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第48話 一乗谷での儀式④

「! なりません!」


 言ったそばから雪葉に駄目だしされてしまった。


「わたくしがお傍におれぬ以上、姫様の護衛は多ければ多いほど良いのです。隆基様も華渓も、姫様の傍にあるべきです」


 雪葉は本能寺の変の時のことを、未だに悔いているんだろうな。

 わたしの傍にいれなかったことを。


「あの時とは違う。力も前以上のものが戻った。まだまだ馴染んでないが、多分お前より強くなっているぞ、これ」


 かつての妹である雪葉や乙葉よりも、最初はわたしの方が断然強かった。

 だが力を与えているうちに、二人の方がわたしよりも強くなってしまった。

 最終的に二人は、生前の最盛期のわたしよりも、強くなっていたはずである。


 そんな雪葉よりも、今のわたしは明らかに上だ。

 二十年以上もわたしのために、妖気をため込んでくれた結果である。


 しかもわたし専用に調整された、すぐにも馴染む妖気だ。

 以前の比であろうはずもない。

 これならあのいけ好かなかった鈴鹿すずかが相手でも、案外何とかなるかもな。


「このまま成長されれば、さらに妖気は馴染み、そのお力は増していくはずです。どうぞ心ゆくまで蹂躙を」


 とか言う朱葉の言は、いったん無視しておく。

 どうも朱葉はわたしをこの世界の支配者にでもしたいようだけど、今はそこまでの気分じゃないのだ。


「ですが、絶対ではありません」

「雪葉、今の主様は完璧な存在です。絶対でないなどと、不敬です」


 わたしを挟んで雪葉と朱葉が火花を散らした。

 朱葉にしてみれば以前の失敗を教訓にして、今度こそ完璧なわたしに仕上げた、もしくはそうしたいと思っているはずである。

 当然、自信と自負があるのだ。


「確かに不敬かもしれませんが、この世には多くの強者が潜んでいるのも確かです」

「雪葉の言う通りだな」


 わたしは頷く。

 さっきも出た鈴鹿という鬼も、生前のわたしでは歯の立たない存在だった。


 妹の乙葉も、乙葉として生まれ変わる前は、玉藻たまもという大妖怪だったという。

 いわゆる九尾の狐だ。

 その頃の乙葉ならば、あの鈴鹿にも匹敵する力を持っていたはずである。


 他にもこの日ノ本には色んな伝説が残っている。

 大抵が滅ぼされてはいるものの、力ある者は転生する。

 すでに生まれ変わり、過去の経験を活かして雌伏し、機を伺っている者も少なくないだろう。


「主様……」

「そんな顔をするな、朱葉。お前が用意してくれたこの器は、確かにこれ以上望めない完璧なものだ。あとはわたし次第、と言っている」


 力ある個人が敵ばかりとは限らない。

 集団で討伐される恐れもある。


 人というものは個人ではさしたる力も無いが、集団となることで脅威になる。

 伝説に名を残す妖が、伝説でしか語られていない所以でもある。


 乙葉なども、そうやってずっと昔に討伐されて力を失ってしまったのだから。


「姫様。今まで申し上げるのが遅くなっておりました」

「ん?」

「妖だけでなく、力あるひとも、あらゆるところに存在していると見るべきです。姫様が朝倉家を大きくしたように、他の存在も、同じように考える者がいても不思議ではありません」

