第22話 直江兼続
とは照虎の言である。
雪葉は景勝のことを聞いたのに、返ってきたのはその家臣である直江兼続のことばかり。
要するに、今の上杉家はあの男無くしては語れないほど、その影響力を強めている、ということだ。
その直江兼続のことは、信吉や照虎と同じく、わたしは生前に面識がある。
冷徹で頭が良く、しかし一方で苛烈な性格でもあり、戦も辞さぬという覚悟を持った輩だった。
そして主である景勝のことしか考えていない。
ある意味で、雪葉によく似ていると言えるだろう。
おかげでわたしなどは当時、思いっきり警戒されたはずだ。
上杉が秀吉についたのも、その辺りが遠因かもしれないな。
さてそんな兼続が景勝のために尽くしたからかどうかは知らないが、この世界の上杉家は、わたしの知っている史実の上杉家とは似て非なるものになっている。
朝倉家が滅亡した時点の上杉家は、越後国と上野国の二ヶ国を領しており、史実よろしく御館の乱のせいで弱体化していたものの、織田家の侵攻は受けていないこともあって、滅亡の危機に瀕していたわけではない。
わたしが滅びた後、景勝は秀吉の後援を得てまず新発田重家を滅ぼした。
重家は越後で独立勢力となっており、朝倉家臣という位置づけになっていたが、朝倉家が滅んだことで孤立無援となってしまったのだ。
それでも重家は本来の武勇で徹底抗戦し、これを討ち滅ぼすのに功を上げたのが、直江兼続であり、藤田信吉だったのである。
ともあれ越後を平定した景勝は、秀吉に接近してその地位を高め、秀吉が死去する直前には豊臣政権における五大老の一人にまで上り詰めた。
その上杉家は秀吉の命により、慶長三年に越後から会津に加増移封されている。
この国替えは史実と同様であるが、厳密には異なっていた。
その三年前にあたる文禄四年に、豊臣政権内で大きな事件が発生することになるが、それがいわゆる豊臣秀次切腹事件である。
この時に奥羽の戦国大名であった伊達政宗もまた、謀反への関与を秀吉に疑われた。
史実でも同様に疑われ、しかし湯目景康や中島宗求といった伊達家臣の奔走により処分を免れることになるのであるが、この世界ではどうやらそのようにはいかなかったらしい。
結局処分が下されて、伊予国への減転封を命じられてしまった。
おかげで政宗は四国の片田舎で腐っているとか。
この時に暗躍したのが政宗と犬猿の仲である兼続だとも囁かれており、史実以上の腹黒っぷりをこの世界でも如何無く発揮しているようだった。
ともあれ兼続の腹黒いところは、政宗を奥州から追っ払ったことだけではなく、その後釜に上杉家を据えたことである。
そう。
今の上杉家は会津百二十万石だけでなく、伊達家の旧領の大半をも所領に加えているのだ。
石高だけでいえば二百万石近くを領する大大名であり、これは家康の徳川家に次ぐ規模である。
そのため今の家康は、史実の家康よりもより後背を警戒せざるを得ないはずだ。
そしてだからこそ、史実でも発生した会津征伐への流れは、この世界でも不可避だったといえるだろう。
「照虎、景勝様は越後に未練があるのでしょう?」
「それは……間違いなく」
雪葉に聞かれ、照虎は頷いた。
上杉家は加増移封とはなったものの、本領であった越後を失ったのである。
これに思う所が無かったはずもない。
「兼続様も同様のようですね。越後の堀秀治様から苦情が来ていますよ」
堀秀治とは織田家臣であった堀秀政の嫡男でその後を継ぎ、しばし越前北ノ庄を領した後に、上杉家の移封に伴って越後へと加増移封された、いわゆる上杉景勝の後任だ。
ちなみに秀政とはわたしも戦ったことがある。
「……年貢の件ですな」
「はい」
承知しているのか、信吉の言に雪葉は首肯した。
雪葉が未練云々といっていたが、景勝よりも兼続の方がそれは強かったと思える。
というのも移封となった後、兼続は越後に対してあれこれと嫌がらせをしまくったからだ。
その一つ目が年貢である。
国替えが行われる際、本来ならばその半分を残しておかねばならない決まりがある。
そうでないと後任者が困るからだ。
ところが兼続は年貢の全てを持って、国替えを実施したのである。要は年貢を持ち逃げしたようなものだ。
当然、後から入ってきた堀秀治は困った。
困ったから返せと上杉家に求めても、兼続はこれを無視。
当然、秀治は激怒した。
で、怒って家康に訴えることになるのである。
