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双子の私が見たものは

作者: はやはや

 私はあの子が嫌いだった。私の大事な相棒の心を奪っていったから。勉強できないくせに。根暗なくせに。あんまり可愛くないくせに。



 *


 友梨奈ゆりなちゃんとは保育園の時から一緒だった。クラスで一番誕生日が遅くて、どこか暗くて、お母さんによく怒られている子。それが友梨奈ちゃんだった。


 人間は誰しも自分と徹底的に合わない人がいると思う。言葉にすると乱暴だけれど、生理的に受け付けないみたいな。それが私は友梨奈ちゃんだった。


 もっと、はきはきすればいいのに。友達とも仲良くすればいいのに。


 友梨奈ちゃんを目にする度、私は苛々が募っていった。ある日、それが爆発した。保育園の年長組の時だった。同じ机でお絵描きをしていた時に、私は友梨奈ちゃんに向かって言った。


「臭い」


 その言葉を聞いて友梨奈ちゃんは、お絵描き帳に向かっていた顔を上げて、私を見た。その目は自信無さげで弱々しかった。


 そんな目で見るな! 私は心の中でそう叫び、再びお絵描き帳に向かった。



 *


 翌日、私は先生の尋問を受けた。どうやら友梨奈ちゃんは私に「臭い」と言われたことを自分のお母さんに話し、それを聞いた友梨奈ちゃんのお母さんが怒って、先生に手紙を書いたらしかった。


「唯ちゃん。友梨奈ちゃんに『臭い』って言ったの?」

「どうしてそんなこと言ったの?」

「何か嫌なことがあったのかな?」

「友梨奈ちゃんの気持ちを考えなさい!」


 問いかけたり、寄り添ってみたり、叱責したり、先生はいろんな口調で尋問した。でも、私は絶対に口を開かなかった。そんな私に根負けしたのか、先生は私のお母さんにも友梨奈ちゃんのことを話したらしい。


 家に帰ってから私は延々叱られ、お母さんは私を叱り終えると友梨奈ちゃんの家に電話をいれ謝った。


 そんな一連の様子を見ていた永遠とわ


「どうして悪いことしたの?」


 と私に問うた。

 永遠に訊かれると、素直な気持ちを話したくなる。永遠はもう一人の私みたいなものだ。


「だって、友梨奈ちゃん嫌いなんだもん」


 私がそう言うと永遠は「仕方ないなぁ」というように肩をすくめた。



 *


 私と永遠は二卵性双生児。永遠は男の子だ。

 十月十日とつきとおか、一緒にお腹にいただけあって永遠とは一心同体だ。一応、私がお姉ちゃんで永遠が弟。


 永遠は鈍いところがあって、高熱が出ているのに気づかず、保育園で思う存分遊んで帰ってきて、永遠の体が熱いことに気づいたお母さんが熱を計ると、三十九度を超えていたことがあったり、朝や保育園の昼寝からなかなか起きられなかくて、座りながら寝ていたりする。


 体も永遠の方が弱いみたいだ。しょっちゅう熱を出す。熱性けいれんを起こしたこともある。アトピー性皮膚炎もある。

 そんな風に永遠が弱かったり頼りなかったりするのは、私は嫌ではない。だって、可愛い弟だから。お母さんの目も永遠に向きがちだ。


「唯ちゃんお願いね」

 

 って言われると、私がしっかりしなきゃと思う。その度、気持ちを奮い立たせている。でも、実は私だって永遠みたいに、でろんと甘えたいと思う時がある。こんな風に私が思っているなんて、きっと誰も知らない。


 だって私は先生の話を聞いて行動できる、しっかり者の〝唯ちゃん〟だから。




 *


 友梨奈ちゃんとの件以降、お母さんが変わった。友梨奈ちゃんと私を無理矢理仲良くさせようとするようになった。今まで、うちに友梨奈ちゃんが遊びにきたことなんてなかったのに、頻繁に遊びにくるようになった。


 友梨奈ちゃんの弟が産まれたばかりで、しかも、どうやら通院が必要な病気を持っているらしく、弟を病院に連れて行く間、うちに遊びにくるようになったのだ。これまでは、友梨奈ちゃんも病院について行っていたらしい。

