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雷の覇者  作者: 悠奏多
11/15

第9話:5年前の決意

お待たせしました、9話目です。

今回は過去の話ということで、理沙視点です。

七聖も一人出てきますので、ぜひお楽しみ下さい。

 5年前……


 季節は夏、学校も夏休みに入ったばかりのころ。私と親友の棗は、少し離れた親の実家に泊まりに来ていた。都心からはそんなに離れておらず、高層ビルこそ無いが、それなりに発展した町である。都会よりも近所の人との結びつきが強く、皆人情味に溢れ、私たちにも優しく接してくれた。私は、この町のそんな雰囲気が昔から好きだった。棗は小さいころから一緒だと言うこともあり、実家へは何度か泊まり込みで遊びに来たこともあった。祖父、祖母ともに顔見知りであり、実の孫のように可愛がられている。


 事件が起こったのは、泊まりに来てから3日目だった。その日はとてもよく晴れた日。雲ひとつない空、照りつける太陽光。風も吹いておらず、半袖でいても立っているだけで汗が滲み出るほどの暑さだった。周辺から聞こえてくる蝉の鳴き声が、その暑さを助長させているように感じる。正に真夏日だった。


「「行ってきま〜す」」


 そんな暑さに耐え切れなかった私と棗は、自転車で30分ほど離れた場所にあるプールへと遊びに出かけることにした。小さな頃に家族で行ったことのある大型のリゾートプールである。棗と一緒に行くのは初めてだ。隣の棗も、楽しみなのか、心なしか嬉しそうだ。


「気を付けて行ってきなさい」


 私たちを見送るために玄関から顔を出した祖母の声を聞きながら、私と棗は水着の入ったバックを自転車の籠に入れて乗り、ペダルを漕いで実家を後にした。走る自転車に吹き付ける風が、妙に気持ちよかったのを鮮明に思い出せる。





 プールへは問題なく着いた。30分という距離は子供には結構な距離であり、到着する頃には汗で服が濡れていた。肌に張り付いた服がやけに気持ち悪く感じる。自転車を停めた私たちは、受付を済ませるためにプールのロビーへと向かう。この暑さだからだろう、プールにはすごい人混みができていた。このプールは地域では有名で、様々な種類のプールが楽しめることで人気がある。この混雑も納得せざるを得ない。


「すごく混んでるね、理沙ちゃん」

「そうだね、棗」


 人ごみを尻目にそんな会話をしながら、受付で入場の手続きを済ませる。子供料金で500円を支払った私たちは、そのまま更衣室へと行き、急いで着替えプールへと向かう。棗の手を引きながら入場門をくぐった私たちは、一旦立ち止まり周辺を見回す。園内の地図を確認するためだ。 地図を探すために顔を上げた瞳には、男女のカップルから私達と同じ年頃の子供達まで様々な年層の人を写した。


 地図を見つけ、入るプールの順番を決めた私たちは、まずこのプールの一番人気である流れるプールへと向かう。川ような水路が円状になっており、その中を水が一定の方向に流れているものである。主に子供たちに人気があり、入っているのも私たちと同年代が多いようだ。


「わぁ〜、冷たくて気持ちいいっ」


 準備運動をして水に入った棗が感想を言う。今までこの暑さの中で30分自転車を漕いできたので、体はすっかり火照っている。棗の反応は当然だろう。私も同じように感じた。体内の熱が、水によって冷まされていく。ある程度その感覚を味わった私たちは早速泳ぐことにした。


「さ、いこ。棗。」

「うんっ!」


 私たちは水の流れに身を任せて泳いでいく。水の助けがある分、普段よりも一段と早く泳げる。途中途中、混雑のせいでほかの人にぶつかりそうになるが、避けながら泳ぐ。時には流れに逆らい、時には泳ぐのをやめて水の上に浮かんだりしながら私たちはそのプールを満喫した。


 ある程度楽しんだ私たちは、そのプールを後にし他のプールへと行った。海のように波打つプールや、下から噴水のように湧き出るプールなど手当たり次第に遊んでは満足していく。ウォータースライダーには身長制限で滑れなかったのが心残りだった。その他にも、実家を出る時にもらったお小遣いでアイスクリームを買って、二人で食べ比べなどをした。





 それは突然の出来事だった。


 現在の時刻は午後3時。まだ外は明るいが、一通り遊んでプールを満喫した私たちは「そろそろ帰ろうか」などどプールサイドに座りながら話していた。まだまだ遊んでいたいが、水中での運動は結構体力を使うため2人はもうヘトヘトである。


