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第六話

「それじゃあ早速なんだけど! 最初に見ていたフォルテの木! あの葉を一枚欲しいの」


 私はシンバルに勢いよくそう言った。

 なんだか庭で薬草をたくさん見て、これまで誰とも話したことのない薬草の話をたくさん出来て、気分が高揚してる!

 自分がこんなに陽気な気分になれるだなんて、自分でも驚いちゃうくらい。


「フォルテの木の葉ですね。一枚と言わず何枚でもどうぞ。一枚が大きいので枚数を運ぶとなると大変ですがね」

「とりあえず一枚で十分よ。多分これだけ大きくて分厚ければ、たくさん出来るはずだから!」

「そうですかい? それじゃあ……この辺りが良いかな」


 シンバルは腰に刺してあった大振りのナイフで、フォルテの木の葉を一枚切り落とし私にくれた。

 渡された葉はズシリと重く、中のゼリーがたくさん入っているに違いない。


「うん! 凄いね! あ! あと、この花と……この実を一つずつもらうわね」


 私は近くに咲いてあった小さな白い花を一輪だけ摘み、別の蔓状の木になっている、青紫色の艶やかな小粒の実を摘み取った。


「ところでそれをどうするので?」

「うふふ! それはもちろん! 早速薬を作るのよ!! ああ、楽しみだわ! 」


 シンバルの質問に答えた私に、ハープが驚きの声を上げた。

 

「これから薬作りでございますか!? あの……薬作りがどういうものか存じ上げませんが、奥方様はこの後湯浴みが……」

「ええそうよ! だからそれより早く作らないと!! ハープにお願いがあるの! 今から伝えるものを部屋まで持ってきてちょうだい」

「今すぐにですか?」

「ええ! 今すぐによ! 出来るだけ早く。お願いね?」

「……かしこまりました」


 私はウキウキ気分でハープの後を追って、自室に戻った。

 自室でしばらく待っていると、ハープが頼んだ器具を不足なく持ってきてくれた。

 中には珍しい物もあったはずなのに。

 ただ、器具を運んでくれたハープは不満顔だ。


「ありがとう! 待ってる間に下ごしらえは済ませておいたから、後は持ってきてくれたそれを使って最終仕上げよ!」

「は、はぁ……あの……ところで、そんなに大急ぎで何をお作りになられるので? 薬だとは聞き及んでいますが……」


「何って。ハープ。あなたの手荒れを治すための薬よ?」

「え? 私の……手荒れ、でございますか?」


 不思議そうな顔をするハープに向かって、私は大きく首を縦に振る。

 ハープは私の顔と自分の手を交互に見つめていた。


「あなた。普段は手袋をして隠しているけれど、手荒れがひどいでしょう?」

「な、何故それを。奥方様がご存じなのです?」


「何故って、湯浴みをしてくれる時は、さすがに手袋を脱ぐでしょう? その時の痛々しい手と言ったら。すぐにでも薬を作ってあげたかったけれど、ごめんなさいね? ここへ来る時にろくに物を持ってくる暇がなくて」


