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第二十六話

「それにしても大変なことになりましたね。ビオラ様」


 私がお願いしたフォルテの葉を擦りながら、ハープはそう声を出した。


「ええ。そうね。でも、とても名誉なことよ?」

「そうですとも! 国王陛下が、ビオラ様の薬作りの腕を買ってくれたわけですからね! それにしても知りませんでしたよ。王都で()()()なんて」

「ええ。火傷した人が沢山いたのよね。痕が残るような」

「その跡をできるだけ綺麗にする薬を、国王陛下直々のお達しで作って、無料で施すなんて。なんてお優しい方なんでしょうね。まるで、ビオラ様みたいですね!」

「ええ……そうね」


 ハープを呼んでもらった際、彼女にはピアーノ殿下のことは話さず、別の理由を伝えたと説明があった。

 少し前に王都で大火があり、その際に多くの人が火傷を負ったのだと。

 それを治すための薬を、トロン陛下の指示の元、私が作る。

 器具や材料の提供の関係や、処置する者たちが王都にいることから、わざわざ私たちのための宮殿の一室を貸してくれるという大判振る舞いの上、とのことだ。

 素直なハープは、まさか大火は作り話で、これから薬を()()人々は、そのために集められた人だとは夢にも思っていないだろう。

 火傷の跡があること自体は、みな共通しているけれども。


『お主を信用しないわけではないが、まずは別の者を使って薬の効果を試させてもらう』


 トロン陛下は慎重なお方だ。

 薬には治す効果が出ないどころか、かえって悪化させたり、ひどい時には命に関わることもあることを知っている。

 きちんと効能を試さないことには、愛する孫であるピアーノ様に使うなどもっての外、ということ。

 その考えについては私も理解できる。

 もちろん、危険な薬を試す気など一切ないけれど。

 火傷の跡を綺麗にするという薬の案がないわけではないけれど、オルガン様の時のように、色々と試さなければいけないこともある。

 試す相手が複数人いれば、様々な薬の繰り合わせを一度に試すことができる。

 結果的に早く正解に辿り着くことができるに違いないわ。


「擦り終わりましたよ。次は何をしましょう?」

「ありがとうハープ。次はトリル草がそろそろいいと思うから取り出してくれる?」

「分かりました。取り出した後は、粘り気が出るまで弱火で掻き混ぜながら煮詰めるんでしたね」

「ええ。やっぱりハープが来てくれて助かるわ。一人だったらきっと半分も終わってないもの。ハープは私と違って手際がいいものね」

「何をおっしゃるんですか。ビオラ様の指示がなかったら、私は何を作ってるのかなんて皆目検討が付かないんですから。慣れはありますけれどもね。それでもビオラ様あってのことですよ」

「うふふ。ハープは優しいのね。私もハープを見習って、手際良くできるようにならないと」


 ハープと話をしながら薬作りをしている間は、まるでいつもと同じ日常のように感じる。

 それだけでも心理的負担は軽減される。


「このくらいでよろしいですか?」


 ハープがトリル草の抽出液の出来栄えを確認して欲しいと聞いてきた。

 あまりやりすぎると焦げてしまってダメにしてしまうけれど、可能な限り煮詰めた方がいい。

 ハープの腕なら、もう少し頼んでも大丈夫よね。


「もう少しだけ。木べらを上げた時に、すぐに落ちずに残るくらいまでお願い」

「分かりました。それが終わったらどうします?」

「そうね。今日はここまでにしましょう。頼んだ物が届くのを待たないといけないし。あまり張り切りすぎて、息切れを起こしても困るでしょう?」

「そうですね。昨日王都に着いたばかりですし、旅の疲れもまだ取れてらっしゃらないでしょう。湯浴みをなさいますか?」

「いいえ。今日はやめておくわ。ハープも私と同じなんだから、ゆっくり休んでちょうだい」


 話している間にトリル草の抽出液が良い具合に煮詰まった。

 もういいとハープに伝えると、彼女は火を消し、あら熱が取れるまで掻き混ぜ続ける。

 湯浴みは魅力的だけれど、今の状態で湯浴みなんてしたら、出てすぐに寝てしまいそう。

 それは困るから、今日は我慢ね。


「これでいいですね。片付けも都度やっておきましたから、今日はお終いですかね。寝る支度のお手伝いをしましょうか?」

「いいえ。少しだけやることがあるから。ハープはそのまま休んでいいわ」

「そうですか? 遠慮なさらずに。ビオラ様の準備ができましたらお呼びくださればいいですよ?」

「ありがとう。そうね。そんなにかからないと思うから。それじゃあ、終わったら声をかけるわ」

「分かりました。それでは一旦失礼します。隣の部屋におりますからね」

「ええ」


 私が案内された部屋には寝室の隣に侍女用の部屋が用意されていた。

 薬を作るための部屋も別にある。

 まるでこのために作られたような作りだけれど、きっと私を呼ぶと決めた時に数ある部屋の中から適切な場所を選んで内装を変えたのだろう。

 ハープが部屋を出ていったのを確認した後、私は筆を取り、オルガン様への手紙を書く。

 トロン陛下の従者からオルガン様には最低限のことは伝えてあると言われているけれど、きっと心配されているわ。

 そう思うのは自意識過剰かしら。

 オルガン様も王都にいることは分かっているけれど、会うことはできない。

 ピアーノ殿下の火傷の痕を治すまでは、私は宮殿を出ることはできない。

 オルガン様も表向きの用がない限りは宮殿に足を運ぶことはできない。

 流石に一度も会えないことはないと信じたいけれど。


「……ハープと二人。不自由なく薬作りに勤しんでます。ご心配なさらないでください。ビオラより、愛を込めて。これでいいかしら」


 事前にオルガン様に手紙を出す許可は得ている。

 ただし内容は送るものも受け取るものも中は確認される。

 問題のあることは書いていないとは思うけれど、人に見られるのは少しだけ恥ずかしい気がするけれど。

 それより、オルガン様は返事を書いてくださるかしら。

 たった一日会えないだけで寂しさを感じている自分に気付き、少し笑う。

 書き終えた手紙を引き出しに仕舞い、ハープに声をかける。

 聞き慣れた明るい声が返ってきて、寂しさが少し和らいだ気がした。

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