「そうだね。少し早いけど帰ろ! 理沙ちゃん」

 

 棗がそう言いながら膝に手をつき立ち上がった。


 その瞬間。


 ブォン


 鈍い音を立てて世界が変わる。世界が侵食される。


 夕焼け以上に空が赤い世界に。まるでそれは血のように。


 周囲では大人が「なんだ、どうした!?」「これは・・結界か!?」などと言う声が聞こえてくる。大人たちですらパニックを起こしているのだ、理沙たちやその他の子供たちは、どうしたらいいのか分からずにオロオロするしかない。


「理紗ちゃん・・・」

「棗、私のそばを離れないでね」

 

 心配そうな棗を安心させるように手を握りながら私は言った。正直な話、私自身も不安でしょうがなく、棗の手を握ったと言ってもいい。とにかくこの時は、得体の知れない状況で、心が押し潰されそうだったのを覚えている。


 その時


「妖魔だ!! 妖魔がでたぞーー!!」


 広場にいた男性が、ある方向を指さしながら叫んだ。その声と同時に広場にいた人は皆、指の先の方向を向く。私もその動きにつられ見ると、魔法陣の上に5メートル位の身長で、全身黒で目が赤く、鋭く発達した爪に尻尾を持った異形の生物がいた。


(妖魔? いや違う、あれは妖魔なんかじゃない)


 その異形の姿を見た当時の私は直感的に考えていた。両親が魔導協会に務めているため、私は実際に見たことはないが、妖魔の知識を持っていた。しかし、目の前にいる異形は、その知識には当てはまらないものだった。


(妖魔の身長は3メートルくらいのはず。前身は黒いけど、その姿は人間に酷似している。人の負の感情を元にしているのだから、人間に似ていなければおかしい)


 目の前のそれはどうだ。改めて顔をよく見ると、耳が尖っており、目は獣のように縦に瞳孔が開いている。口は狼のように伸び、鋭い歯が覗く。先ほど見た尻尾と爪を合わせると、人間とは到底思えない姿形である。


(……悪魔?)


 私の脳裏に一つの単語がはしる。それは、この世界に存在するはずのない者。かつて魔界へと封じられた者の名だった。そこまで考えて、私は思考を中断せざるを得なかった。


「グゥゥゥゥゥォォォオオオ!!」


 その異形が咆哮をあげ、大気が震えたためだ。ただの遠吠えで背筋が凍るほどの力を感じる。あれに関わってはいけない。私の中の直感が、そう告げていた。


「クソッ!!」

 

 異形の遠吠えを合図に、何人かの男の人が魔導を展開・発動させ、1人の大剣を持った男が切りかかる。おそらく休暇中の魔導教会の者だろう。火の玉が、雷が、氷の槍が異形へと殺到する。命中した魔導は、大したダメージを与えないものの、異形の体勢を崩し、大剣を持った男が切りかかる時間を稼ぐことができた。大剣の男は勝利を確信し、叫ぶ。


「もらったーー!! な!?」


 しかしその瞬間、横からの衝撃により男が吹き飛ぶ。まるで重さがなくなったかのように一直線に飛んで行った男は、そのままプールの水面へと叩きつけられ動かなくなった。その光景を目の当たりにした人々はさらに混乱する。一番混乱していたのは魔導を放った者たちだろう。


「なに!? 一匹じゃなかったのか?」


 そこには同じ異形がいた。1匹目と姿形の全く同じ異形。ここに現れたのは1匹だけではなかったのだ。魔導士達は、2匹を相手にするために、各々の魔導媒体を構え戦闘態勢に入る。しかし……


「こっちにも出たぞ〜〜」

「こっちもだ!! 逃げろー」


 まるで示し合わせたかのように、2匹目の出現と共に、3匹目、4匹目とその姿を増やしていく異形。プールのあちこちで叫び声が上がり始める。それを合図にしたように、プールに来ていた客が一斉に逃げ始めた。人の波が目指すのは、園内の出口。この園内に出入り口は一つしかないので、結果的にそこを目指すしかないのである。


「棗、私たちも逃げるよ!」

「う、うん!!」


 その光景を見て若干呆然としていた私と棗は正気を取り戻し、私は棗の手を引いて逃げ出す。いつまでも同じところに留まっているわけにはいかない、その思いで必死に走り始める。とりあえず私たちも何も考えずにプールの出口へと向かっていくしかないようだった。


