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第50話 結城仙千代(前半)


     ◇


 一同が解散した後。

 久しぶりに珠と一緒に寝ようかなとか考えていたら、余計な邪魔が入ってしまった。


「おい」


 偉そうにわたしを呼び止めるのは、あの仙千代である。


「……何でしょう」

「話がある。付き合え」


 嫌だ、と答えそうになって、ぐっと堪える。

 珠とのひと時の時間を邪魔するなと言いたかったが、相手は秀康の嫡男だ。

 無下にはできない。


「かしこまりました」


 とりあえず頷いておく。


 くそう……何だこの餓鬼は。

 偉そうに。


 わたしは自分のことを棚に上げて内心穏やかではなかったけれど、おくびにも出さない。

 猫を被るのはうまくなったのだ。

 狐だけど。


 わたしは雪葉に事情を告げて、仙千代の部屋へと赴いた。

 そこにはすでに先客がおり、何と利光だったのである。


「これは、義姉上。義姉上も仙千代殿に?」

「はい。何の御用でしょうか」


 正直何も思いつかないんだが……。

 しばし待っていると、どかどかと足音がして、仙千代がやって来る。


 その姿を一目見た途端、機敏に動いたのは利光だった。

 わたしを庇うかのように、片膝立ちになる。


「……仙千代殿。何の真似か」

「ふん。恐れたか」


 やって来た仙千代は、利光の反応に少なからず溜飲が下がったとばかりに笑みを浮かべてみせる。


 その手にしているのは、子供の体格からは大きすぎるひと振りの太刀だ。

 さすがに抜き身ではないけれど、こんなところに武器を持ち込んできては警戒するというものである。


「お前たちに、秘蔵の一振りを見せてやろうと思ってな」


 どうやら刀を見せびらかしたいらしい。

 何だろう。この圧倒的小物感は。


「……そういうことならば」


 やや困惑しつつも、利光は居住まいを直した。


「その前に言っておく。父上はお前たちにずいぶん腰が低かったが、俺はそんなことはしない。将軍家の孫娘だからといって、何だというんだ? 父上は右大将の兄なんだぞ? 本来ならば父上が次の将軍になるはずだったんだ。それに右大将はあの関ヶ原じゃ、ろくな活躍ができなかったというじゃないか」


 何やら不満が溜まっているようで、吐き出すように言葉を重ねる仙千代。

 利光などはぎょっとしたように、慌てて口を挟むほどだった。


「口を慎んだ方が良いぞ、仙千代殿! これ以上は――」

「ふん。利光殿の父上とて、先の戦では良いところは無かったと聞くぞ。この越前を取り損なったくせに、親族面とは実に腹立たしい!」


 まだ子供のくせに、精一杯虚勢を張って、それらしく言う様にはちょっと笑ってしまった。

 当主の子供というのは幼い頃から大変なものだ。


「何を笑う!」


 わたしの失笑が気にくわなかったのだろう。

 仙千代がわたしを睨みつけてくる。


「あ、謝るなら今のうちだぞ!」


 ん……?

