第10話:弄り弄られ
更新速度が……
何とかせねば
次の日の朝。
太陽が昇り始め、辺りが徐々に明るくなってきた頃。いつものように目覚まし時計の音で5時に起きた響は、蒲団から這い出て軽く体を動かし、活動を開始した。学校に行くだけなら、こんな時間に起きる必要はない。朝食を作るにしても、後1時間は寝ていられる。ならば何故こんな時間に起きているのか。
「昨日は一昨日疲れてたから、日保ちするもので弁当作っといたけど、毎日そんなわけにはいかんしな」
今日からは朝食の他にも、弁当を作らなくてはならないからだ。日保ちするもので昨日のうちに弁当を作っておけば朝は楽だが、それでは栄養が偏ってしまうのである。体調管理ができなくては、いざという時に任務に支障をきたしてしまう可能性がある。
「まぁ、料理は楽しいし。今日は何を作ってやろうかな……」
そう言って冷蔵庫の中を確認し、思案する響。料理は彼にとって半ば趣味のようなものになっているようだ。近頃の下手な奥さんよりも主婦が板についてるのは気のせいではないだろう。響きは口笛を吹きながら、冷蔵庫から取り出した食材の調理に取り掛かった。
楽しみながら朝食を作っていた響は、ふと壁にかけられている時計を確認する。時計の針は7時を指していた。窓からは光が射し込み、外からは鳥たちのさえずりが聞こえてくる。天気予報では、しばらくは晴れの日が続くとのことだったので、今日も1日晴れるのだろう。焼いていた鮭を皿に移しながら思考する。
「そろそろ心が起きてくるかな?」
皿によそい、出来立ての朝食をテーブルに並べていく。居間にある足の低いテーブルには2人分の朝食が並べられていた。今日の朝食は、ご飯に味噌汁、鮭の塩焼きと模範的なまでの和食である。心が洋食よりも和食派なので、神楽坂家の朝食は比較的和食が多い。響としても、朝はパンなどよりも白米を食べたい人なので、それに対し不満は一切ない。まだ温かいため湯気が立ち昇っている。
しかし……
「遅いな? いつもは何も言わなくても勝手に起きてくるのに」
待っても心が起きてこないことを疑問に思う響。心はいつも起こさなくても、謀っているかのように朝食までには起きて席に着いているのが日常である。そんな心が今日は起きてこない。一通り朝食の準備を終えた響は、その朝食に手をつけるでもなく、心のことを考えていた。
「そろそろ起きないと遅刻だな。しゃーない、起こしに行くか……」
昨日は初めての学園だったので疲れて寝坊でもしたのか、と考えに至った響は心の部屋に向かって行った。
階段を上って突き当りにある心の寝室前に響はいる。ドアの真ん中あたりには、心の部屋、と書かれたプレートがぶら下がいる。その下には小さくともしっかりと読み取れる大きさで、用があるときはノックをするように、と書かれていた。
「心〜? 起きてるかぁ。入るぞ~」
そんなプレートを特に気にかけるでもなくスルーして入室する響。その行動には躊躇という態度が感じられなかった。プレートの意味がまるで無しである。
「そろそろ起きないと遅刻するぞ~」
「…………」
部屋の中には、いかにも女の子らしい光景が広がっていた。白い壁地に、ピンクのカーテンが良く映える。机や本棚の上には、クマや犬、猫といったヌイグルミがいくつか置いてある。
そんな部屋の突き当りのベッドに心は布団をかけて寝ていた。顔は反対側を向いており、肌蹴そうなタオルケットを腕で強引に抱え込み、膝を丸め体を小さくしながら横になっている。
「珍しいな? 心が寝坊なんて。おーい、心」
そう言い部屋の中へと足を踏み入れる。そのまま何を気にするでもなく響はベットの前まで一直線に歩み寄る。未だに反応のない心を一瞥し、その顔を覗き込むように見る。
「おい、心? 起きろ〜! 遅刻するぞ?」