 しかし・・・


「なんだよ、これ!! 見えない壁があるぞ!?」


 先陣を走っていた人たちが何かを叩きながら叫ぶ。それはちょうど赤い結界の境目。どうやら外の世界には出れないようである。プールの出口には、結界のせいで出るに出られない客で混雑していた。


 その周辺に突如さっきの魔法陣が展開され、異形が出現する。広場で見たものと同じ姿の異形だ。


「グゥゥゥゥゥゥゥォォォォオオオ!!」


「うわぁ〜、逃げろ」

「押すんじゃねぇ」


 異形の出現に混乱する人々が同時に逃げ惑う。そんな状態で、まともな非難ができるわけがない。ある者は押し合い、ある者は突き飛ばされ、ある者は脅え立ちすくむ。そんな人間たちの集団に、異形はその身に似合わぬ跳躍力を示し、割って入る。


 突然の異形の襲撃に、ある者はその大きい体に押しつぶされ、ある者は爪で切り裂かれ、ある者は尻尾で薙ぎ払われる。その時間はわずか数秒。次の瞬間には、異形を中心とし、倒れた人山ができあがる。まだ息がある者もいるのか、痛みに耐えながら必死に逃れようとしている。しかし、その抵抗も無駄に終わった。異形が己の爪でトドメを刺したからだ。


「棗、こっち!!」

 その光景を見た私は泣きそうになりながらも、なんとか気を保ち、再び棗の手を引き逃げる。棗も必死に目を逸らしながらも走ろうとするが、足をもつれさせる。


「理沙ちゃん、私もう走れないよ・・・」


 今日は1日プールで遊んだ後である。かなりの疲労が溜まっていたのだろう。もともと棗は運動が苦手である。出口に来るまでの走りでも、良く持った方だろう。


「分かった。あの草陰に隠れよう」


 そう言って指を指したのは、人2人をなんとか覆い隠せるくらいの草陰である。走るのが無理なら隠れるしかない。私たちは異形が迫ってくる前に急いで、その草陰に飛び込んだ。


「理沙ちゃん、これからどうするの・・・」

「しっ!絶対声を出しちゃだめよ。泣き声も!」


 泣きそうな声で尋ねる棗に私は言う。今は異形に私たちの居場所を知られるわけにはいかない。もしバレれば……その先は言わなくても予想できる。棗も私の言葉の意味を理解したのか、しきりに頷く。そのまま私たちは、体を丸くし、二人で抱き合って身を寄せる。お互いに震えながら。


 遠くからは人の悲鳴や異形の咆哮がしきりにあがっている。魔導の炸裂音、何かの破壊音、それらが聞こえるたびに、私たちはビクッ、ビクッと体を震わせていた。時折近くを人や異形が通るが、私たちには気付かずに通り過ぎる。嫌な汗が背中を伝い、流れ落ちる。私たちにできることは、震えながら、過ぎ去る時間を待つだけであった。





 それからどれくらいの時間がたったのだろう。実際には20分くらいしかたっていなかったが、私たちにはそれが永遠と言っても過言ではない時間だった。全身に冷や汗をかき、ギュッと瞑った目は赤く充血している。知らず知らずの内に泣いていたらしい。


 あたりは静寂に包まれ、魔導の炸裂音も何かの破壊音も、人の叫びも妖魔の咆哮も聞こえない。


「棗、少し外に出てみよう?」


 私の声に頷くことで答える棗。いつまでもここに居ても助かる保証はない。少なくとも周囲の状況を把握したかった。狭い場所で、いつ来るとも知れない恐怖に、精神的に限界が来ていたのも事実である。


 そうして私たちは音をたてないようにゆっくりと外に出た。茂みから頭を出す。


 まず目に入って来たのは、見渡す限りに広がる人だったものの残骸。所々に人だと判断できるパーツが転がっている。それと赤い液体。地面を伝い、いたるところに水たまりを作っている。

