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第16話 貞宗と天海


     /色葉


 慶長四年正月。


 江戸城。

 武蔵国にあるこの城は、徳川氏の本拠でもある。


 わたしなどは生まれて初めて関東に入り、江戸城に入城したが、この頃の江戸城はまだ大した規模のものではなく、生前のわたしが作らせた北ノ庄城などに比べれば、まだまだちっぽけで簡素なものであった。


 江戸城が日ノ本最大の規模になるにはもっと後のことで、しかし史実でいうところの天下普請はあと数年後のことであるから、それが実施されて完成すれば、国内有数の規模の城郭となることだろう。


 もっとも完全に完成に至るには六十年くらいの歳月がかかったはずなので、まあ気長に待つしかない。

 もっともこの世界でも史実のように歴史が進めば、の話であるが。


 京から東海道を経て無事に江戸に入ったわたしは、疲れたのでとにかく眠ることにした。

 もちろん直接歩いたわけもないが、疲れたといったら疲れたのである。


 十分に睡眠をとって目を覚ますと、朱葉が面会したい者がいると申し出てきた。

 このわたしに、である。

 一歳かそこらの幼児と面会したいなど、奇特な輩もいるものだ。


 どうせ暇なので承諾すると、そいつはすぐにも参上してきた。

 僧衣を身にまとった坊主である。


 ……?


 雪葉に抱かれ、その腕の中にありながら、頭を下げるその坊主を見てわたしは眉をひそめた。

 顔を伏せているので分かりにくいが、見覚えがあるような……。


 顔をあげさせろ、と、雪葉へと視線で命令する。


「面をお上げ下さい」


 む?

 雪葉の声音が少し違う。


 冷たいのはいつも通りだが、明らかに身内にかける類の柔和なものになっていた。

 つまり目の前の坊主は、雪葉にとってそれなりに親しい存在で……。


「あ」


 明らかになった顔を見て、わたしはつい声を上げてしまった。


「お初にお目に――」

「さだむねか!」


 思わず声を出してしまった。


「なんだそのあたまは? ちょっとさわらせろ!」


 余人がこの場にいたら目を丸くしたことだろう。

 一歳程度の幼児がしゃべりだし、何やらぶっ飛んだことを口にしたのだから。


「……姫様? 貞宗さだむね様に失礼ですよ?」


 つい興奮して雪葉の腕の中ではしゃいでいたら、その雪葉ににっこり笑顔で窘められてしまった。


 うん。間違いない。


 雪葉がわたしにこういう苦言を呈してくるのは、貞宗の時くらいである。

 最初から貞宗びいきだったからな、雪葉のやつ。


「……相変わらずですな」


 やや呆れたような口ぶりで、坊主になった貞宗がそんな風に感想を漏らしてくれた。

 こっちもやれやれ、といった感じで、少しも変わっていない。


 大日方おおひがた貞宗。

 生者、という括りでいうのならば、この貞宗は正真正銘、わたしの最初の家臣の一人である。


 わたしがこの世界に落ちてすぐ、いきなりこっちの命を狙って襲ってきたので、返り討ちにしてやった挙句、奴隷としてこき使ってやることにしたのだ。


 だというのに気づいたらいつの間にかわたしの最側近になっていて、しかもよく文句を言う小姑のような存在になってしまっていた。


 雪葉などはわたしに堂々と文句を言える貞宗を尊敬していたようで、わたしのかつての家臣連中の中では、明らかに別格の扱いをしていたのである。


 具体的にはわたしが貞宗をからかったりして楽しんでいると、横から助け船を出してわたしを嗜めるのである。


 まるでわたしが悪者みたいだ。

 けしからん。


 有能だったので重用していたが、その貞宗自身はわたしに忠誠心があったかどうかといえば、まあ怪しいところだ。

 もともとは脅して無理矢理従わせたのである。

 そこに忠誠などあるわけもない。


 そんな貞宗もあの日、本能寺にいた。

 なのでこれまでの褒美ということで、わたしの首を打たせてやったのだ。


 その後は好きにしろということにしてやったのだけど、どうやらちゃんと一乗谷までわたしの首を運んでくれたらしい。


 朝倉家が滅亡した際には、雪葉たちと行動を共にして徳川家に仕えたとは聞いていたけれど、こうして会うのは生まれて初めて、ということになる。


 転生しているので何やら妙な表現にはなるが、間違いではない。


「というかおまえ、ほんとうにさだむねなのか? なんでぼうずなんだ?」


 十五年もたてば色々あるだろうが、これはちょっと予想していなかった。


 というかちっとも老けてないな。

 貞宗の奴。


「わたしのくびをおとしたから、ざいあくかんでもおぼえたのか?」


 だとしたら殊勝な心掛けなのだが。


「そういうわけではありませぬが……。あと、今は天海てんかいと名乗っています」


 なんだ。

 何とも思っていなかったのか。


 つまらないな……って、今妙な名前を名乗らなかったか?


