痛み、再び
…これからは、くろぶちもあたしの担当になるんだろうか?聞こうかと思ったが、何となく聞けなかった。くろぶちは、あれで結構アカネを気に入っていたはずだ。アラミスなんて小洒落た名前も付けてくれたんだしね…何よりも共に過ごした仲間が居なくなったのが、辛くないはずもない。
「…小鉄、くろぶち、夜食をどうだね?カリカリが良いかな?それとも、魚を焼こうかね?」
「おさかなー!」
小鉄が元気良く答えて来た。隣で萎れているくろぶちにも「ね、ね、おさかねでいいでしょ?たべよ!」と嬉しそうに頭を擦り付けている。そんな小鉄の様子に半ば呆れた、けれど仕方がないなぁ…と言うような 優しい目をして小鉄の頭をポンポンする くろぶち。うん、動画に撮りたい位に癒される。なんでスマホ使えないんだ、この世界…。
話を戻すが…ともあれ…どんな形であろうと一人目の願いが叶ったわけだ…。
あたしは美味しそうに魚のほぐし身を食べる二匹を見守りながら考える。
…何故かはわからないけど、レベル5と あのナマコから昔歌った事のある遊び歌のリズムが流れて来た…。アカネたちにも、くろぶちたちにも聞こえなくて…”あたし”だけに聞こえて、理解出来た事…。
おかしいんだよ。辻褄が合わないんだ…。それとも、この世界に居るんだろうか…?だったら、小鉄は何で隠す?あたしは…あたしがここに居る意味…
思考が深みに嵌りかけた時、「ごちそーさまー!」と満足げな小鉄の声が聞こえてハッとした。小皿を片付けたあたしは布団を敷くと横になった。今日は定休日だしね…寝不足の頭で考えたって埒があかないだろうし。一人で良かったよ…。
*
「っぅつ…?うぅ…っ…」
あたしは、激しい痛みを感じて目を覚ました。体中から脂汗が滲み出る、この痛み…本当にキツイ…。せめて痛み止めが欲しいと、病院に行く決心をさせた時の痛みと同じ…。
今の自分の体が、一体どういう状態なのかが分からないのが辛いところだ…。もちろん、この世界にも病院はあるし行けば良いだけなんだが…それも意味があるのかどうか…。
体を丸くして必死に痛みに耐える。小鉄の気配が無いのが寂しいが、こんな姿を見られるよりはいい。多分、小鉄ならあたしの体がどうなっているのか知っているだろう…教えてはくれない気がするけどな…。それでも、苦しんでいる姿なんざ出来るだけ見せたくは無いんだ。
…長い、な…
なかなか引かない痛みにイラつきさえも感じ始めた頃、あたしはそのまま意識を手放したらしい。
*
*
「小田さあん?しっかりしてくださいね!」
「今、息子さんたちが向かってますからね!頑張って!」
「痛み止めを入れますよー!」
朦朧とした意識の中、あたしは薄っすらと目を開けた。
白い天井に忙しなく動き回る看護師たち…。どうやら、ここは現実世界のようだと理解する。胸辺りを中心に体中が脈打って鋭い痛みに晒されているし、そこら中に管やら線やらが繋がれていて気持ちが悪い。
「…まだ、逝けない…リナと、カナコを…」
あたしは瞼が痙攣するのを感じて目を閉じる。
まだ、だ…リナ…カナコ…小鉄とくろぶちも…
*
「…!!」
ガッと目を開けると、そこは柱時計のある居間だった。
あたしは嫌な脂汗をかいて、胸の辺りを強く握っていた。どうやら痛みに気を失っていたらしい…。強張った指を ゆっくりゆっくりと緩めて、深く息を吐く。
「…あー…。良かった…。まだ、大丈夫みたいだ…」
今のは、現実のあたしの姿…?それとも、夢だったんだろうか…?
どっちにしろ、あんまり時間は無さそうだ…。くろぶちたちは、どう思っているんだろうね?…あたしが居る事で、出来る事がある。それは実際にアカネとレベル5を対峙させた。
「間に合わなくて、あの体に戻る事になるのは ごめんだなぁ…」
再びゴロリと横になったあたしの傍に、いつの間にか小鉄が居た。
「あの、からだって、なに?」
首を傾げる様が、本当に可愛くて愛おしい。ゆっくりと手を伸ばし、頭を撫でてやる。
「夢、でね…臨終間近のあたしの姿を見たんだよ。体中に管やら配線やらが付いてた、あんな痛くて管だらけの体に戻るのは嫌だなって思ったんだ。…それに…まだ、逝けないだろ…?小鉄、この世界…あたしが居ないと救えないだろ…?」
だって、あんたたちも聞こえなかった歌が聞こえた。
たぶん、ソレは確定要素。…あたしは、是が否にでも この世界を救わなくてはいけない…どうしてなのかは分からないが。
小鉄は何とも言えない表情で見返してきた。そして撫でていたあたしの手首を両手で抱き締めるようにして自分の顔を隠す。怖い事や嫌な事があった時の、小鉄の癖。
「小鉄は、この四年間くろぶちと二匹だけで頑張って来たんだね…。大変だったろうに…偉かったね…凄いねよぇ。でも、もうちょっと早くあたしを連れて来れなかったのかい?もう少し時間に余裕が欲しかったかな…」
「…ばぁちゃん、つれてくる よてい、なかった。これは、ほんとなの。だって、ここには ばぁちゃんがいないから…」
「…ここには、あたしが居ない…?」
小鉄が頷く。
「きほんてきに、ことなるせかいにいくには、おなじそんざい、か、にているたましい ないと むりなの」
「良くわからんけど…でも、あたしはここに居るよ?」
「…くろぶち、これ…」
「…うん…。おおきくなってるね…」
二匹はタエが眠りに付くのを見届けた後、再びナマコの所に来ていた。
タエが最後に「アレ、さっきより光ってないか?」と言っていたのは、実は正解だった。二匹共、その様子を目の端に捉えていたのだがタエを元の場所に戻すのを優先したのだ。
今、目の前にあるナマコは二倍ほどの大きさになっていた。そして鈍く不気味に光っていた体表は、青白い月の様な綺麗な光り方に変わっている。二匹は時間を掛けて慎重にナマコを調べ上げると、ひとまずは問題が無いという事で落ち着いた。
「あの、へんなヒトガタ…なんで あんなモノ、あらわれたのか…」
「”まえ”のときはでなかったし…こんかいも、じょうけんはかわってないはず。やっぱり、ばぁちゃんのせいなのかなぁ…」
「…うたって、なんのことかな…ばーちゃんだけにきこえたみたいだし…」
「あのへんなの、せいかいしたから、のぞみかなえるっていってた。うた、しってる ばぁちゃんしか、こたえられなかった…?なら、すくいのぎしき、いみがあるの…?」
小鉄が、若干の嫌味を混ぜてくろぶちに問う。
「…どのみち、このタイミングでしか ばーちゃんをえらべなかったし ばーちゃんがどのカードをえらぶかも、ばーちゃん しだいだった。それは、こてつも りかいしているよね?」
小鉄は不承不承といった体で頷き、ため息を吐いた。
そして暫く話し合い、ナマコを移動させた後 くろぶちは今回の件を調べる為に残る事になった。
「…じゃあ、レベル5でたら いくから」
「うん。むりしないでね」
二匹は互いの手をポンと合わせて、それぞれに別れた。