「道理だな」


 二十年前ですら、わたしなら朝倉家に、鈴鹿という鬼女は織田家に憑いていたのだ。


 特に朝倉家に憑いていた狐――わたしのことだが――が滅んだのが明確になった以上、次は自分の番としゃしゃり出てくる輩がいても不思議じゃない。


「徳川家にも、それらしい存在はいるのです」

「そうなのか?」


 初耳だった。


「家中で、わたくしに接触してきた者がおります」

「誰だ」

「須和の方様です」

「む?」


 須和の方というと……家康の側室か。

 爺にはいっぱい側室がいるからなあ……。


 それを思うと、我が父はいささか不憫か。

 思考が逸れた。


「あれが何だと言うんだ?」


 確かに有能な人物ではあるらしい。

 家康が戦場にまで同行させる側室は、須和くらいのものである。

 その程度はわたしも知っていたが。


「姫様の存在に、勘づいているかもしれません」

「ふむ?」


 今日この日に至るまで、わたしはどこからどう見ても完全に人の子だったんだがな。


「……わたくしが雪女の妖であることは、周知の事実です」

「それもそうだが」


 そういう意味では、そもそもにしてわたしは人の子としては見られていない、ということか。


「珠や勝、初などもみな、わたくしと同じ雪の精に連なる存在です」

「そうだったな」

「ですが姫様は違います。そのような気配が無いことを、逆に疑っているようでした」

「その須和が、か?」

「はい」


 なるほど。

 妖気が微塵も感じられないことに、逆に違和感を覚えた、ということなのだろう。


「何者なんだ?」

「申し訳ありません。分からないのです」

「……まあ、あの女はあまり江戸にはいないからな」


 家康にほぼくっついているせいもあって、ここ数年は伏見城にいたはずであるし、今は二条城にいるはずである。

 江戸城にいたのは、関ヶ原の戦いの直前くらいか。


「殺しましょう」


 などと言ってくるのは朱葉だ。

 相変わらず倫理観が欠如しているなあ。


「わたくしもそう思わぬでもなかったのですが」


 雪葉、お前もか。


「背後関係が分からない上に、姫様は未だお力を取り戻しておらず、迂闊なことはすべきでないと様子を見ていたのです。……ご報告が遅れて申し訳ありません」

「いや、いい。妥当な判断だったと思うぞ」


 その須和が何者かすら分からないし、敵か味方かも分からない現状、藪蛇は御免である。

 それに平和が一番ではないか。


「……他にもこのような輩はいると考えるべきです。姫様には、細心の注意をお願いしたいのです」

「心配は分かるがな」


 それでさっきの話に戻るわけだ。


「しかしそれはわたしがお前に思う気持ちも同様だ。それはどうなる?」

「わたくしのことなど、お気になさらないで下さい」

「わたしの妹となった以上、ありえないぞ?」

「っ……」


 雪葉は唇を噛み締める。

 いつもの冷静な表情はどこかへ行って、今にも泣きそうな、そんな幼い顔になっていた。


「とても嬉しいお言葉です……。ですが、わたくしの我がままをお聞き下されば、雪葉はもっと嬉しいのです……」


 むぅ。

 泣くな。

 そういうのは卑怯だぞ。


「わかった、わかった」


 やむを得ない。

 ここは頷くしかないだろう。

 わたしも甘いものである。


「隆基は預かる。あれも本能寺での汚名返上をしたいところだろう」

「ははっ!」


 ちゃっかり聞いていた隆基が、わたしの言葉に畏まった。


「ただし、華渓の件は譲らない。それが最低条件だ」

「ですが」

「これを受け入れないと、今度はわたしが泣くぞ?」

「――――」


 どうやらこれは効いたらしい。


 わたしを泣かすような事態になったら、朱葉や乙葉が許しておかないだろう。

 無論、雪葉自身も。


 とはいえこの世界に落ちてから、泣いたことなどあったのやら、だけどな。


「…………はい」


 雪葉がようやく頷く。

 よろしい。


「華渓、そういうことだ。雪葉をよろしく頼む」

「承知致しました」


 よしよし。


「江戸は上杉領に近いからな。今は徳川との仲は最悪だから以前のように会うことはできないかもしれないが、少しでも近いのは悪いことじゃない。照虎のことも、見守ってやれ」

「ご厚意、感謝致します」


 華渓のことは、これでよし、だな。

 思わぬ収穫だったともいえるか。


「ところで主様」

「ん?」

「これらの骸どもは如何しますか」


 ああ、そうだった。


「うーん……」


 改めて見渡せば、谷中が亡者だらけである。

 以前、一乗谷は墓所のような位置づけでもあったが、それだけに活気があるというか何というか。


「さすがに今はいらんぞ?」


 こんなものを引き連れて移動しようもなら、それこそ阿鼻叫喚の地獄を演出することになるだろう。

 以前はそういうこともしていたが、基盤が安定した時点で裏方に回したこともあって、今となっては知る人ぞ知る、であろうけど。


 これら全員に今華渓にやってやったように化けの皮を被せ、それなりの知性が芽生えるほどに妖気を分け与えれば使い様もあるが、ちと数が多すぎる。

 何より今は、自身の力を使いこなせるようになる方が先決だろう。


「しばらくは墓の下だな。平和なうちは必要ない」

「わかりました」

「直澄、隆基、それに華渓」


 わたしは三人を呼びつけると、差し当たっての指示を出しておく。


「一乗谷のことは、お前達が詳しい。ここをずっと守ってきてくれたわけだからな。骸どもの処理は任す。わたしはしばらく越前にいるだろうから、それまでに綺麗にしておけ」

「ははっ!」


 打てば響くような返事に、わたしは満足げに頷く。


「直隆。お前はついて来い。その見てくれを何とかしなくてはいけないし、何よりさっきの抱っこが気に入った」


 これから他者を上から睥睨する際は、直隆を使おう。

 実に様になるはずだ。うん。


「しょ、承知いたしました」


 何やら微妙な返事だけど、いいか。


「みんな、大儀だった。夜も明けたことだし、いったん戻るぞ」


 耳や尻尾のことはあるけれど、とりあえずは朱葉に何とかさせよう。

 わたしはふわわと欠伸をしつつ、伸びをする。


 ちょっと眠たくなってきたな。

 安心したら余計にだ。

 子供の身体らしく、早速うとうとし始めたわたしを抱きかかえてくれたのは、雪葉だった。


「ん、いいのか?」

「お任せください。無礼を承知で申し上げさせていただければ、子を抱くのは親の責務です」

「そうか」


 生前、わたしは朱葉も小太郎も、ろくに抱いてあげられなかったがな……。


 そんなことを思いつつ、わたしは眠りについたのである。

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