ってくれ」
食べていた食べ物を飲み込んでから響が言う。
「フフ、ほめてもらえて嬉しいですよ、先輩。まだまだ沢山あるのでいっぱい食べて下さい。」
響の反応を見た棗が嬉しそうに言う。
「あ!?それ私が食べようと思ってたのに!!薫、それよこしなさい!!」
「ふっふっふ。理沙っち、こういうのは早い者勝ちと昔から決まっているです。そして勝負の世界は厳しいということも。パクッ」
理沙が手を伸ばしたフライドチキンを横からかすめ取る薫。
それを理沙が取り戻そうとするが、薫は見せびらかすように食べてしまう。
「くっ!!薫、食べ物の恨みは怖いわよ?」
意外と食い意地がはっている理沙であった。
現在の時刻は夜10時
「おっしゃ〜、そろそろ料理もなくなってきたし二次会としゃれこみますか、今日は無礼講じゃ〜〜〜」
「おお!!わかってるねぇ、努っち。やっぱそうこなくっちゃ」
そう言って自分のカバンから日本酒を取り出す努。薫はどこから持ってきたのか缶ビールに缶チューハイをテーブルに並べていく。
「アンタらね、私たちは未成年よ?お酒はって何で注いでるのよ!?」
「固いこと言うなよ。それとも酒も飲めねぇのか?」
「それくらい飲めるわよ!! いいじゃない! 飲みましょう。」
努の口車に乗せられ酒を口に運ぶ理沙。
「いいねぇ〜。響もどうだ?」
自らも飲みながら一升瓶を響に差し出す。
「ああ、そうだな。もらおう」
「お?結構いける口か?」
実は響は七聖「獄炎」との付き合いで小さいころから酒を飲んでいるので、酒には意外と強かったりする。
薫は薫で心たちに自分の持ってきた缶チュウハイを勧めている。
そしてこのあと響はこれらの行動を止めなかった自分に深く後悔する。
10分後・・・
「こぉら響!こっちを向きなはい。私の話を聞いてましらかぁ??」
「ぐお!?」
強引に響の顔を両手で挟んで自分の方に向ける理沙。
「響っち? 響っち? 何で男って生き物は女性を外見で判断するんでふかぁ〜」
「ちょっ!? 待て、薫!! 首はヤメロ」
首に絡みつく薫を必死でどける。
「だぁから、はなひを聞けぇ!!」
「わかったから理沙。ちょっと落ち着けー! ぎゃぁぁぁ!!?」
そう言ってのしかかってくる理沙を説得するが、バランスが崩れ倒れてしまう。
「さっきから・・ヒック・・そう言って・・ヒック・・話を聞かないじゃないかぁ〜//」
響の上にまたがる理沙
「お前!ヤメッ!?おい、努。本はと言えばお前の責任だぞ!助けろ」
そう言って努を見る。
「いいんだ、いいんだ。俺なんてどうせ・・・」
そこには部屋の隅で丸くなっている努がいる。
その周囲だけ暗い空気が流れているのは気のせいではないのだろう。
「くっ!使えない奴だ。心は?」
そう言って反対側を向く
「棗ちゃ〜ん。すりすり」
「やめて、心ちゃん。あっ!?そんなところ触っちゃダメ!!」
棗に抱きつきながら眠っている心と、抱きつかれながらも必死に抵抗する棗の姿があった。
少し危ない雰囲気が出てるので、響は眼を逸らす。
「くそ! 味方はいないか!? こうなったら自力で抜け出すしかない。魔法を使えば・・・な!? バインドだと!!」
「フフフフ、逃がしゃないわよ。ひ・び・き」
「そうだよ響っち。しっかりワタヒの質問に答えてもらふのれふよ」
バインドを発動して魔力のロープで響を縛り上げた2人は不吉な笑みを浮かべながら響に近づいていく。
「オイお前ら、それ以上近づくな!? やめろよ、おい!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」
その後響がどうなったかは定かではない。