起きた場所は…
三人が声を揃えて言って早速食べ始めると、あたしは小鉄に話しかける。
「小鉄、今日はどうだった?」
「…あんまり、なかった…。やっぱりレベル5ないと、すくない」
答えながら まるで腰にポケットが付いている様な仕草でキラキラしたガラスの欠片のような物を取り出す。
「あー。数は結構いたのにな」
「まあ、しかたない。レベル5、じょうけん、あわないと、なかなかでない」
小鉄の隣にいたくろぶちが、可愛らしい巾着を(やはり、謎のポケットから)取り出して欠片を中に入れさせる。ミミときなこもそれに倣って入れる。
さて。ここで、この世界に来てからのあたしの話をしようか。長くなるだろうが、勘弁しておくれ。
*
小鉄に促されて空間に空いた穴に入ったあたしは、ボォンボォン…と鳴る柱時計の音で目を覚ました。周りをみれば、そこは どこをどう見てもウチの居間。ただし、こんな柱時計はなかったが。
ゆっくりと起き上がり首を傾げていると、寝室の方から物音が聞こえ 次いで亜里の声が聞こえた。
「タエさん、おはよー。今日も早起きなのね…。はい、新聞…」
まだ眠たそうに欠伸をしながら普通に来たが…え…?
「…え…?亜里ちゃん?何でウチに居るんだい…?」
亜里はキョトンとした顔であたしを見た。
「やあねぇ。夢でも見てたの?」
笑いながら台所に入っていく。
今まで勝手に入る事は無かったのに…と訝し気に見送るが…亜里はヒョイッと顔を出して聞いてきた。
「ねえ、タエさん。今朝は肉じゃがとほうれん草のお浸しなんだけど…お魚は鮭とホッケ、どっちがいーい?」
「は…?」
頭が混乱して、今、自分に何が起きているのかもわからなくなった。
なんで、三軒先に住んでいるはずの亜里が ここに当たり前のように居て料理をしているのか…?そもそも、亜里はどうやって家の中に入ったんだ?時間的にも、旦那が起きている頃だろう。普通に考えて、ここに居るのはおかしい。
「タエさん?まだ眠いなら、ご飯は後にして もう少し寝る?」
「…あ…亜里ちゃん、旦那さんはどうしたね?もう起きてる時間だろうに…早く帰ってあげないと…」
「やあね!寝ぼけてるの?ヒロ君が三年も単身赴任する事になって、一人だと不安だって相談したら タエさんがウチにおいでって言ってくれたんじゃない」
「もう、半年一緒にいるのにヒドイよー」と笑いながらあたしの所に戻ってくる亜里。その表情には嘘も偽りもない。亜里の事は幼い頃から見ているんだから、間違えるはずもない。
「…半年…」
あたしは医者の言葉を思い出す。あの若い医者は「何もしなければ、あと半年持つかどうか」と言っていたはずだ。もし自分の記憶が…考えたくもないが痴呆にでもなっていて…おかしくなっているにしても、体にあった不調が消えているのは何故なんだろうか?
そもそも、病院で余命宣告を受けた事自体が夢だったのか?ぶるりと体が震え、不安に駆られて小鉄を探した。何で小鉄がいない?あの子は、夢の産物なんかじゃない。あたしの大事な家族なのに…?
「…!…小鉄…小鉄、小鉄っ!」
自分自身の全てを否定されたような、とんでもない不安に駆られて大声で呼んだ。
「タエさ…」
亜里が心配そうに手を伸ばしてきた…が、その恰好のまま動きが止まった。
「ばぁちゃん、これ、ゆめ」
頭の中に、直接 聞こえてきた小鉄の声。
体中の力が一気に抜けて「はあ…」と安堵の息が漏れた。
「…小鉄…。ああ…良かった…お前がいなかったら、あたしゃ心配で死んじまうよ…」
薄っすら涙の浮かんだ目をこすりながら、キョロキョロと小鉄の姿を探す。しかし、どこにも無い。ここに居るのは、動きの止まったままの亜里だけだ。
「…ばぁちゃん、これ、ゆめ。こてつ、いなくても、しんぱい、ない」
「…夢でも、旦那もお前も居ない家にいるのは嫌なんだよ…」
不意に目の前に現れた小鉄を、そっと抱き上げて頬ずりする。そしてその温かさを確かめるようにキュッと抱き締めた。小鉄は、あたしの様子が違うからか されるがままになっていた。
「…もう、じかん、うごく」
あたしが何かを言う前に、亜里が動く。
「タエさ…ん。大丈夫?…あら?小鉄くん。いつの間に戻ってきたの?」
何とも奇妙な夢だ事…と思いつつも、小鉄がいるなら問題ないと割り切った。
「あたしは大丈夫だよ。夢見が悪かったみたいだ。すまなかったね」
「なら、良いけど。私にとってタエさんは本当のお祖母ちゃんみたいな存在で、大切な人なんだから。何かあったら ちゃんと言ってね?」
「ああ、ありがとう。…魚は鮭にしようか。小鉄にも生鮭を焼いてやろうね…」
ゆっくりとした動作で小鉄を開放し、立ち上がると亜里と共に台所に行った。