ゴメンね
「お、おい。あれ見ろよ」
陽太が躊躇いがちに指さす、その方向にはボンヤリと淡い光が見えた。
「ひ、人魂!」
「ま、まさか」
驚く伸介と陽太。
「く」祐は慌てて遙の元へ駆け寄った。
「遙ちゃん、無事か!」
遙の後方に、古びた小さな祠があった。この付近の土地神さまだろうか。
一抱えほどある岩の表面には、所々苔がへばりついており、更にはしめ縄が厳重に巻かれていて、その上護符が何枚もペタペタと貼られている。
神々しいという雰囲気は微塵もない。それどころか何かを封印されていそうな嫌な予感さえする。
「遙ちゃん、こんなところさっさと出よう」
先ほどの人魂といい、こんな場所はさっさと立ち去るに限る。祐は遙の手を取ろうとして彼女に近寄る。
と、遙の向こう側、祠の後ろの岩壁がグワンと歪む。次には先ほどの人魂が遙の肩に止まる。
「へ」祐の口からは、なんとも間抜けな声が漏れ出た。
「祐君。どうやらお迎えが来たみたい」
遙は寂しそうに呟く。
「お迎え?」
祐は目をこらす。遙の肩に何かが乗っかかっている。人形? 二枚対となる透き通った美しい羽。肩にフリルのついたワンピース、花びらの形のスカートをはいている。
ボンヤリと光を放つ小さな少女はファンタジー世界の定番である妖精に見えた。だが、この場所に全く似合わない存在は恐ろしく不気味に感じてしまう。
「よ、妖精?」
「そう。妖精っているんだよ。この世界とは違う世界には」
そう遙は断言した。まるで見てきたかのように。
「遙ちゃん、何言ってるんだ」
「思っていたよりも早かったの。祐君、ゴメンね」
遙の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お父さんとお母さん、妹の久美ともお別れの挨拶をしてきたけれど……」遙が抱きついてきた。
「私悪い子だね。いっぱい家族に迷惑かけたのに、祐君とのお別れが一番辛いよ」
遙は言い終わるとわんわんと泣きじゃくる。
「遙、何が起きてるんだ。泣いてちゃ分からないだろ」
「もう駄目なの。約束なの。もう決まってしまったことだから」遙は拒絶するように祐の胸から逃げ出した。
「もう行かなきゃいけないの」
「行くってどこへ?」
「この世界とは違う世界。異世界があるって言えば信じられる?」
「行くのが決まったなんて、なんでだよ! そんな腐った約束なんて破ってしまえよ!」
祐は遙に詰め寄る。彼女の肩に触れようとした瞬間、祐の意識が一瞬途切れる。次に逃れられようのない虚脱感に襲われる。
「遙ちゃ……。行く、なよ……」
祐はそれだけ言い終わると、その場に倒れ込んでしまう。
「祐君、ゴメンね」
最後に遙の言葉が頭の中で木霊した。