「てんかい?」


 天海っていうと、あの南光坊なんこうぼう天海のことだろうか。


 あれは確か、明智光秀が実は生きていて天海の正体がそうだとか……いやいや、あれは俗説か。

 出自はよくわからないけど、とにかく徳川家に仕えた僧侶だったことは間違いないはず。


 それが実は貞宗だったとは。

 わたしもびっくりである。


「ぶしはやめたのか」

「主様、貞宗が僧となったのは()()()()()を避けるためです」


 無用な疑い?

 朱葉の言葉にわたしは首をひねる。

 ちょっと意味がわからない。


「不義密通などと噂されては面倒ですから」


 とは雪葉の言。


 ふぎみっつう……。


「…………」


 待て待て。

 それはつまり……いやいや。


 でも……だけど……やっぱりそういうことなのか……?


「おいさだむね、まさか――」


 一つの可能性に思い当たり、わたしは貞宗を問い詰める。


「主様の魂は貞宗の中にあったのです。であれば当然――」


 うわあ。


 朱葉がしたり顔で補足説明してくれたが、ちょっと頭が真っ白になってしまった。


 貞宗は黙して何も言わないし。

 雪葉はいつも通りだし。


 つまりそういうことか。


「……まさに呪い、ですな」


 わたしが気づいたと悟ったのか、貞宗の奴はそんなたわけたことを口走る。

 もう間違いない。


 ――わたしの母親は雪葉で間違いない。

 もちろん本人は自分を母親とは思っていないだろうけど、その役は甘んじて受け入れている。


 では父親は。

 当然それは、あのどこか憎めない徳川秀忠だと思っていた。


 生前、わたしは雪葉に徳川家康の調略を命じていたことがある。

 その縁で、家康がわたしに臣従した後も、雪葉には上杉に加えて徳川の外交的な相手をさせていたのだが、そういった経緯もあって雪葉は徳川家臣であった大久保おおくぼ忠隣ただちか知己ちきを得ることになったという。


 そしてその忠隣は文禄二年に秀忠の側近となり、相模国さがみのくに小田原おだわら六万石を得て、徳川家中において権力を伸ばしていくことになるのだが、その忠隣の縁やら薦めもあって、雪葉は秀忠の正室になったらしい。


 なかなかの偶然だと思って聞いていたのだけど、それが狙ってやったことであったとすれば。


 わたしを復活させるのに貞宗の存在が不可欠であると、朱葉などは事前に気づいていたはずだし、にもかかわらず秀忠の正室になってから子を作った、ということは……ううむ。


 徳川秀忠は十中八九、わたしの実の父親ではないのだろう。

 しかしそのように刷り込ませた、というわけだ。


 理由はその方が都合がいいから。

 それ以外に考えられない。


 雪葉にしろ朱葉にしろ、わたしによりよい環境を提供するためだけに、徳川家を利用してのけたのだ。

 そして本当の父親は、目の前の男、というわけか。


 何ともはや、である。


 そう思うと、あれほどわたしに愛情を注いでくれている秀忠などは哀れに思うし、貞宗とてある意味で同じだ。

 自身の立場を決して明言できないわけだから。


 そして頭まで丸めてしまった。

 まったく女というのは恐ろしい。

 わたしのためとはいえ、よくもここまでするものである。


 ……まあ、いい。

 わたしに尽くす者には応える。


 それがわたしの基本方針だ。

 今も昔も変わらない。


 例え実父でなかろうとも秀忠のことは父親として扱ってやるし、貞宗はこれまで通りこき使う。


 それでいい。


 あとはわたしが成長すれば、如何様にもできるというものだ。


 しかしわたしの周囲で特に口うるさい二人が揃いも揃って親になるとは……まあ世の中そんなものか。

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