そして心の肩を掴み、揺すりながら起こそうとする。ぐらぐらと揺れる心の体。大抵の人ならこれで起きるはず。しかし……
「う〜ん……」
それでも起きない心。あろうことか寝返りを打ち、揺すっていた響の手を払いのけようとする。そんな心の様子に、どうしたものか、と考えていた響は、ある事に気づく。
ーーーーピクピク
心の鼻の脇辺りが、ピクピクと震えたのだ。
(コイツ、もしかして・・・)
過去の経験から、この行動の理由に思い立った響は、心に悟らせないように少し考え、行動に移す。
「ふむ、熟睡してるな? このままでは2人とも遅刻してしまう。我が妹よ。お前の犠牲は無駄にはしない!!」
そう言って踵を返し、入ってきたドアに向かってドアを閉める。
バタンッ
ドアが激しくしまる音がするとともに、一瞬の静寂が訪れる。だが次の瞬間。
「え!? ちょっと待ってよ兄さん!? 起きてる! 起きてますってばぁ」
ベッドから飛び起きる心。まるで最初から起きていたかのようにベッドから飛び降りる。寝起きとは到底思えない動きを見せる。着地を決めた心は、部屋から出て行った兄を追おうとしてドアの方に向き直る。
そこには
「やっと起きたか、心」
ニヤニヤと笑みを浮かべた響が出迎えた。そうなることが分かっていたかのように、余裕たっぷりな兄の表情。それを見た心は、呆然とした後に状況が把握できず、疑問を口にした。
「な!? 兄さん! 部屋から出て行ったはずじゃ……まさか気づいてましたね?」
その疑問の最中に確信に気がついた心。断定したように兄に聞き返す。
「お前が嘘をつくと鼻がピクピク動くんだよ」
あっさりと真相を教えてしまう響。相変わらず表情はにやけたままだ。
「っ!? 〜〜〜///」
響から真相を聞いた心は、恥ずかしいのか自らの手で鼻を隠すように抑え、顔を真っ赤にしながら兄を睨む。目は涙目で上目遣いというオマケ付きである。これが兄じゃなかったら、男にとっては凶器になっていたかもしれない。
「まぁ、起きたんなら早く飯食って学園に行くぞ」
そんな抗議の視線を、どこ吹く風という感じで受け流した響は、今度こそ部屋から出ていく。
「あ!? 置いていかないでくださいよ」
心はパジャマから急いで着替えると、授業の用意が詰まった鞄を引っ掴み、一足先に下へと降りて行った兄の姿を慌てて追いかける。リビングに着くと、冷めてしまった朝食を温めなおし席に着いた兄の姿があった。
「しかし、何で今日は狸寝入りなんてしてたんだ?」
あのあと朝食を食べて登校していた響は心に聞いた。通学路には響たち以外にも学生が通っている。学生だけでなく、スーツを着たサラリーマンなども時折目にする。そんな中をお喋りしながら歩く、1組の男女。傍から見ると、彼らはどのように見られるのだろうか。
「いえ、たまには兄さんに起こしてもらいたいなぁっと思いまして」
その言葉に響は首をかしげる。そんな兄の表情を正確に理解し、さらに言葉を続ける心。
「ほら、やっぱり憧れるじゃないですか? 兄にやさしく起こされる妹ってシチュエーション! けっこう夢だったんですよ?」
心は満面の笑顔で今日の思惑を語る。その時の心の目が、どこか遠くを見るような、頭の中で妄想しているような目だった。おそらく実際に起こった時のことを想像しているのだろう。
心の言葉に肩を竦める響。心が考えていることと同じ想像を自分も想像してしまい、憂鬱な表情をしている。
「そりゃ、無理だ。俺のキャラじゃないだろ。ご期待に添えなくて残念だ。それに普通は逆じゃないか? 年下の妹に起こされる兄の構図だろ? ふむ……確かにそれなら憧れるな! まぁ、お前が俺より早起きしたのは見たことないから無理だろうが」
先ほどの想像を、自分と心の役割を逆転させて再生する。アニメなどでは一般的な光景が脳内で写され、それならと納得する。しかし、心が朝に弱いことを知っているので、あっさりとその妄想を非現実的と結論付けた。