 やっぱり虚勢の類か。

 わたしがまるで動じないことに、逆に仙千代は動揺したようだ。


 子供らしい単純さではある。

 何だかんだで自分の父親が懇ろに扱う相手のことを、心のどこかでは恐れているのだろう。


「いえ、申し訳ありません。それに同感ではあるのです。我が父などよりも、伯父上様の方が戦場では優れていることなど、今さら語るまでもないことですから」

「あ、義姉上……?」

「利光様もまずは落ち着きましょう。ここは北ノ庄、仙千代様のお城です。つまり御大将は仙千代様なのですから」

「ですが……」


 わたしが先ほどの無礼な発言にまるで言及しないこともあってか、利光はしばし迷ったような素振りをみせて、しかしすぐに追従してきた。


 うん。

 やはり利口だな。

 今のところ、珠を任せるに足る人物のようだ。


「う……うん。そうだ。俺が大将だ。それが分かっているのならいいんだ」


 わたしにいきなり肯定されると思わなかったのか、むしろ戸惑っている風が少し笑える。

 まあ今度は面に出さなかったけれど。


「それで? その立派な太刀をお見せ下さるのでは?」

「うん、そうだ」


 わたしが促すと、嬉しそうな顔になって太刀を抜こうとする。

 しばらくうまく抜けずに悪戦苦闘していたが、やがて引き抜くことに成功した。


 ……一応、怪我でもしないようにと気を付けて見ていたが、扱いを全く知らない風でもない。


「どうだ」


 仙千代が見せた太刀は、二尺三寸弱、といった刃渡りで、それなりに反りは高い。

 利光も興味があるのか、とりあえずは見入ってしまっている。


「どんな刀か分かるか?」

相州正宗そうしゅうまさむねの作、ですね」

「わ、分かるのか?」


 即答してやったら、仙千代が驚いてみせた。

 子供の反応はいいな。

 分かり易い。


「いえ。何となく」

「何となくって……」


 正直に言えば、ただの勘である。

 名刀の類なのは分かるけど、以前からわたしは名刀に愛着などない。

 大量生産品を使い捨てるのが、常だったからだ。


 とはいえ、知識が無いわけでもない。

 結城家秘蔵の一振りといえば、秀康があの石田三成から譲り受けたという、後世でいうところの石田正宗しか思い浮かばなかっただけだ。


 秀康がとても大切にしていたとかで、これをもし無断で持ち出していたとすれば、確実に仙千代は秀康にぶっ飛ばされるだろうな。

 他人事だからどうでもいいけど。


 それに石田正宗は刀身に分かり易い特徴がある。

 ちらりと視線を走らせると、確かにあった。


 刀身に、いくつか切れ込みの痕があるのだ。

 切込正宗、とも呼ばれる所以である。


 しかし名刀か。

 これまではあまり興味は無かったけれど、こうしてまじまじと見ると、綺麗なものだな。


「くれるのですか?」

「やるか!」


 つい聞いてしまったら、刹那のうちに拒否されてしまった。

 吝嗇な奴である。


「というか、女のくせに刀が欲しいってどうなんだ……」


 その女に刀を見せびらかすお前は何なんだと言いたいけど。


「それで、伯父上様の刀をさも自分のもののように自慢されて、それからどうするのですか?」

「う、な、何だよ。嫌味な言い方して」


 あ、つい言ってしまった。

 というか子供でも皮肉は分かるんだな。


「正直は美徳であると聞いています」

「俺は奥ゆかしい方がいいっ」

「そうですか。残念です」


 お前の価値観なんぞ知るか、である。


 さて子供の茶番に付き合ってやったが、あまり時間をかけていては珠との時間が減ってしまう。

 単に威張りたかっただけなら、それはそれでいい。

 子供のことであると許してやる。

 わたしは寛容だからな。


 でもこれ以上時間を浪費させるのなら、その限りじゃない。

 少しくらい、泣かせてやることになるだろうが――


「これは前置きだぞ」


 うん?

 前置きってことは、本題があるのか。


「この城の近くに、愛宕あたごという名前の山があるんだ」


 知っている。

 越前平野のど真ん中にある山というか、小山で、後世では足羽山あすわやまと呼ばれることになる山だ。

 今では仙千代が言うように愛宕山とか、木田山きだやまとか地元では呼ばれているはずである。


 そしてこの北ノ庄城から、それなりに近い。

 北ノ庄川こと、後世でいう足羽川を挟んですぐである。

 あの秀吉が朝倉家を滅ぼすために北ノ庄城を包囲した際も、愛宕山に陣を張ったらしいし。


 ちなみにその足羽山には、越前国最古の神社である足羽神社があったりする。

 歴史は継体けいたい天皇の時代まで遡るというのだから、なかなかのものだ。


「その山が、どうかしたのですか?」

「妖怪が巣食っているらしい」


 ほう。

 妖怪。


「…………馬鹿ですか?」

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