第17話 本能寺の謎(前編)
「ま、まあ、いい。それよりもききたいことがある」
ちょっと動揺してしまったけど、気を取り直してわたしは話題を変えることにした。
どうせ雪葉や朱葉のことだ。
これまでにもっとえげつないことにも手を染めていそうだが、ここは聞かぬが花、知らぬが仏といったところだろう。
どうせこのわたしを復活させた功に勝るものはないのだから、全て不問に付すし、それでいい。
わたしは善人ではないのだから。
「……何でしょう」
「ほんのうじのことだ」
こうしてわたしが生まれ変わることになった、直接の原因である本能寺の変。
もちろん、それを引き起こしたのが明智光秀であることは、当時でも分かっていたこと。
知りたいのはその動機である。
「おまえのことだ。わたしがふっかつするのをわかっていたのなら、とうぜんそのときにこのしつもんをされると、わきまえていたはずだろう」
「それを知って、どうなさるのです?」
「ん、いや、ただのきょうみほんい、というやつだ」
あの事件の背景が何であったのか。
光秀の単独犯だったのか。
それとも背後に何か黒幕がいたのか。
史実でもそうだが、本能寺の変の真相は闇の中、である。
そしてその当事者になったわたしがその真相に興味を持つことは、ごく自然なことだと思うのだが。
「ああ、しんぱいするな。べつにはんにんがわかっていたとしても、あれこれふくしゅうをするきなど、ない。これでもすなおに、まけをみとめているんだぞ?」
本音である。
誰が首謀者であったとしても、このわたしを見事に殺してくれたのだ。
朝倉家も綺麗に滅亡してしまったし、これは完敗と言わざるを得ない。
そこは素直に認めるつもりである。
たぶん、だけど。
「……はっきりとしたことが分かっているわけではありませぬし、証拠もありませんが」
「ん、かまわんぞ」
「結果だけを見るならば、太閤殿下でしょう」
太閤って、秀吉のことか。
まったく人が死んでいる間に偉くなったものだ。
「そうだな」
わたしが死んで最も得をしたのは誰か。
それはもちろん、秀吉以外にあり得ない。
わたしの朝倉家を滅ぼしてくれた挙句、天下統一まで果たしてしまった。
いわゆる最も利益を得た者をまずは疑え、である。
「ですが色葉様は――……」
と、貞宗が何故か口ごもる。
「どうした?」
「いえ、何とお呼びしたものかと思いまして」
ああ、なるほど。
「おおやけのばではせん、とよべ。だがみうちだけのときは、いろはでいい」
「かしこまりました。……で、その色葉様は、太閤殿下が本能寺の変の首謀者であるとは思っておられないようですな」
貞宗のやつ、察しがいい。
というか分かっていて、まず秀吉の名を出したのか。
「まったくのしろであるとはおもっていないが、な」
史実でもそうだが、秀吉が黒幕であったという説は、いかにもそれらしい雰囲気ではあるものの、現実的に精査していくとその根拠への反駁が可能なのだ。
つまり秀吉が利を得たのは全くの偶然、もしくはその偶然を最大限に活かすことができる優秀な人物であった、で説明ができてしまう。
「と、おっしゃいますと?」
「ふん。ひでよしはしろだとしても、まわりにおぜんだてをしたやからがいたとしたら?」
わたしが本能寺で討たれた経緯を振り返り、もし全てが仕組まれてあの本能寺に行き着いたとすれば、と仮定する。
ではどこから仕組まれていたのか。
それも分からないが、考え方としては自分の意図しないことが起こったことはなかったか。
それを起点にしてみればいい。
となると、思いつくのはやはりあの時だろう。
重陽の節句。
あそこに諸大名を集めたのは、確かにわたしの意思だった。
そこまでは間違いない。
だがその場で思わぬ流れになった。
秀吉が惣無事令について発言し、その場で朝倉家を中心とする連合政権の構想にまで踏み込んだのだ。
わたしはそこまで考えて、諸大名を集めたわけじゃない。
あくまで敵と味方をはっきりとさせて、今後の方針を定めるためのものだったはずだ。
ところが先に、その方針が用意されていた。
それがわたしの意図しなかったことである。
当時は自身の身体に不安があったし、天下統一が近づくのならばとついのってしまったが、結局そのことがわたしを本能寺に導き、あの状況を作り出すことになってしまったのだ。
その思わぬ流れを作ったのは、表向きは秀吉だったことは間違いない。
が、秀吉は後で呼びつけて真意を問い質し、その思うところを語らせている。
その時、実際に多くの語ったのは秀吉ではなく、孝高だった。
そう、黒田孝高だ。
実際、連合政権構想も孝高の献策だと言っていた。
つまり、秀吉のその偶然を用意したのは孝高だったということになる。
そして、全てが仕組まれていたと仮定するのであれば、その仕組んでいたであろうと思しき最大の候補者でも、あるのだ。
「さだむね、もったいぶらずにいえ。おまえはだれだとかんがえている?」
「――黒田如水殿、でしょうな」
その答えに、わたしは満足げに笑った。
どうやら貞宗も同じ結論に至ったらしい。
「ただし、その一人であると、そう考えます」
「ほう?」
つまり、複数犯説か。
「黒田殿だけで考えると、やはり偶然と言わざるを得ない要因がいくつか浮かび上がってくるのです」
「たとえば」
「明智殿の動機」
そうだな。
わたしもそれが気になっていた。
「もちろん、黒田殿が明智殿を調略し、かの謀反を誘引させた可能性も否定はできませぬが、もしそうであれば、明智殿は結果的に共謀していた相手に討たれたことになります」
そういうことである。
あの孝高のことだ。光秀に目をつけて、何かしら接触を持っていた可能性はあるかもしれない。
だがそうなると、光秀は秀吉に山崎で黙って討たれたことになる。
つまり不自然なのだ。
孝高の関与はあったかもしれないが、それ以上にもっと強力な、何かしらの動機があったと考えた方が自然だろう。
そこで考えられるのが、貞宗の言う複数犯説である。
孝高は確かに本能寺の変の関係していた。
当事者である光秀も然り。
そしてそれ以外にも、光秀に働きかけた何か、もしくは誰かがいたと考えるべきではないか。
「……そのあては?」
わたしには分からないので、聞いてみる。
「――織田信長殿」
「なに……?」
思わぬ返答に、わたしは面食らった。
それは本能寺の変の当時、すでに死んでしまっていた男の名前だったからだ。