 次に目に入ったのは赤いままの空。結界はまだ解除されていないようだ。空も建物も地面も赤一色。

 見渡す限りの『赤』


 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤


 私たちの心にはその色が深く刻まれる。呼吸が荒くなる。鼓動が大きくなる。脳が状況の理解を拒絶する。しかし心だけは、それを現実として受け止める。受け止めてしまった。


「いやぁぁぁぁぁあああ!!!」


 棗がその光景に耐えられなかったのか叫ぶ。甲高い絶叫が園内に響き渡る。頭に手を当て、かぶりを振りながら、その場に尻もちをつくように座り込む。当たり前である。まだ幼い少女がこの光景に耐えられるはずがない。きっと私も棗がいなかったら叫び散らしていただろう。棗が先に叫んだ分、私は冷静になることができた。いや、冷静になんてなれるはずがない。しかし、今棗を守れるのは自分だけだ。それだけを考え、恐怖を抑え込む。


 そこには命がなかった。人の営みがなかった。

 さっきまであんなにいたカップルも、同年代の子供も何もかも……

 本来あるはずの笑顔も、会話も、物音も……

 ただただ広がる赤い世界。


「棗、落ち着いて!!」


 私は必死に棗を落ち着かせることにした。まだあの異形がいなくなったと決まったわけではない。いつ、さっきの叫び声を聞きつけるか分からない。すぐにこの場を離れなくては。必死に無理やり作った心の余裕で、考えられることを考える。


 しかし、それは遅かった。


「グゥゥゥゥゥゥォォォォオオオオ!!」


 棗の声を聞きつけた異形が3体こちらに向かってくる。爪を振り上げ、牙を覗かせ、駆けてくる。


「棗、逃げるよ!!」

「ダメ・・立てないよぅ」


 その姿を確認した私は、棗に逃げようと声をかけるが、腰を抜かしたらしい棗は、その場で座り込んで逃げられないようだった。立ち上がることすら難しそうだ。

 その間にも異形が迫ってくる。


「理沙ちゃんだけでも逃げて」

「馬鹿!! そんなことできるわけないでしょ!」


 棗の言葉に瞬間的に怒りながら、私は棗を抱えようとする。


「オオオオオオオオ!!」


 しかし、その瞬間には目の前まで迫った異形が右手を振り上げていた。


「っ!?」

「く!!」


 咄嗟に目を瞑る棗をかばうように私は棗を抱き寄せる。脳内には妖魔の爪で貫かれる自分たちの姿が鮮明に想像できた。私たちはここで死ぬ。意外と冷静に自分の死を認めていた。


 ガキィィィィン


「「???」」」


 自分たちの肉体を貫いたとは思えぬ甲高い音。そして、いつまでたっても来ない痛みと衝撃に瞑っていた目をあける。そこで予想外のものを見ることになった。


「ギリギリセーフかな? まだ生存者がいたなんて。大丈夫? 2人とも」


 目の前には刀で爪を受け止めた少年が立っていた。私たちとほとんど変わらない年齢の男の子。まだ成長しきっていない体のどこにそんな力があるのか。異形と少年の力は拮抗していた。それを信じられないものを見る目で見る私たち。


「危ないから、そこから動かないでね」


 そう言って少年が妖魔の爪を押し返し距離を取り、その体に雷を纏い始める。私たちはそれを呆然と見ていることしかできない。まだ脳が現実の処理に追い付いていなかった。雷を纏った少年は刀を下段に構え、腰を落とす。右足を引き半身になる。


 先に動いたのは少年だった、3匹のうち中央の1匹に雷撃を繰り出す。詠唱を破棄した下級魔導魔導、「ライトニング」。あまりの術式展開速度に異形はついていけなかった。無防備な体に電撃が命中する。それを浴びた異形は痺れて動けなくなる。


 それを好機をし、残り2匹に向かっていく少年。今度は異形も黙ってはいない。それを迎え撃つ姿勢を取る。瞬時に距離を詰めた両者はぶつかり合う。

 異形は爪を大振りし、尻尾を薙ぎ払い、時には牙を突き出し攻撃する。2匹での連携は意外なことに無駄がなかった。まるで意志の統率ができているようである。

 しかし、信じられないのは少年の技量だった。妖魔の攻撃を軽いものは受け止め、大きいものは回避、受け流し、できた隙に刀で、雷で攻撃し傷を負わせていく。決して深追いはせずに、着々とダメージを与えていく。瞬時に状況を判断、適切な行動を選択していく。2対1の不利をものともせずに少年は闘っていく。


「すごい……」


 魔導を学んでいない私たちにも、そのすごさは見ただけで分かった。知らず知らずに口から賞賛の言葉が漏れる。

 しかし、最初に雷を浴びせて動けなくなったはずの異形が、動きを取り戻し後ろから少年に接近する。少年はまだ気づいていないようだ。ここで見ていた私たちだからこそ気付いたのだろう。