そんな響の言葉にムッとした表情を浮かべた心は、負けじと言葉を返す。響にしてみれば自分の言葉に、どのように妹が反論するか想像に容易い。
「兄さんが早起きしすぎなんですよ!! いいですよ、じゃあ今度は私が兄さんを起こして見せます」
案の定、予想したとおりの言葉が返ってきた。心の中で邪悪な笑みを浮かべつつも、それを表面に出さずに会話を続ける。
「お!? そっか! 期待しないで待ってるとしよう」
息巻く心に、それを茶化すような表情を浮かべる響。響は内心で、次はどのように妹を弄るか考えていた。2人にとってはいつも通りの会話を繰り広げながら、学園についた響たちはそれぞれの教室に向かって行った。
2人が兄弟だと知らない周りの学生に大きな誤解を残したまま……
ガラガラ
昨日から自分の教室になった場所に迷わず着いた響は、教室の後ろに位置するドアを開けて中に入る。
「あら? おはよう、響。朝早いのね?」
「おっはー、響っち!」
そこに、既に登校していた理沙と薫が声をかけてきた。薫の挨拶が古いと感じつつも、余計なトラブルは嫌なので、あえて指摘しない。手に持っていた教科書などが詰まっている鞄を机に置きながら、2人に挨拶を返す。
「おう。おはよう理沙、薫。それを言ったらお前たちの方が早いだろ?」
「それもそうね」
あっさりと頷く理沙。実際、今日の響はクラスの中では遅いほうで(心の狸寝入りに付き合っていたので)クラスの生徒の大半が教室で雑談に耽っていた。理沙の判断基準は、遅刻するか、しないからしいい。
「ところでぇ〜、昨日の放課後はどうだったの? なんか模擬戦をやったって話を聞いたんだけど? ホント?」
昨日の放課後は訓練場に行けなかった薫が、待ってましたと言わんばかりに聞いてくる。体を響の方へと突き出し、迫ってくる。よほど気になっているらしい。
「まったく薫は……そんな情報どこから仕入れてくるら。薫は学内の中でも情報通なの。毎回どこからともなくネタを仕入れてくるのよ」
その様子に呆れながら、理沙が薫について説明してくれる。何で模擬戦のことを知っているのが疑問だった響は、理沙の言葉に納得する。
「ああ、ホントだぜ。同じ班になるのにお互いの実力を知るためだってよ。俺と理沙、心と努でそれぞれ模擬戦をやったんだよ」
「マジで! マジで! それで結果は?」
薫は結果が気になるのか、さらに響に詰め寄っていく。さすがの響も薫の様子に軽く引き気味である。それを確認した薫は、1歩離れ、ワザとらしく咳払い、響に先を促す。それを受け、理沙のほうに顔を向けた響は、朝も心に見せたのと同じ、ニヤッとした笑みを浮かべる
「もちろん俺の勝ちだ。理沙も惜しかったがな。心も努に勝ったぞ」
胸を張って言った。その場合の理沙へののフォローは、理沙の傷を抉るころしか効果がない。もちろん響もそれを分かってやっている。
「クッ!?」
悔しさで顔を歪めつつ、響を睨む理沙。
「おお〜!? 凄いね響っちと心っち。この学園でもトップの実力者の、理沙っちと努っちに勝っちゃうなんて。こりゃとんでもないライバル出現ですな? 理沙っち?」
その模擬戦の結果を聞いた薫は素直に感心していた。籐歌学園でもトップの実力を持つ2人、それに勝った響と心。内容は知らないが、自分の親友がこんなに悔しがるのを見たのは初めてである。2人ともかなりの実力者であることに間違いはないだろう。
「ふんっ! ふんなの偶々よ! 努はともかく、私は次やったら絶対に勝つわよ」
「おんやぁ、理沙ちゃんは潔くないなぁ?……賭けの賞品、とんでもないこと要求してもいいんだぞ?」
ふてくされた態度の理沙に響は黒い笑みを浮かべながら、最後に理沙にしか聞こえないように耳打ちする。
「っ!?」
