第8話:結成
今回は結構長くなりました。でも内容が薄いかもしれない……
そのうち専門用語集などを作りたいと思います。
理沙「う~~ん」
試合後理沙はすぐにその意識を覚醒させた。まだ霧のように霞んだ思考の中で、必死に閉じていた瞼を開け、ぼやけた視界で辺りを見回す。傍から見ると、キョロキョロと辺りを見回すその姿は、寝起きの少女を連想させ、普段の理沙の強気な態度からは予測できない可愛さがあった。
目を開けた理沙の目に、最初に飛び込んできたのは空。太陽が沈み始め、若干赤くなった空に、ところどころ雲が浮かんでいる。今はもうすぐ夏に入ろうかと言う季節なので寒さは感じないが、きっと夕方なのだろうと当たりを付ける。
上に向いていた視線をそのまま横に向ける。そこには、いつも自分が使っている訓練場の景色が広がっていた。なぜ訓練場で目が覚めるのか、理沙は徐々に霞の取れてきた意識で考え始める。観客席のほうから努、棗、心の順で駆け寄ってくるのが確認できた。どうやら自分に向かってきているようだ。
理沙「っ!?」
そこまで確認して理沙は自分が模擬戦で響に負けたことを思い出した。模擬戦の最後に見た響の顔が頭に蘇る。自分が負け、気絶させられたからと言って、いつまでも無防備な体勢を晒すのは彼女のプライドが許さなかった。急いで起き上がろうとするが、自分の体を思ったように動かせない。いや、体は動くのだが、踏ん張りとなる支えがないのである。そこで自分の体が、何故か不安定な空中に浮いていることに気づく。
響「お? 目ぇ覚めたか?」
急に自分のそばから声が聞こえ慌てる理沙。その声には聞き覚えがあり、さっきまで自分が思い浮かべていた少年と一致する。何故自分の耳元で彼の声がするのか、そう疑問に感じつつも、ゆっくりと声のした方を振り返る。突然、視界一杯に響の顔が写りこんだ。
理沙「きゃぁっ!?」
響「危ねえな? 落としちまうだろ」
理沙は急に自分の視界に写り込んだ響に驚きの声を上げる。ぼやけていた視界が一気に覚醒し、霧がかっていた思考もクリアになる。対する響は飛びのこうとして身をよじった理沙に抗議の声をあげた。
そこで初めて理沙は自分の状態について考える。もはや考えるまでもないのだが、それを受け入れたくないのか、はたまたただの照れ隠しか、一つ一つ順を追って考えを巡らせ始めた。
理沙(落としちまう? 何を? 私を。どうして? かかえてるから)
一通り自問自答を終えた理沙は、やはり一つの現実を受け入れざるを得なかった。そう、お姫様抱っこと言う現実を。
理沙は普段からの強気な態度や積極的な行動と相まって、活発で色恋沙汰には興味がないイメージが定着しがちである。実際に浮ついた話一つないのが、そのイメージに拍車をかけていた。
しかし、理沙とて年頃の女の子であり、そう言ったものにも興味はある。少女マンガだって普通に読むし、ヌイグルミ等の可愛いものも好きである。
そんな彼女だからこそ、憧れる時もあるのだ。お姫様抱っこと言うものに。奇しくも彼女の憧れが一つ叶った形になるのだが、本人はそこまで考える余裕はないだろう。
マンガやゲームの世界では定番なお姫様抱っこだが、現実では早々そのような機会があるわけではない。さらにそこに、彼女のプライドが現在の状況を許さない。ボンッっと音を立てて瞬間沸騰した理沙は、なんとか状況を改善しようとジタバタともがく。
理沙「ちょっと!? なんて格好させてるのよ! 早くおろして」
響「ちょっ、お前。暴れんな! ホントに落とす・・イテテテテッ」
そう言って響は頬をギュッとつねられる。その痛みに耐え、崩しそうになる体勢に耐え、なんとか理沙を降ろすことに成功した。あいた手で赤くなった頬を撫でる響。理沙は、少しやりすぎたかな、と内心で反省するが、それを表に出すことはしない。それ以上に平静を取り戻すことに集中したかった。
理沙「ぅう、どうしてあんたがお姫様抱っこなんてしてるのよ、バカ!!」
響「ここにそのまま寝かせとく訳にもいかんだろうが」
