さよなら
それが遙ちゃんとの出会いだったな。彼女は生まれつき心臓が弱く、医者から激しい運動を禁止されているのだ。
だから本や空。特に星座が大好きだと言っていた。
特に星座に関する伝承に詳しくて、ギリシャ神話みたいなメジャーどころから、南米のマイナーな伝承まで幅広く教えてくれた。
病弱な分、空想の翼を広げるのが好きだった。僕も現実の嫌なことを忘れて、頭を空っぽにして聞いていたものだ。
たまに夜更かしをして、看護師さん見つかると怒られたもんだ。
その内遙ちゃんの友人とも友だちになれた。その子の名前は竹下優理。遙ちゃんと同い年で、少し華奢だが笑顔が可愛い少女だ。
彼女も病を患っている。肝臓が悪いのだ。生憎両親との肝臓移植は難しいらしく、ドナー提供者待ちの状態だ。
僕の退院が決まり、リハビリの通院だけとなったとき、優理ちゃんにもドナー提供者が現れた。
僕たちを見て、ついに遙ちゃんは心臓病の手術決意した。
手術の難易度は相当高いと言っていた。だけど担当する医者は名医だと言っていた。信じるしかない。
僕たち三人は励まし合い、七夕にお願いの短冊を書いたんだっけ。
それから、優理ちゃんの肝臓移植が成功して、遙ちゃんも心臓病の手術を受けたんだ。
心臓病の手術は大成功。
健康を取り戻した遙ちゃんと、次の年の夏休みに、みんなで海水浴に行ったんだ。遙ちゃんは清楚な雰囲気の水着を着ていたっけ。
あれ? 心臓病の手術って、確か相当な傷跡が残るんだったけ? 遙ちゃんにそんなもの見えなかったけれど……。まあ、そんなにジロジロと胸元を見ていた訳じゃないけどな。
……でも、僕は膝の傷跡が目立つので、かなりの間見られることを避けていたっけ。短パンも暫くの間全然履きたくなかったんだ。他人の目を結構気にしてさ。
だけど、彼女の「海水浴に行きたい」ってお願いに負けて、結局水着を着たんだけど。
ん? 何か変じゃないか? どこか変だぞ。
……どこだっけ?
考えがまとまらない。頭がボンヤリする。
なんでこんなことばかり思い返すんだ? やけになんだか胸が締め付けられる。どうにも嫌なことが起こる予感がする。
クソッ。くだらない夢だ。
もっと良い夢をみるんだ。そうだ。彼女と夜に天体観測をするんだ……。そのために天体望遠鏡を無理して買ったんだ。
あれ? 彼女って誰だ?
……。
…………。
あ、れ?
意識が薄れていく。夢の中なのに、眠りに落ちるみたいだ。変な感じ。
シャンプーの良い香りが鼻孔をくすぐる。どこかで嗅いだことがある。
唇に柔らかな感触。
「さよなら」涙混じりのくぐもった声。身体が金縛りにあったみたいだ。動かせない。
………………
……………………
何も考えられない。
『思い出して! 遙よ!』
誰かの悲痛な声が耳朶を打つ。
そう、そうだった。遙。遙だよ!
急速に視界が晴れ渡る。目が覚めた。
「遙っ!」
祐は大慌てで周囲を見回す。だが遙の姿はどこにも見当たらなかった。
ふっと祐の視界にボンヤリと小さな光の球が入ってきた。
「あの人、強がってるけれど、キミのこと追いかけてきて欲しいんだよ」
やや甲高い声が光の中から聞こえてきた。
「え? え?」
驚く祐。光に見慣れてくると、手のひらほどの、羽根の生えた小さな人の姿が確認できた。
「よ、妖精?」
それはファンタジーに登場するような妖精の姿をしていた。
「だからさ、迎えに来てあげてよ」
妖精はウインクすると、祐の周囲を一回りして消えるように居なくなった。