その耳打ちに、赤くなりながら響を睨む理沙。いきなり異性に耳打ちされたのもあるだろうが、それ以上に怒りの感情が上回っているらしい。まるで親の敵を見るような目で睨みつける。
「理沙っち? どったの?」
響の言葉が聞こえていなかった薫は不思議そうに理沙に尋ねる。当然理沙としても答えられるはずがなく、自然と沈黙するしかない。
「クックック、なんでもないよなぁ? 理沙ちゃん」
その後には、笑顔の響と俯く理沙、困惑顔の薫がいた。
「そんなことより、今日の放課後、歓迎会やるから」
なんとかダメージから回復した理沙は唐突に話を切り出した。
「は? 歓迎会? 誰の?」
当然、いきなりの話題転換に思考がついていかない響。考えれば直ぐに分かりそうな事を聞き返してしまう。
「それ、本気で言ってるのですか、響っち?もちろん、響っちと心っちの歓迎会に決まってるでし」
そんな響に突っ込む薫。もはや語尾が変なのは突っ込むまい。
「そう言うこと。昨日は放課後は訓練場に集まれって言われてたからね。だから今日にしたの。ちなみに参加者は、アンタと心ちゃん、私に薫に、ついでに体力バカもね」
そう言って参加者を指折りながら挙げていく理沙。ちなみに体力バカとは言わずもがな、努のことである。
「へぇ〜、わざわざ悪いな。んで、場所はどこでやるんだよ?」
その言葉に感謝しつつ場所を尋ねる響。
その言葉に理沙が、ニヤッと先程の響のような笑みを浮かべる。
「響の家」
さっきの仕返しか、簡潔に答えた。
「へぇ~、響の家かぁ~。……ちょっとマテ、オイコラ。イマ、ナンツッタ?」
聞き間違いということにしたかった響は、咄嗟に聞き返す。内心では嫌な予感しかしなかったが。
「だから、響の家でやるの!!」
そんな響の内心を知ってか知らずか、理沙は再び答える。今度は力を込めて。
「OK、OK。百歩譲って俺のうちでやるとしよう。何で俺の家なんだ?」
現実を受け入れるのを拒否したいができない響は、困惑しながらも理由を尋ねる。
「だって、どっかの店でやると費用が高くなるし。響の家は心との2人暮らしでしょ? その点、私たちの家だと親がいてうるさいしね。それに明日は学園休みだから、泊まれるしちょうどいいかなって」
それにスラスラと答える理沙。始めから考えていたのだろう。そうでなくては、ここまでスラスラと理由が言えるわけがない。
「だからって宿主の許可も取らずに計画するか? 普通」
逃げ場を求めて正論を振りかざす響。しかし、今回は理沙が上手だった。
「あら、許可なら取ったわよ?」
「はぁ?」
響の表情を見て、再び理沙がニヤっとしながら言う。
「昨日の模擬戦の後にね。心ちゃんにだけど」
その言葉に響はピキッっと固まる。まるで響だけ時間が止まったようだ。
(こ・こ・ろ〜!! 帰ったら調kyもといお仕置きだな・・・クケケケケ)
心の中でダークな笑いを浮かべる響。どのようなお仕置きにしようか、頭の中で考えを巡らせる。その時心が身震いしていたのは別のお話。
「まぁ〜心には、響には内緒にしてって言っておいたんだけどね」
一応心のフォローを入れる理沙。しかし、響は中では、心にお仕置きするのは決定事項なので大した成果を挙げることはできなかった。
「そう言うことで、よろしくお願いしますね? 響っち」
何故か勝ち誇ったような笑みの薫が言う。傍らの理沙も、さっきのストレスを多少解消できたのか、何となくスガスガしい表情である。
「あ〜もう、分かったよ! 勝手にしろ」
自棄になる響、そこに先生が教室に入ってきた。
ガラガラ
「はいはい、席に着いて。出席採るわよ?」
「じゃあ、響放課後よろしくね」
「よろしくなのですよ!」
そう言って席に戻る2人。
「おう、分かった分かった」
それを響は諦めた表情で投げやりに見送った。
ちなみに努は今日も遅刻し、担任の先生の呼び出しをくらったのは言うまでもない。