「危ないっ!」


 咄嗟に叫ぶが少し遅い。妖魔の爪が少年へと吸い込まれていく。




「全く。いつも言ってるだろう? 動きを奪っても最後まで気を抜くんじゃないと」


 瞬間そんな女性の声が聞こえてきて、少年の背後にいた妖魔が吹き飛んだ。吹き飛んだだけではない。それはいきなり空中で発火し、塵一つ残さずに燃え尽きた。その女性は『赤い』髪をなびかせながら、さっそうと戦場へと足を踏み入れる。私たちの横まで来たと思うと、顔を私たちに向け、ウインクを一つした。もちろん飛びっきりの笑顔である。その表情を見た瞬間、得体のしれない不安は消え去り、なぜか絶対的な安心感に包まれたような気がした。


「姉さんがいたのには気づいてましたから、でも一応ありがとうございます」


 それに気づいた少年は、突然の仲間の撃破に動きの止まった異形を置き去りに、跳躍。一足で私たちのいる位置まで後退してきた。女性の姿を確認し、事も無げに礼を述べる。


「はぁ、可愛くない弟分だねぇ。後は私にまかせな。アンタはこの子たちの護衛」


 赤い髪の女性は、親指で私たちを指し、少年に指示を出す。その女性の言葉に反論もないのか、「分かりました」と答えた少年が私たちのそばに来る。その表情は戦闘時の表情とは違い、どこか気の抜けた表情である。私は不思議に思った。何故戦闘中なのに、こんなにも気を抜いているのだろうと。その答えはすぐに思い知ることになった。


「もう大丈夫。もうじき助かるよ」


 そう言って自分たちの周囲に防御結界を展開する少年。白い光の膜が私たちを包むようにして広がった。


 それを確認した女性が両手を左右に広げるような動作を見せる。袖からは金色の腕輪が見えた。


灰塵かいじんと化せ、陽炎かげろう


 女性は自らの相棒を呼び出す。女性を中心に炎が巻き起こる。それが両手両足に収束し、形を為す。赤と黒のコントラストの手甲、脚甲。神具「絶手脚甲陽炎」


「……七……聖……」


 今日何度目か分からない驚きの言葉。目の前にいるのは、世界の魔導士でもトップに君臨する七人の内の一人。その正体は不明であるが、彼らが使う、神具と呼ばれる魔導媒体が証となる。昔父さんが私にしてくれた話である。彼らは大きなる力を持って、私たちを守護する存在。魔導士は、彼らの言葉には従う義務があるのだと。


「さぁて!! アンタ等には罰を与えないとねぇ」


 そう言って彼女は、左右の腕に装着した手甲を、胸の前で打ち鳴らす。それと同時に、全身に炎を纏う。


 赤、一瞬心にその色がよぎる。人の血、赤い空。今日起こったいやなことがすべて赤と言う色に集約される。

 しかし、この日最後に見た強烈な「赤」はそんなことを一切感じさせず、ただ温かかった。生命の鼓動。それを感じさせる。きっと私たちが「赤」と言う色に対しトラウマにならなかったのは彼女のおかげだと確信できる。


 2体の異形が同時に彼女、七聖「獄炎」に襲いかかる。それがいかに無謀なことであるかを知らずに。


「うぜぇ!!」


 彼女が右手を左へと振るう。腕の延長上に炎が帯を引くように広がる。

 ただそれだけ。ただそれだけで2体の異形が炎の中に消える。炎がなくなるとそこには何もいなかった。塵一つ。


 すると、魔力を感じたのか奥からさらに8体の異形がやってくる。それだけでない、どうやら妖魔と思われる者も何十匹と群れてやってきた。異形に率いられる形で私たちに向かってくる。


「「っ!?」」


 息をのむ私と棗。こんなにも多くの異形がいたのか。


「おうおう! わらわらと群がりやがって。」


 私たちの思いと裏腹に、余裕の表情を崩さない彼女。楽しそうな言葉と同時に右手を頭上に上げる。


「汝、その身に罪を宿しし者よ 我が身に宿るは断罪の業火 其の業火を以って罪ある魂に判決を下せ 我が前に顕現せよ」


 今まで聞いたことのない詠唱を終え右手に巨大な魔法陣が展開、そこから膨大な魔力が解放された。その腕を最後の言葉と同時に、振り下ろす。


罪裁く断罪の焔パニッシュメントフレイム


 周辺すべてを炎が覆っていく。私たちにも、その炎が迫り、飲み込まれる。しかし、その炎は何も燃やさなかった。木も建物も何も。不思議な温かさ、優しさが炎から感じられた。しかしその炎に異形が、妖魔が触れた瞬間、それらはこの世界から存在を焼き尽くされる。断末魔を上げることも許されず、激しく燃焼する。それは一瞬の出来事だった。襲ってきた異形たちは跡形もなく消え、静寂が周囲に戻る。