 私のことをよく思っていないはずの友梨奈ちゃんのお母さんは、うちで友梨奈ちゃんが遊ぶのを拒否しなかった。


「ありがとう。助かるわ。この子、連れて行くのも大変で」


 と、お母さんに感謝していた。そんな風に言葉を交わす母親達の足元で友梨奈ちゃんは、むすっと不機嫌そうに立っていた。

 やっぱり、この子、嫌いだ。


 だから、友梨奈ちゃんか部屋に上がってきても、私は口をきかなかった。お気に入りのプリンセスのおしゃれセットは、絶対貸してあげない! と思った。


 ふと、永遠を見ると友梨奈ちゃんなんか目に入っていないかのように、録画したアニメを再生して見始めていた。いいなぁ、永遠みたいに『我関せず』になれたらいいのに。



 *


 友梨奈ちゃんがうちに遊びにくるようになって、ある変化があった。永遠だ。友梨奈ちゃんと、どんどん仲良くなっていく。

 保育園でも一緒にトランプをしたり、グループを作る時には一緒になったりしている。好きな席に座って給食を食べる日には隣同士に座っていたりする。


 私はそれが面白くなかった。やきもちだ。でも、幸いそんなことに負けないと思えるくらい私には友達がいた。

 永遠はそれだけ友梨奈ちゃんと仲良くなっているにも関わらず、うちで遊ぶ時は私を仲間外れにするようなことはなかった。人の生存競争みたいなのに無関心なのは、永遠が男の子だからだろうか。



 私達は保育園を卒園した後、同じ小学校と中学校に進学した。成長してもやっぱり私は永遠より勉強も運動もできた。もちろん、友梨奈ちゃんよりも。

 友梨奈ちゃんは私より下のヒエラルキーにいる。そう思っていたのに。



 *


 中学二年の冬。部活の時間が一番短くなる。寒さも一段と強くなる。二月。それは起こった。リビングに放り出された永遠の鞄の中から、何かが覗いていた。

 永遠の持ち物にしては不釣り合いなピンク地に白い花柄模様のついた包みだった。大きさは手のひらに乗るくらい。

 そこで、はっとした。今日はバレンタインデー。


「永遠、誰にもらったの?」


 ソファーに寝転がってタブレットを見ている永遠に、鞄の中の包みを指差して尋ねた。


「あぁ? 金木かなきさん」


 永遠は包みに一瞬、目を向けたけれど、すぐにタブレットに視線を戻して言った。金木さんというのは、友梨奈ちゃんのことだ。小学校四年生頃から永遠は、友梨奈ちゃんではなく、金木さんと呼ぶようになった。

 友梨奈ちゃんが永遠のことを、どう呼んでいるのかは知らない。

 永遠が友梨奈ちゃんからチョコレートをもらったという事実は、私に衝撃を与えた。もちろん、学校にチョコレートを持って行くことは禁止されている。バレンタインデー直前の学年集会でも、先生が注意していた。


 それなのに、友梨奈ちゃんは、こっそり持って行き、永遠に渡したのだ。

 馬鹿じゃないのと思った。薄い存在のくせに。

 なのに心の奥の方では、友梨奈ちゃんを羨望するような妙な気持ちが、ふつふつ湧いていた。

 校則違反のことを何気なくやってのけてしまうほど、好きな人がいるということが、羨ましかった。私にはまだ、そんな人はいない。



 *


 バレンタイン以降、二人の関係が気になりつつも、敢えて自分から詮索するのが嫌で、私は興味がないふりをしていた。


 友梨奈ちゃんはテニス部に入っていた。部活の中でも練習が過酷で毎年、入部した生徒の半分は退部すると言われている。

 そんな中でも友梨奈ちゃんは残っていた。同じテニス部の子の噂によると、あまり上手くはないらしいけれど。やっぱり、とろいんだなと心の中で馬鹿にする。


 永遠は校内新聞を作る新聞部という地味な部活に入っていた。最初から運動部は永遠の選択肢にはなかった。文化部で消去法をしていき残ったのが新聞部だったという訳だ。

 ちなみに私は剣道部。保育園の年長組の時、お母さんが永遠の体を少しでも鍛えるために見つけてきた習い事だった。といっても本格的な道場ではなく、近所の市立体育館で剣道経験のある高齢者が、教えるという気楽なものだ。

 小学六年生まで、二人でそこに通った。永遠はものすごく嫌がっていたけれど。

 そのお陰で、剣道部では、まぁまぁの位置にいる。来年、部長を任されることになっている。

 私は陽の当たる人生にいる。友梨奈ちゃんはそうではない。


 それなのに、そんな私が持っていない人を愛おしく思う気持ちを、友梨奈ちゃんは持っているのだと思うと、腹が立った。



 *


 永遠と友梨奈ちゃんの関係は学年でも密かな噂になった。永遠が友梨奈ちゃんの部活が終わるのを、図書室で待っているとか、二人で帰っているのを見たとか、手を繋いでいたとか。あくまで噂の域を出なかったけれど。


 そういう噂を耳にする度、一心同体だった永遠が離れていくような心細さに襲われた。


「例の二人、放課後、教室でキスしていたらしいよ」

「えー! マジで!」

「何か、ひくー」


 ある日、新たな噂が出回った。私と永遠が双子だと、もちろんみんな知っているけれど、永遠はいけてない男子で、私はいけてる女子と認識されていたので、私の前でも二人の噂は話題にのぼる。


