見たいのに…
ボォンボォン
柱時計が21時を告げ、今日最後の仕事を終えた。
あたしは風呂場の窓を薄ーく開けて、コッソリと外を見た。しかし、残念な事に見える範囲では何の動きもなかった。暫く待ったが、何も変わらなかったんで諦めて寝る事にした。さすがに一日の情報量も多かったしね…眠気に勝てなかったんだ…。
寝室に入ると 驚いた事に二組の布団が並べて敷いてあり、亜里は既に寝ているようで規則正しい寝息を立てている。
なんとまあ…。あたしは一人の方が好きなんだが…まあ、夢だしな…。
もそもそと布団に潜り込んで、外の音を聞こうと耳をそばだてるが レベル1で誰も外にいなければ何の問題も起きないのだ。明日から…夢の中で明日からってのも変だけどねぇ…どうしたもんかな…。
そんなこんなで、あたしがこの世界に来てから数日経った。
亜里との生活も何とか慣れた。新聞やら本やらで、この世界の常識らしきものも何とか覚えて理解した。今日はどうしようかね…と思いつつ台所に行くと、顔色を青くした亜里が居た。
「どうしたんだね…」
亜里は新聞を持って立ちすくんでいたが、ゆっくりと新聞を渡してきた。
その手から新聞を取り、ザっと目を通す。どうやら三日前に、亜里の旦那の赴任先にレベル5が出ていたらしい。愚かな子供が好奇心から窓を開け、その鳴き声に聴覚を失ったと書かれていた。その子供は国によって安全な場所に移されたらしいが、狂ったように笑い続けているという。
「…これは、注意喚起の記事だけど…見せしめにもされているんだねぇ」
あたしが呟くと、亜里が居ても立っても居られない風情で「家に戻って電話を掛けてくる」と飛び出して行った。あたしは肩をすくめて「ここで掛ければいいのに…」とため息を吐いたが、相手は旦那だ。野暮はナシってね!
「さあて。今日はレベル何だろうね?」
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マモノ発生予報・警戒、注意地区
本日のマモノ発生予想…レベル5/首都圏
レベル3~4/全国
今夜は特別警戒です。各家庭21時には完全に消灯して下さい。
警報が鳴った後は 緊急車両等、一切の対応をしません。
体調不良等、心配な方は予め登録済の特別施設に移動して下さい。
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「えぇ…。なんだい、こりゃ…」
呆れるほど潔い”知らんぷり”である。行政がこれでは国民の方もどうしようもないだろう。それにしても、この区分はどうなっているんだろうね?首都圏と関東地区って、同じなんじゃないの?
「よっこらせっと…」新聞を閉じて 小鉄を探す。いつもなら、ご飯の催促に来る時分であるのに台所にいないので少し不安になり家中を探し出す。
店の方に行くとガサゴソと音がする。
ほっとした顔で覗くと、いつものように棚の一番上にあるイカくんを取ろうとしている小鉄がいた。
「こぉれ、小鉄。お前は夢の中でもスルメ狙いなのかい」
「ん にゃあう」
笑いながら小鉄を下ろすと「朝ご飯にしよう」と言って台所に戻る。
小鉄にカリカリを与えて、自分には卵かけご飯に海苔と昨夜の残りのみそ汁という簡単なものを用意して食べる。食べ終わってから、まだ亜里が戻らないのに気が付いて様子を見に行くべきか考えた。
「いや、まあ…旦那とゆっくり話しているかもしれんしな。ほっとくか」
あたしも旦那が…鉄夫が会社勤めをしていた頃には、長い出張に行く度に電話をねだっていたねえ。鉄夫は「仕方ないな…」と困ったように笑いながらも、毎晩ちゃんと電話をくれたものだ。
…え?当時を思い出して微笑む姿が、まるで少女のように可愛らしく見えるって?やめとくれ!恥ずかしいじゃないか!
まぁ、軽く昔に思いを馳せてから、店を開けに行く。重い雨戸を戸袋に収めつつ「これがある方が、コッチでは安心なんだねえ」と現実世界では うんざりしていた、引きの悪くなった戸を思い切り蹴飛ばして動かすと中に戻った。