アカネの行方
「わたしの邪魔はさせない…」
ゆらり…と あたしの方に向きを変えるアカネ。
おっと…。まさかの矛先があたしってか!
レベル5…異形が作った傀儡が、砂嵐の様にざらついた…不明瞭な動きに歪みながら大笑いをしているのが見える。アカネの怒りがあたしに向けられた、今の状況が面白いんだろうかね?それとも、あたしを焦らせたり狼狽えさせたりする感じか?…ま、経験値が違うんだ。この程度の煽りじゃ何ともないわな。
「ばーちゃん、よけて!」
アカネから魔法が放たれ、くろぶちが叫んだ。
あたしは両手をクロスさせて防御する。そそ、手首の金鎖な、こうやってシールドも張れたんだよ!あたしのアイテムは万能揃いだね!
そもそも、本気で放った強さではなかった。ダンッと一飛びにあたしに肉薄するアカネ。そのまま、あたしに肉弾戦を挑んできた。その顔は、やはり怒りに燃えているが…。
「タエちゃぁん?わたしを煽ったわねぇ…?」
我を忘れた訳ではなさそうだ。
「ふふん。ホントの事だろ?意識あるのに、ただ生きて死ぬ事しか考えられなかったんだろ?あたしだったら、ホンの一欠けらの可能性に賭けてたよ!」
「憎ったらしいわねぇ…」
口撃しつつ拳を交し合い、蹴りを避けつつボソボソと話すあたしたち。
「アカネは案外と脳筋だったんだなぁ…」
あたしは苦笑いでアカネの攻撃を受け止める。アカネはあたしと戦う事で徐々に冷静さを取り戻していくようだった。相当な八つ当たり感があるが、それはさておき…さっきまでの悲愴感に溢れていた表情に徐々に生気が戻って来ている。
しかしアカネの攻撃を受け始めて10分も経たないが、レベル5の傀儡に変化が起きて再び”マモノ”の形に戻ろうとし始めるのが目の端に見えた。
「アカネ!三人がまた”マモノ”に戻りそうだ!」
「どーでも良いわよ!タエちゃんに一発かまさないと納得いかないのよ!」
「…あんた…ホントに八つ当たりかいな…」
半ば呆れはしたものの、アカネの真剣な目には戸惑いと焦燥が見える。チラチラと”マモノ”に戻ろうとする人形を見つつ、それでも現実逃避なのだろうか あたしへの攻撃をやめようとしない。
埒が明かないね…。
あたしは、アカネの懐に飛び込んで綺麗な顔に平手を打った。思考が止まったのだろうアカネは一瞬、呆然としたが すぐに口を開いた。が、しかしくろぶちに遮られた。
「アカネ!ヒトがたのうちに たおさないと、すべてむだになるきがする!」
アカネの、文句を言おうと大きく開かれた口はハプンと閉じられた。そして、遂にアカネがキレた。
「ああん!もおおぉぉぉっ!」
半ば投げやりな激しい絶叫を放つと 一瞬、神に祈るような表情を見せたアカネは 覚悟を決めたように踊り出す。ちょっと鬼気迫っていて魔法少女ってイメージが崩れてるし、その動きに寒気を覚えたくらいだ。
何と言うか…驚くほど、ぬるぬると生き物のように動かされたアカネの腕。その残像が、まるで千手観音を思わせるくらいに激しさを増していきアカネ自身の輪郭さえもぼやけてきた。
アカネは怒りに満ちた目を見開き、口の中で技名を呟くと、今まで見た事の無い魔法を放った…。
*
アカネが放った魔法は激しい閃光で辺り一面を埋め尽くし、この時に出ていた全ての”マモノ”を消し去った。辺りが、しん…と静まり返る。
「…ばーちゃん、よけいなことしてくれた…」
「あぁん?子供に人殺しなんざさせられるかい!それより、アカネは?どこに行ったんだ?…まさか…」
あたしはアカネが その望みを叶えて逝ってしまったのかと思って必死にその姿を探していた。くろぶちは耳を傾けて何かを感じ取ろうとジッと動かなくなる。
「…アカネは…もとのせかい もどった…。でも、いいことじゃない。アカネののぞみ、さいごのさいごでかわっちゃった…」
「戻った…?そうかい…」
少なくとも、魂は壊れなかったようだ。あたしは安堵の息を吐いたが、くろぶちは再び大きな溜め息を吐いた。
この世界での要の一つには違いないのだろう、くろぶち。描いたシナリオが壊されたのが気に入らないんだろうか?苦々しい顔だ。…って言っても、この嫌そうな顔も また何とも言えない顔で可愛いんだが…。
さっきも言ったが…アカネがレベル5を倒すと同時に、集合体になっていた”マモノ”も残りの”マモノ”も全て消えた。しかしリナとカナコはまだ遠い場所でへたり込み、呆然としている。とりあえず無事を確認したあたしは、聞くなら今しかないと くろぶちに質問を繰り出した。
「なあ、くろぶち。あんたたちも分からない存在って何なんだい?あんたたちの本当の目的は?何で、あたしを含めてこの四人なんだい?あたしみたいに、単純に死期が近いから?死にたいから?…それとも他に理由があるのかい?」
// 某世界・某所 //
♪♪~
「はーい。どうしましたー?」
浪漫飛行のナースコールが流れ、看護師が聞いてきた。
「…か…看護婦さん!看護婦さん!ちょっと…ちょっと、来て!早く!」
「すぐに伺いますねー」
ナースコールを切ると同時にパタパタッと足早に駆ける音が聞こえ、看護師の顔が覗いてくたびれた背広の男に声を掛けた。
「どうしましたー?」
毎日、欠かさず仕事帰りに娘さんの様子を見に来ては 疲れきった顔で帰っていく父親。その顔が、今、喜びに溢れている。
「アカネが…!アカネの指が…!」
「え…?」
父親は震える両の手で、宝物を持つように娘さんの手を握っている。
「答えて、くれたんです…!指先が、微かに動いて…!」
看護師は驚いた顔で、娘の手を父親から預かった。
「アカネさーん?聞こえますー?」
・・・ピクリ。
本当に微かではあるが、その指が動いた。看護師の驚いた顔は緊張に変わる。
「…アカネさぁん!聞こえるぅ?ここが病院で お父さんがいるの、わかる?わかったら、二回指を動かして?」
・・・ピクリ、ピクリ。
「すぐに先生に連絡します!お父さん、気をしっかり持って傍に居てくださいね!」
看護師はナースステーションに駆け込み、そこに居た者に状況を伝え医師に連絡を取る。俄かに慌ただしくなるフロアには驚きの声が囁かれている。
植物状態になってから7年近く経っている。例がないわけではないが、まさかの方が大きい。丁度、当直をしていた担当医がバタバタと勢い良くナースステーションに飛び込み経過を聞いて病室に向かう。
ずっと手を握っていた父親に場所を移してもらい、確認を始める医師。懐疑的だった表情が、困惑に変わり確信へと色を変えた。
「…今日はもう遅いので…明日、隙間に捻じ込んで検査をします。お父さん、平日ですが…」
「き…来ます!来ますとも!何時にくれば良いですか?時間が分からないなら朝から待機しても良いですか?」
医師が全て言う前に被せ気味に答える父親。その顔は、希望に光り輝いている。
「他のご家族には?」
「…私だけです…。私だけ…」
呟くように言う言葉に医師は頷き、「では、明日。これから調整してきます」と言い置いて出て行く。心から幸せそうな、安堵の表情を見せる父親に看護師たちも喜びの声を掛けるのだった。




