タエ、愛の罵倒
くろぶちに文句を言っている間に、アカネが三人の元に行ってしまった。
慌ててアカネを呼ぶが、聞こえていないようだ。駆け付けようにも、見えないぶよぶよに邪魔されて至近距離まで行けない。四方八方を蹴ったり殴ったりしてみたが、狭い空間に ぶよぶよと手足が弾かれるだけでビクともしない。どうやら二匹とあたしは閉じ込められているようだ。
「ばぁちゃん、おちついて…!」
いつの間にか、背中に小鉄が張り付いていた。その声に我に返ったあたしは小鉄に「あれは一体何なんだ?何でこんな非道な事をさせるんだいっ?」と問い正してしまった。小鉄は困ったような怒りたいような微妙な表情で黙り込む。
「…これ、そうていがいのこと…。なんで、あんなもの、でたのか…なぞ…」
いつの間にか、くろぶちも傍に来ていた。
「謎、じゃないだろう!アカネは…アカネの心が壊れたら…」
アカネは、遠目にも青褪めて震えているのが分かるほどだ。あたしは どうしたら良いのか必死に考える。ああ、もう!そりゃあ、進展が欲しいとは思っていたけどさ!こんなん、おかしくないかい?
「なんで、あんなもの でたか、わからない。けど…。のぞみがおおきければおおきいほど、そのだいしょうもおおきくなる…。アカネののぞみは、まだいきるたましいを むりにこわすこと…。あれは、アカネのたましいの けしんだとおもっていいの。あれをこわせたら、アカネをのぞみどおりにこわせる…」
「…そんなの…自殺と変わらないだろ…?っていうか…あのまま死んじまったらアカネはどうなんのさ…」
「のぞみ、かなわない。もとにもどるだけ」
「そんなの…あんまりじゃないか…」
あたしの眉が八の字になってしまった。
情けない事に、このままじゃ加勢も何も出来ない。目の前で力無く膝を付くアカネの姿が辛くて、涙が出そうになるのをグッと堪えるとカナコたちを探したが どこにも姿が見えない。
「あれ…?リナとカナコは…?」
グッと目を細めて遠くまで見通せば、なんと今までレベル4以下だった”マモノ”たちが一つに纏まり始めて レベル5に変化?していく様が見えた。どうやら二人共そこにいるようでキラキラした魔法の名残が見える。
「ちょ…?くろぶち、何で”マモノ”が合体してレベルアップしてんのさ?」
「わからない!これも、そうていがいで、たいしょふかのう…!」
くろぶちが相当イラだった口調で答えた。
「はあ?とにかく、二人をこっちに誘導しとくれ!大怪我したら大変だろ?」
「いま、ここは へいさされたくうかん。アカネがどうにかならないと、どうしようもない!」
「くろぶち…?」
イライラが増したのか、焦れたように言うと本気で面倒臭そうに溜息を吐かれた。
「ほんとなら、ばーちゃんもここに いちゃいけないはず。…いろいろ、めんどう」
この言い様には さすがにムッとしたが、今はそれどころじゃない。
あたしは小鉄をくろぶちの方にホイッと優しく追いやって、見えない幕に挑んだ。向こうの二人には悪いが、こっちの方が優先だ。…あのアカネが、三人の罵倒を受けて力なく項垂れていく様子に我慢出来なかったんだ。
「この金食い虫が!寄生虫のくせに!なんで生きてんだよ!」
「お前のせいであたしの人生が台無しだ!こんなお荷物はいらない!なんで事故で死ななかったんだ!そうすれば保険金も入ったのに!」
「もう無理だ…何も残らない…仕事もクビだ…。ああ、戻りたい…時間を戻したい…」
微かに聞こえるのは三人?の声だが…こんなのは序の口だ。真面目に罵詈雑言ってのはこういう事なのかと、逆に感心してしまう程ひどい言い草のオンパレードで何故か笑ってしまったよ。
そして、あたしの堪忍袋の緒が完全に切れた。
ニィッと口の端が上がった あたしの顔は阿修羅の様になっていたに違いない。どんな形にせよ、みすみすアカネを敵の手に渡す気はない!あたしは見えない幕に邪魔された空間をギュウッと両手に握り込んで引き裂くように強く下に引っ張る。何度も繰り返す内に、微かに何かが破れた感触があった。それを感じたあたしは更に腕を動かして綻びを大きくしつつアカネを怒鳴りつけた。
「アカネ!他の家族は知らないが、あんたのパパは頑張るって言ってたんだろう?そいつはパパじゃない!パパは、あんたが目覚めるのを信じているんだ!あんたは、そいつらを倒して死ぬんじゃない!倒して目覚めるんだ!あんたを信じて待ってくれる、本物のパパを裏切るな!」
声は届いたと思うんだが、アカネは身動ぎもしないし三人は罵倒を続けている。
いや、本当に汚い言葉の羅列ってのは精神的に来るね…。こっちまで病んでくるわ。ここまで酷かったかは分からないけど、何年も心無い言葉を浴びせられてきたアカネに同情はするよ。するけどさ…。
「アカネ!あたしはあんたが強い子だって知ってるよ!負けるな!あんたは、あんたの世界に戻って、瞼を動かせ!頑張って目を開けるんだ!指の先だけで良いから、動かすんだよ!あんたを信じて待ってるパパなら、絶対に気が付いてくれるから!生きろ!アカネ!生きるんだ!」
俯いていたアカネの顔が…歯を食いしばり、声もなく涙を流している顔が、あたしに向いた。その目はあたしへの怒りに燃えている。何も知らないくせに、心が壊れた事もないくせに、関係ないヤツが口を出すな…。そんな怒りの刃が、あたしに突き刺さる。おお、怖い…目で射殺せるって、ホントなのかもね…?
「はっ!そんな目で睨んだって痛くも痒くもないよ!アカネ!今のあんたは無様だね!そんなに弱くて、何が海外進出だ?笑わせんじゃないよ!行ったところで あっという間につぶされちまっただろうさ!行かなくて良かったんじゃないのかい?」
ああ…何て悪役面してんだろう、あたし…って、お面で見えないけどな!
怒りに染まったアカネが、ゆっくりと立ち上がった。体中から怒気が溢れるのが視えそうなくらいで、ちょっとゾクッときたね!




