プロローグ
五十鈴祐はこの夏、友人たちとキャンプをすることになった。十人と大人数なので賑やかになりそうだ。生まれてこのかた二十一年これほど待ち望んだ夏休みは無い。
目的地は十和田湖近くのキャンプ場だ。近くには木造のコテージもある。二週間滞在するのでテントで夜を過ごすことに飽きたらコテージに宿泊する予定だ。友人のコネで貸し切り同様だ。
ワゴンタイプの乗用車と英国大型SUVの二台で目的地へと向かう。仙台までは高速を国道でキャンプ場へと向かう。特に急がなくても良くて、車中泊と地元の旨いご飯を食べながらのんびりとした旅行だ。
片方の大型SUVはオーナーの友人が運転し、レンタカーのワゴン車は祐が運転することになった。
それは彼女と同じ車に乗りたかったからだ。祐は助手席で地図を見る少女の横顔を見て思わず顔をほころばせる。
この日のためにバイト三昧の日々。おかげで大学の単位もかなり厳しくなってしまったが、全く後悔はしていない。全ては彼女の笑顔が見たいからだ。
天宮遙。都内の女子校に通う色白で小柄な少女だ。腰まで届く黒髪をポニーテールにして左肩に寄せている。彼女は今整った顔立ちを少しだけしかめて地図とにらめっこしている。
運悪くカーナビの付いていないレンタカーだが、スマホの地図アプリと大きめの地図帳を用意している。それらで確認しながら遙が助手席でナビをしてくれるので、キャンプ場までの道中は問題ない。
問題は……。バックミラーで後席を確認する。友人二人がふてくされて座っている。
「おーおー、お熱いことで」「同感。なーんか外よりも暑くねえか」
と、大げさに声を上げた。
「お前らなあ」祐は苦笑する。
「そんなに嫌ならあっちに乗れば良かったのに」
「そりゃお前、遙ちゃんに手を出さないように監視が必要だろうが。……JKに手を出すやつは人間じゃねえ。……五つも年下の美少女なんて、許せねえ」
「僕たちの天使に手を出すやつは……コロス」
「あのねえ、遙さんは僕の彼女なんだぜ」
やっとの思いで彼女に告白し、オーケーの返事をもらってまだ二週間だ。なのに、お邪魔虫な二人がへばりついてきた。
「貴様の偶然なんざ認めねえ」「まだ、まだだ! 俺たちにもチャンスは巡ってくるはず!」
と、長身の友人と眼鏡の友人がうめく。
「……二人とも、とっくに玉砕してるのに、彼氏になる望みなんかないだろ」
「「うぐっ」」二人は大げさに胸を押さえた。
「あちらにも女子大生と女子高生が乗ってるだろ。向こうで誰かと仲良くなれよ」
もう一台の大型SUVには、結構な美人さんも乗っていたはずだ。それに遙の友人も乗車している。女性が五人もいるのに勿体ない話だ。
「あの野郎のハーレムなんざ見たくねえ」「くっ、顔か。やはり人生顔なのか」
と落ち込む二人。
「後は金だな」「やはり、それかっ!」
どこまで本気か、二人は漫才じみたやり取りを見せると、隣で地図を見ていた遙は、吹き出すのを必死に堪えている。
祐は、やれやれと苦笑する。
「まあまあ、あいつのおかげでコテージが格安で借りられたんだから、文句言うなよ」
借りられたコテージは十和田湖の近くで、知る人ぞ知る隠れスポットのようだ。ウエブサイトで見ただけだが、黒い屋根と白壁の木造二階建て。屋内も木目が美しく、調度品も品が良かった。
夏季のかき入れ時なのに、コテージのお客は祐たち十人だけだ。やはり金持ちの息子のネームバリューは偉大なんだろう。
祐はレンタカーに備え付けられたデジタル時計を見る。スマホで下調べした時間よりも早い。かなり順調だ。到着は5時前というところか。
「かなり順調だね。この分だと予定よりも一時間近く早く着くかもしれないね」
と言うと、祐は遙の顔をちらりと見やる。
「うん、そうだね」
はにかむ笑顔が滅茶苦茶可愛い。
「ああ。もう少しで腰を伸ばせるよ」
祐は左手で肩を揉む。
「もうすぐだね」と寂しそうに遙はつぶやいた。
「ん? どうしたの。車酔いでもした?」
「ううん、何でもないよ」