結局沈黙に耐えられなかった理沙は、赤くなった頬を隠しながら悪態をつく。明らかな照れ隠しである。対する響も、もっともな反論を返す。響の返答に反論できずに言葉に詰まる理沙。
努「お~い大丈夫か? ん? 理沙どうした、顔が真っ赤だぞ?」
そこに駆けつけてきた努が理沙を心配する。理沙の正面から語りかけるような体勢になった努は、理沙の顔が目に入り、真っ赤なのに気づく。
理沙「んなぁ!? 別に赤くなってなんかないわよ! き、気のせいじゃない?」
またもそっぽを向く理沙。しかし、向いた先にはニヤニヤしながらやり取りを眺めていた響がいた。努の言葉から理沙がどのような状態かを判断したのだろう。それを視界に納めた理沙は一瞬硬直し、顔のやり場に困り、結局俯いてしまった。
努「そうかぁ? ならいいけどよ」
何でそんなにむきになっているのか分からない努は、とりあえず納得することにする。
棗「理紗ちゃん? ケガはないですか?」
遅れて駆け付けた棗が問う。必死に駆け付けたのだろう、若干息が上がっている。その顔には純粋に心配の念が窺えた。炎に包まれていて決着の状況が分からず、さらに理沙が気絶していたので、かなり心配をかけてしまったらしい。
理沙「ええ、大丈夫よ棗。まだちょっと体が痺れてるくらいだから」
棗の心配そうな表情に、流石に俯いて受け答えできないのか、顔を上げて答える。心配をかけた棗に元気な顔を見せる、理沙なりの感謝の表わしなのかもしれない。
棗「よかったぁ。でも念のため回復魔法かけときますね。来て、シルヴィス!」
そんな理沙の表情を見て、安堵の表情を見せながらも、棗が自分の魔導媒体を呼び出す。声をかけると髪に付けていた鳥の羽の髪飾りが光る。その光がおさまると、先端に透明な水晶のようなものが付いており、その周りを羽のようなもので囲った杖が出現する。持ち手の部分は、白い金属に金の装飾が施された、どこか神秘的な杖である。
棗「彼のものに癒しの恵みを与えん! ヒールライト」
その杖を自分の胸の前に抱え、短い詠唱を終えると、杖の先端に魔法陣が展開する。そこからやさしい光が漏れ、杖を理沙に向けて、魔導を発動させた。
30秒程その光に当たった理沙は「ありがとう、棗。もう大丈夫よ」と言って、立ち上がった。その様子から、痺れや傷と言ったものはすべて残っていないらしい。
響(水と光の応用回復魔導か。この年で2種類の系統を使えるとは、才能があるな)
ヒールライト、水と光系統の中級魔導である。水系統による体力の回復・強化、光系統による身体異常の排除を同時に行う魔導である。2つの系統を組み合わせるだけあり、それなりに取得難度の高い魔導である。
響は、今使われた棗の回復魔導を冷静に分析し、棗の実力を測っていた。ほとんどの場合、自分の得意属性は1種類であり、その他の属性魔導は努力次第では使えるが一流には成り得ない。学生レベルでは自分の得意属性を向上させるのが一般的である。しかし、例外は存在し、1人で何種類の得意属性を持っている者も存在する。おそらく棗もこの部類だろう。
心「全く。女の子相手なんですから、少しは手加減して下さいよ、兄さん」
響「いやいや。目の前に炎を撒き散らしながら殴りかかってくる奴に手加減なんてできんだろ。まぁ何にせよ、賭けは俺の勝ちだな?理沙」
自らのトラウマを目の前にし、手加減などできるはずもない。今できる全力を響は出していた。きっと心が理沙と対決していたとしても、響と同じように全力で戦っただろう。それだけ理沙の戦闘スタイルは、彼らの姉に酷似していたのである。
咎める心に返答した後、さらに理沙に残酷な現実を叩きつける響。ニヤッとした笑みは理沙の反応を見て楽しんでいる顔だった。隣では心が額を抑え溜息を吐いていた。
理沙「くっ! 好きにすればいいじゃない!!」
響「じゃあ、とりあえず保留で。ま、そのうち何かお願いするとしよう」