 父に旦那様との婚約を告げられ、そのままほぼ着の身着のまま屋敷に来たのだ。

 薬草よりもいくつかの調剤用の器具を乱暴に鞄に入れるくらいしか出来なかった。


 でも、シンバルからもらった素晴らしい材料をもとに、良質な手荒れの薬が作れるに違いない。

 私はハープをこれ以上待たせるのも悪いと思い、出来るだけ素早く薬を作っていく。


 すでに硬い皮を剥いて、半透明のプルプルとしたゼリー状のフォルトの葉の中身をすり鉢の中に一欠片切って入れる。

 それをすりこぎで滑らかになるまですった後、一度別の器に移した。


 次に白い花から煮出しておいたエキスと、青紫色の実をすり鉢に入れ、これも入念にする。

 やがてすり鉢の中の色は青紫から鮮やかな桃色に色付いた。


 桃色のエキスをフォルテの葉をすった物と混ぜ合わせ、木製のスプーンで入念にかけ混ぜる。

 すると、ほのかに桃色に色付いた軟膏が出来上がった。


「さあ出来た! さっそくだけど、ハープ。手袋を脱いで、この軟膏を手全体に塗ってみてちょうだい」

「こ、これをでございますか? あの……しみたりとかは……?」

「大丈夫! 信じて。絶対効くんだから!」

「は、はぁ……それでは……失礼します」


 ハープは恐る恐るといった様子で、私の作った軟膏を荒れた手の甲に塗った。

 すると、ハープは驚いたような表情を見せた。

 

 先ほどは人差し指の先で少しだけしか取らなかった軟膏を、今度は四本の指で削ぎ取るようにすくう。

 そして両手の手のひらと甲にまんべんなく塗り付けた。

 ハープの顔の驚きの表情はますます強くなっていった。


「こ、これは……! あれだけ辛かった痛みも引き、手のカサつきまでなくなったように感じます!」

「そう。それは良かったわ。でも。油断は禁物よ? これからは水仕事が終わった後には、必ずその軟膏を塗るといいと思うわ。湯浴みの後とかね。手荒れを治すだけじゃなくて、スベスベの肌になるのよ」


 この屋敷に来て初めて作った薬だけれど、出来は上々のようだ。

 前に作った物よりも効き目が良いようにも思える。

 材料の違いが出たのだろうか。

 

 それにしても薬を作るのも楽しいけれど、やっぱり誰かに使ってもらって、その効果に喜んでくれるのが一番楽しい。

 ところが、嬉しく思っている私に対し、ハープは困り顔だ。

 私は気になって声をかけた。


「どうしたの? もしかして、その軟膏に何か問題があった?」

「あ、いえ! 奥方様のお作りになったこの薬はとてもよく効きます。奥方様のおっしゃる通り、使い続ければもう手荒れに悩まされることもないでしょう。ですが……」

「ですが……? ですが、どうしたの?」

「ですが、これだけ効能のある薬です。お値段もさぞするのでしょう。オルガン様からは申し訳ないほどのご給金を頂いていますが。恥ずかしながらこの薬を毎日買うとなるととても……」


 何を心配しているのかと思ったら、とんでもない勘違いをさせてしまっていたようだ。

 私が作った薬をハープに売りつけるだなんて。

 

 誰がそんな酷いことをするものかしら。

 それに、もとはと言えば、材料はこの屋敷の庭に生えていた物だし、道具もいくつかは私が持ってきたものといっても、ほとんど屋敷の備品を使ったというのに。

 

 それとも、もしかしたら旦那様は自分の使用人の手荒れを治す薬すら、金を取るようなお方なのかしら!

 私に自由にしていいと言っておきながら、もしそうだとしたらとんでもないわ。

 自由にしていいと言ってくださったんですもの、私の好きにしてもいいってことよね?

 

 私は軟膏が入った器をハープの手に握らせると、にこやかに私の意思を伝えた。

 

「これはハープの物よ。お金なんていらないの。だって、自分のために働いている人が怪我をしたり、病気にかかったりしたら、手助けするのが主の役目でしょう?」

「ですが……」

「それに、材料はまだまだ沢山あるのよ。そうだわ! ハープ以外にも手荒れに困っている使用人がいたら、教えてちょうだい」

「私以外にでもですか? 確かに何人か心当たりがありますが……しかし、そんなことをすればますます……」

「うーん……困ったわね。私は薬を作るのが楽しいし、それを誰かが使って、喜んでくれたら嬉しい。それじゃダメなのかしら?」

「……分かりました。それではお言葉に甘えてありがたく頂戴いたします」

「ええ! ありがとう!」


 ハープは渡した軟膏をようやく懐にしまってくれた。

 さて。少し遅くなってしまったけれど、湯浴みを楽しみましょうかしら。

 今日の湯浴みはきっと今まで以上に格別なはずだもの。

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