 ブォン


 すると、空を覆っていた赤い結界が解け、元の青い空が戻っていく。それを座り込みながら見ていた私たちは、ようやく助かったことを実感できた。体にドッと疲れが押し寄せる。気を抜いたら気絶するのではと思うほどだった。


「チィッ、首謀者は逃がしたか」


 解かれていく結界を見ながら、悔しそうにそう言って武装を解く女性。そしてそのまま踵を返し、何も言わずに去っていく。


「すぐに魔導教会の人が保護に来ますので指示に従ってください」


 そばにいた少年もそう言って私たちの元を離れる。先行する女性を追って脇に並ぶ。


「ま、待って下さい、あの、名前は?」


 そいって咄嗟に私は引き止める。まだお礼すら言っていない。

 その言葉に立ち止まり振り返る2人。


「魔導教会所属 七聖が一人「獄炎」だ」

「その補佐で「雷牙」です。悪いけど、名前はお教えできません。機密事項なので」


 そう言って再び去っていくその姿を、見えなくなるまで私たちは頭を下げ続けた。



 その後すぐに魔導教会の魔導士が来て、私たちは保護された。どうやらあの赤い結界が解けたおかげで、ようやく中に入れたらしい。


 後から聞いた話によると、あの事件は赤い結界の中に七聖「獄炎」「斬鉄」「荊姫」の3名とその補佐が単独で侵入、異形と妖魔のほとんどを殲滅したらしい。しかし、目撃情報にあった異形を召喚した男性は確保できずに逃走、行方を眩ませたらしい。この事件はテレビなどの報道機関で大々的に放送された。生存者は20名ほどで、死者は千名以上だったとされる。






 そして現在に戻る。すっかり暗くなった夜道を歩きながら、私は回想の世界から戻ってきた。


「やっぱり気のせいじゃない? それに、そんなに都合よくあの男の子が転校してくるわけないじゃん」


 私は5年前を思い出し、改めてそう告げる。「雷牙」と響は似ているようで違うような気がする。「雷牙」はもっと礼儀正しかったし。響は性格悪いし。今日のことを思い出したら腹が立ってきた。


「そうかなぁ〜?」


 しかし、それでもまだ納得できないらしい棗。そんな棗に溜息を一つ吐き、若干呆れる。いつまでも考えているのは私の性に合わない。


「ま、考えてても分からないし、響に直接聞いてみれば?」


 それが一番手っ取り早いと考え私は言った。案の定、棗はポカンとした表情をした後、慌てて首を振る。


「え、え〜。そんなことできないよぅ」


「全く、度胸がないわね。あ〜もう、ほら。考えてても仕方ないんだから、さっさと帰ろう」


 そう言ってあの時と同じように棗の手を引く。違うのは二人が笑顔であるということだ。5年前の出来事は、決して忘れられるものではないだろう。でも私たちは今を生きている。助けてもらったこの命だから、今を精いっぱい生きよう。


「わわ!!まってよ、理沙ちゃん。」


 転びそうになりながらも付いてくる棗。その姿に笑い出しそうになりながら何とか堪える。


 私と棗はあの事件の後に二人で話し合った。私達と同じような人をこれ以上増やさないために、私たちは魔導士になろうと。あの七聖「獄炎」の女性やその補佐の少年のように、誰かを守れるようになろうと。あの時の気持ちは今も変わらず、私たちは走り続ける。あの人たちに追いつけるように。


「ようし、こっから私の家まで競争ね。負けた方が勝った方に明日のランチ後のデザート奢ること。よ〜い、ドン」


 そう言って私は棗を置き去りにして走り出す。


「え?ウソ!?ちょっとずるいよ、理沙ちゃ〜ん」


 慌てる棗を尻目に私は駆ける。



 何よりも大切な、この時間を守るために・・・



灯さん強すぎ……


表現とかどうでしたか?

感想やアドバイスお待ちしております。


次回は用語集を作るつもりです。お楽しみに

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