そんなことを言う響だが、当事者の理沙にしてみればたまったものではない。いつ何を命令されるのか、その時のことを考え不安で顔を青くする。無論響は、そんな理沙の反応を計算づくでそんなことを言ったのだが、理沙はそんなこと気付かない。
一心「とりあえず、お互いの実力はわかったかの?」
傍観していた一心が声をかける。重みのあるその声に「はい」と答え一同は再び整列した。それまでの雰囲気はすでになくなっている。この気持ちの切り替えの早さが、彼らが優秀と呼ばれる一つの要素になっているのは間違いないだろう。
一心「これからはこの班で活動してもらうことになる。皆仲良くするように。」
一心の問いに了解の返事を返す響たち。一心に言われるまでもなく、すでに打ち解けているようである。それは先程までのやり取りを見ていれば分かることである。
一心「さて、そろそろ疑問に思ってる者もいると思うが、何故今回このように我が学園の実力者を一つの班にまとめたのかを説明する」
その言葉に少し息を飲む5人。普通、実力者はバラバラに配属される。これは全体のレベルを向上させるためであり、また権力の一極集中を避けるためだ。しかし、今回の班構成は明らかに異常である。
一心「お前たちは最近世界のいろんなところで妖魔の出現率が高くなっていることは知っておるかの?」
5人は一斉に頷く。
妖魔、魔族の使いとも呼ばれる彼らは、生物学的上、生物ではない。俗に言う思念体である。現界と魔界、2つの世界に別れたと言っても、境界線は存在し、穴もある。現に、この藤歌学園こそが、2世界の境界点の一つであることは既に説明したとおりである。そのような場所から、魔界の瘴気が流れ込み、人の負の感情と結びつき、妖魔が出来上がるのだ。
一心「そこで今回、我が学園はお前たちに学園の防衛を頼みたいと思う」
理沙「え!? 妖魔からの学園の防衛ですか!? それは魔導教会や先生方の仕事で学生レベルの依頼じゃないですよ?」
一心の言葉に理沙が声をあげた。その疑問は当然。彼らは実力はあるが、まだ魔導士の卵である。何より子供なのだ。今まで妖魔の相手をしたこともなければ、本物の実戦経験があるわけでもない。
一心「うむ、本来はそうじゃ。しかし、妖魔の発生件数の増加や魔導犯罪の対応で魔導教会は人手不足なのが現状なのじゃ。妖魔発生の報せを出しても魔導士が派遣されるまで30分はかかる。それでは被害が拡がる一方でな。もちろん各先生方も対応はするが、それでも人出不足には変わりない」
響「なるほど、一般の学生には妖魔との戦闘は辛い。そこで俺達が選ばれたと言う訳ですか」
一心の言葉に響が言う。予めこのような展開になることを聞かされていた響にとっては、驚きなどと言う感情はなかった。一心の言葉の意味を、他の班員にも分かりやすくするために尋ね返したのだ。
一心「そうじゃ。無論、無理はしなくて良い。魔導教会の魔導士が来るまでの時間稼ぎと考えてくれればそれでいい。特別任務扱いで報酬もでるしの。どうじゃ? やってくれるかの?」
響「わかりました。俺でいいのなら引き受けます」
心「私も兄さんと同じで力になります」
一心の問いに即答する神楽坂兄弟。彼らに迷いはなかった。
一心「後の3人はどうじゃ?」
2人の言葉に満足そうに頷きながら後の3人を見回す。視線を受けた3人は、お互いに顔を見合わせ、同時に頷く。
努「わかりました。俺は引き受けます」
理沙「私もよ。この力が誰かの助けになるのなら」
棗「あの、私も及ばずながらお手伝いさせていただきます」
各々の思いを述べながら3人は承諾の返事を返す。決意した表情を顔に出す3人。この瞬間が、5人が本当に仲間になった時だったのかもしれない。
一心「そうか、すまんの、危険な依頼をして。学園もお前さんらをサポートするからの。風紀委員の仕事もこなしながらだときついとは思うが、頼んだぞ」
5人「「はい」」
一心「うむ、いい返事じゃ。それでは今日はこれで解散とする。各自疲れをとって明日からの活動に備えておくように」