「唯、本当にキスしたのか、相方に訊いてみてよ」


 乃亜のあが言う。クラスのヒエラルキーで上位にいる子だ。確かに見た目は可愛い。


「えー。ヤダよ。気持ち悪い」


 私がそう言うと乃亜は「たしかにー!」と言って、手を叩きながら笑った。



 *


 乃亜に「えー。ヤダよ。気持ち悪い」と言ったくせに、部活中、素振りをしながら、永遠が友梨奈ちゃんと唇を重ねる姿を頭に描いてしまう。

 家に帰る頃には、永遠に真実を問いただしてみようと思っていた。乃亜には報告するつもりはない。


 中学生になっても、朝、起きるのが苦手な永遠。アトピーのせいで皮膚がガサガサの永遠。今もソファーに寝転んでタブレットを見ながら、ぼりぼり腰の辺りを掻いている。

 永遠はその日、発熱のため学校を休んでいた。髪の毛もボサボサだ。

 こんないけてない男子がキスなんてするのだろうか。相手が同じようにいけてない友梨奈ちゃんだから有り得なくはない。

 でも、再度、その光景を頭に思い描くと、少し気持ち悪くなった。


 お母さんがいない隙に訊かないと。私は鞄を床に下ろしながら心を決めた。


「もう、熱ないの?」


 いきなり核心に触れることはできなくて、平静を装って訊く。私の声を聞いて永遠は顔を上げた。


「うん。薬飲んだから」


 そう言いながら、もうタブレットに視線を戻している。続けて訊かないと二度と訊けそうになかった。


「永遠。金木さんとヘンな噂になってるよ」


 緊張と動揺を悟られないように、ぶっきらぼうに言った。言葉を発することなく、永遠が私を見上げる。


「はぁ」


 面倒くさいというように溜息をつく。


「キスしてたとか言われてるよ」


 それを聞いて永遠はビクッと体を起こした。その反応を見て、噂は本当だったんだなと悟る。双子はこういう時、やっかいだ。相手の本心やつかれたくない部分が手に取るようにわかってしまう。

 私と永遠の間に静寂が流れる。リビングの壁かけ時計のチッチッという秒針が進む音が響く。



 *


 どれくらい静寂が流れていただろう。


「唯には関係ないじゃんか」


 永遠の声がした。怒っているというより、拗ねているという感じ。


「金木さんのどこがいいわけ?」

「友梨、……金木さんのこと悪く言うなよ」


 永遠はしどろもどろになる。

 友梨奈ちゃんのことを『金木さん』ではなく名前で呼んでいるのだ。それにも驚愕した。私が絶句していると永遠はドスドスとわざとらしく足音を立てて自分の部屋へ戻って行った。


 永遠は間違いなく、友梨奈ちゃんと深い関係にある。



 翌朝、永遠と顔を合わせるのが気まずくて、私はいつもより三十分早く家を出た。永遠はギリギリまで寝ているので、無事、顔を合わせずに済んだ。お母さんには今日は朝練の前に顧問の先生と話があるからと嘘をついた。


 三十分も早く学校の格技場に着いてしまった。いつもより入念にストレッチでもしようかと思いながら、壁の下部にある窓を開けた時だった。


 

 *


 パコーン、パコーンと何かを打ち付けるような音がした。どうやら格技場に隣接するテニスコートから音が聴こえてくる。


 私は格技場の外に出た。

 テニスコートに体操服を着た女子が一人いた。他に部員の姿はない。長い髪を二つに結えている。その子が友梨奈ちゃんだとすぐにわかった。

 サーブの練習をしているらしい。ボールが入ったカゴから、次々ボールを取っては向かいのコートに打つ。入るのは四割程。

 やっぱり下手なんだなと思う。でも、友梨奈ちゃんから目が離せなかった。

 ラケットを振るたび、ゆらりと揺れる髪。汗をかいているらしく、おでこに張り付く前髪。浅く切れる息。


 その姿を見た時、私は綺麗だと思った。こんなに一生懸命になれるなんて。もしかして、友梨奈ちゃんは毎日こんな風にコツコツ練習しているのだろうか。それなら努力家だ。


 友梨奈ちゃんは私に気づいたようだった。こちらを見つめている。二メートル程、離れていたけれど、その瞳は真っ直ぐだった。

 保育園の頃のように、自信なげで弱々しくなかった。しっかり意志を持った眼差しだった。


 永遠はもしかすると、友梨奈ちゃんのこういう姿に惹かれたのかもしれない。

 それなら二人のことを応援したい。


「おはよう!」


 友梨奈ちゃんに届くくらいの声で呼びかける。するとすぐに


「おはよう」


 とやわらかな声が返ってきた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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