上杉家謀反、と。
史実ではそのようなきっかけからのちに会津征伐が決定されるのであるが、この世界でも似たような状況になりつつあるらしい。
しかしあの男、以前会った時も思ったが、どうしてああも強気なんだろうな。
以前もわたしに喧嘩を売り付けてきたし。
本人に能力があって優秀なのは認めるが、性格が歪んでいるというか何というか。
もしくは正しさばかりに目がいって逆に危ういという、暴走する正義そのもののような奴だ。
まあお前が言うなと兼続には言われそうだけど、それはそれ、である。
ともあれこの世界の上杉家は強い。
背後に伊達家はすでにおらず、宿敵である最上家だけでは上杉家と戦うことは難しい。
となると、どうなるか、である。
「年貢を失ったことにより、秀治様はやむを得ず新たに税をかけ、それが越後の民の反感を買っていると聞いていますが」
「雪葉様のおっしゃる通りです。直江殿はさらにそれらの不満分子を扇動し、一揆を画策しております」
とは、照虎。
上杉家は国替えとなったものの、それに在地の国人衆が全て従ったわけではない。
当然残った者もいる。
そういった上杉家と縁の深い国人衆の扱いに、新たに入った堀家は苦慮することになったと言っていい。
加えて増税により、国人衆は反発。
その増税の原因は兼続なのだが、兼続は素知らぬ顔で増税により不満一杯の越後の民を唆し、堀家に対抗させようとしている、というわけだ。
何という悪辣さ、である。
まさに目的の為には手段を選ばない、というやつだ。
「そして直江殿は越後方面の担当を、この私に任されたのです」
なるほど。
どうやら照虎のやつ、兼続にうまく取り入っているらしい。
信吉と兼続は仲が良くないが、代わりに照虎が兼続に派閥に属することで、上杉家への影響力を偏りなくしようという、雪葉の指示だろう。
「この先の情勢は読めませぬが、直江殿は奥州を平定し、旧領である越後を取り戻した上で、一大勢力を築こうとしているようにも見受けられます」
さもありなん、といったところか。
奥州を平定して後顧の憂いを無くし、旧領で勝手知りたる越後を取り戻す。
これだけで日ノ本において屈指の勢力になる。
単独でも徳川家に対抗できる力だ。
一方で豊臣家と結び、徳川を挟撃できれば、東国の大半は上杉家の手に落ちるだろう。
現実的な戦略で、わたしが兼続だったとしても、同じことをするに違いない。
やはり優秀な奴である。
「とはいえこのままでは、上杉家と徳川家が争うことは避けられなくなりますぞ。それは避けたい」
と、信吉は言う。
信吉は雪葉との縁が強く、そのため家康と景勝の対立を望んではいない。
「それがしはこのまま大坂に向かい、内府殿にお会いして弁明に努める所存であります。戦など、起こらぬに越したことはありませぬからな」
「……そう、ですか」
雪葉は上杉家に対して遺恨がある。
いっそのこと徳川と戦となり、滅びてしまえと思っているはずである。
照虎も、その仕込みの一つのはずだ。
そういった意味では雪葉に近い信吉の反戦論は、やや不本意であったことだろう。
自身の意図とは異なるからだ。
とはいえ、ここで両家が戦になればそれは大戦となり、この江戸とて安全ではなくなるかもしれない。
となると、わたしの身も危うくなる可能性も出てくる。
雪葉としてはわたしの身の上を一番に考えていることもあって、複雑な思いもあるのだろう。
ちなみにわたし自身の率直な意見としては、まず上杉家に対してさほど遺恨は覚えていない、というのが本音である。
少なくともわたしが健在であったならば、景勝は秀吉に与しなかったかもしれないからだ。
だから上杉家のことは正直どうでもいい。
だが一方で、雪葉の溜飲を下げてやりたいという気持ちもある。
そのために上杉家が悲劇に見舞われたとしても、わたしとしてはそれこそ許容できる犠牲に過ぎない。
むしろ雪葉のために生贄にでも何でもなれ、な気分だ。
わたしも碌な人間じゃない、ということである。
まあ人ですらないのかもしれないが。
ただまあ、雪葉が上杉に対してそこまでの遺恨を感じているかといえば、実は二の次のはず。
最も恨んでいる相手は、秀吉のはずだからだ。
その秀吉が死んでしまったので、はけ口が上杉に向いている、といったところだろう。
そして豊臣家には姉である乙葉がいる。
世の中はままならないものである、ということか。