そう言って一心は訓練場を後にした。その顔は満面の笑みであった。新たな時代を担う子供たちの成長を喜ぶように。
努「しっかし、なんか大事になってきたな」
学園からの帰り道に努が切り出した。太陽は既に沈み、街灯や民家の光により照らされた道を歩いている。大通りはそれなりに発展しており、この時間でも人気は多いが、住宅地のあるこの区画は人通りが少ない。周辺を見ても、歩いているのは響たちだけだ。
棗「そうですね。こんな話になるなんて思ってもみませんでした。本当に私達で大丈夫でしょうか?」
歩きながら棗が返事をする。これから先のことを考え不安になったのだろう。魔導師としての腕は一流でも、やはりまだ高校生である。ましてや女の子。与えられた役割を不安に思ってしまってもしょうがない。
響「大丈夫だよ、棗ちゃん。君は1人じゃない、俺たちと一緒に頑張るんだ。嬉しいことなら分かち合う、辛いことがあれば支える、強敵が立ちふさがるなら協力する。それが仲間だろ。前向きに行こうぜ」
そんな棗の不安を和らげるように響が声をかける。自分たちは仲間だと、友達だと。その言葉に目を丸くして呆然とした棗は、次の瞬間にはクスクスと笑い声を漏らしていた。
理沙「はぁ、それもそうね。今日転校してきた奴が言うセリフじゃないと思うけど。あんたを見てると本当になんとかなるような気がするわ」
呆れ顔で出返す理沙に「だろ?」っと笑顔で返す響。呆れた顔をしていても、何かが吹っ切れた表情である。
努「ま、今更慌ててもしょうがないし、家に帰って風呂入って飯食ってさっさと寝るか! そうゆう訳で 響、心ちゃん、明日からもよろしくな。じゃ、俺は先に帰るわ!」
5人はいつの間にか十字路に差し掛かっていたようである。ここで5人はそれぞれの帰路に分かれるのだ。転校してきた2人に挨拶し、片手を挙げながら走り去っていく努。十字路をそのまま真直ぐと駆けて行った。
心「あはは、努さんらしいですね」
理沙「そうね。それじゃ棗。私たちも帰りましょう。響に心、また明日学園で」
棗「お先に失礼します」
そう言って去っていく理沙を、こちらに頭を一度下げてから棗が追って行った。2人は家が近所なので同じ帰り道らしい。十字路を右に曲がっていく。
響「おう、また明日な!」
理沙と棗の挨拶に響が答える。右手を挙げて笑顔になる。その隣では心が棗に手を振っていた。
心「皆良い方たちでよかったですね、兄さん」
先ほどとはうって変わり、5人でいたときほど騒がしくはない2人での帰り道。耳を澄ませば虫の鳴き声が聞こえてくる。もうすぐ夏である。心が響に声をかけたのは、十字路を左に曲がり少し進んだ頃だった。
響「ああ、そうだな。俺達は何としてでもあの笑顔を守らなくちゃな」
改めて今回の任務に対する決意をする響。任務と言っても七聖としての任務である。私情を持ち込むわけにはいかない。彼らの任務は、この世界の在り方に大きく関わるものである。下手をすれば何億、何十億の人間の命がかかっている。しかしそれでも、できる範囲で彼らを守りたい。そんな思いが響の中にはあった。
心「そうですね。私と兄さんならできますよ。きっと」
そんな兄の気持ちを理解してか、心は兄を気遣う言葉をかける。気遣うとは言っても、それは心の本心から出た言葉であり、兄と2人ならどんな困難でも乗り切れると確信していた。
そんな妹の励ましに、ヤレヤレと方を竦めて答える響。この妹に隠し事はできないな、といった様子である。
心「それはそうと兄さん。さっきの模擬戦。最後ちょっとだけ本気をだしましたね?」
それまでの話と話題を変える心。その言葉をきっかけに2人の表情はいつものそれに戻る。
響「お前、見えてたのか?」
心の言葉に軽く驚く響。響と理沙の模擬戦は周りに展開していた理沙の炎のせいで見えなかったはずである。しかし心の発言は、しっかりと結末を見ていたというものだった。しかも自分が少しとは言え本気を出したことを言い当てられたのだ。そちらの意味でも驚きである。
心「風のあるところで私の眼を誤魔化せると思いましたか? リミッターを付けているとはいえ、目の前の出来事くらい把握できます」
心の得意属性は『風』である。風はあらゆるところに存在する。無風といっても、人が動けば風は起きる。故に、完全に風を消し去ることは不可能と言える。心は、その風を使い離れた場所を‘視る’ことができる。実際に見るわけでなく、感じるのだ。物体によって遮られた風を頭の中で知覚し、映像へと変換する。それは風系統が得意だからと言って誰もができる芸当ではない。心だからこそ、七聖「瞬雷」の補佐である「風精」だからこそできるのだ。
響「そうだったな。ちょっと予想以上に強かったからな。あいつらいい魔導士になるぜ。きっとまだまだ強くなる」
嬉しそうに言う響。実際嬉しいのだ。可能性に満ち溢れた仲間たちの存在が。自分たちの、先人たちの思いを受け継いで育っている子供たちが。
珍しく機嫌の良い兄の姿に、自分の機嫌も良くなっていることに気がついた心は、それでも自然に溢れてくる笑みを止めることができなかった。
心「フフ、守らなきゃいけない理由が一つ増えましたね? 兄さん」
響「ああ。それじゃさっさと家に帰って飯にするか!今日は何が食いたい?」
心「そうですね~、グラタンなんてどうですか?」
響「任せろ! じゃあ、まずは材料の調達からだな。買い物くらい手伝えよ」
心「わかってますよ。ささ、行きましょう」
その顔はまだ笑顔だった。心は、これからの学園生活を思い浮かべ、また、今日できた友達の顔を思い浮かべながら、響の腕を取り引っ張って行った。
響(お前の笑顔も守らなきゃな)
心の笑顔を見た響は内心で決意を新たにする。この笑顔を、これからあるであろう笑顔を守るために戦うと。
棗「ねぇ、理沙ちゃん?」
理沙「なに、棗?」
一方、響たちと別れて帰宅していた理沙と棗の方では、何かを考え事をしているらしい棗と、そんな棗の様子を不思議に思っていた理沙が終始無言で帰路についていた。
別れ道から家まで、ちょうど半分くらい来たとき、その沈黙は破られることになる。沈黙を破ったのは棗だった。
棗「響先輩のことなんだけど。5年前の男の子に似てないかな?」
5年前、それはこの2人にとってあまり思い出したくない過去であり、今ここにいる自分たちを形作った出来事である。理沙は、棗が5年前の話を持ち出すのは珍しい、と感じながらも、それを問いただす気にはなれなかった。棗の表情が真剣であり、今まで考えていたことに関係しているのだろう、感じ取っていたからだ。
響「響が? 確かに刀と雷を使ってたけど、もしあの子だったら今の私たちとは比べ物にならないほど強いわよ? 5年前の時点で「雷牙」っていう名持ちだしSランク以上の実力よ。確かに響も強かったけど……」
今日の模擬戦を思い出し、若干悔しそうにしつつも響と5年前の男の子を比べる。確かに響は5年前の男の子の面影があるように感じる。しかし実力が違いすぎる。二つ名が与えられるのはSランク以上の魔導士である。対する響はAランク。同一人物のはずがない。
理沙「やっぱり人違いじゃないかな?」
理沙は考えた末に結論を出す。やはり実力が違いすぎるのが決め手のようだ。第一、早々都合良く5年前の恩人の一人が目の前に現れるはずがない、それが理沙の考えであった。実際には、世界は狭い、という言葉通りなのだが、理沙がそう判断するには情報が少なすぎた。
棗「そうかなぁ? 今日初めて会った時、初対面って感じがしなかったんだよね」
なおも食い下がる棗。彼女は気弱な性格だが、一度考えたことは、なかなか曲げない性格でもあった。
「そう? う~~~ん……」
棗がここまで言うのも珍しいなと思いながら、理沙は自らの記憶を思い返す。
自分が魔導士になるきっかけを、自らの憧れの女性を、5年前の男の子を……
あの5年前の辺り一面が真っ赤に染まった世界のことを……
やっと1日目が終わった……長くね?
次回は理沙と棗の過去話です。3人称視点でなく、理沙の視点で書きたいと思っています。