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第117話 紅葉の疑念


     ◇


 慶長十年九月二日。


 江戸城を包囲していた紅葉率いる鎮守府軍別動隊の元に、幕府方の援軍迫るとの報がもたらされていた。


「まだ後詰を残していたとは、さすがに物量では侮れませぬな」


 神妙な顔になる最上義康へと、戸沢政盛なども如何にもと首肯してみせる。


「連戦連勝とはいえ、我らとて消耗が無いわけでもありませぬからな。こうも底なしの兵力を有する敵と相対するというのは、戦慄する思いでもあります」

「何を泣き言を言っておるのじゃ?」


 敵の新たな援軍の報に眉をひそめていた側近二人を、一人場違いな陽気な様子で一蹴するのが、紅葉その人であった。


「先の敵など物の数では無かったではないか。統率もろくにとれておらず、まさに鴨が葱を背負って来たようなものであったのだぞ? 疲れる道理がどこにあると言うのじゃ」

「はあ。まあ、奥方様からすればそうでしょうが」


 義康などは呆れつつも、如何にもこの姫らしいとしか思う他無い。


「で、敵は如何ほどなのじゃ?」

「小田原に入った援軍は、およそ五万ほどであると」

「なに、五万」


 思わぬ敵数に、政盛は目を剥いた。


「これは……さすがに分が悪いのではありませぬか」

「なに、こちらは二万もおる。所詮、敵は烏合の衆。軽く蹴散らしてくれよう。……ちなみに敵の総大将と、その後の動きはどうなっておるのじゃ?」

「それがですな」


 やや苦い表情をみせてから、義康は先に知り得ていた情報を開示する。


「援軍の総大将は、豊臣秀頼とのこと」

「なんと!」


 思わぬ名前に、他の諸将も声を上げずにはおれなかった。


「大坂が幕府に与したと申されるのか!」


 大坂の豊臣家は、表面上は幕府と事を構える様子は無かったものの、その経緯から決して良好な関係とは言い難い。

 幕府からしても、潜在的な脅威であったはずなのだ。


 上杉にとって、豊臣や真田といった勢力は、例え自分たちと協調することはなくとも、ただそこに存在しているだけで、幕府を牽制できる意義がある存在であった。


 それが明確に幕府に与してその陣頭に立つとなると、これは由々しき事態である。


「ふむ。同じ轍は踏まぬというわけじゃな。少しは考えてはあるのう」


 先に江戸城に来援した援軍が、紅葉率いる別動隊に悉くあしらわれたのは、それを率いていた総大将の不調に原因があった。


 病をおして出陣した松平忠吉ではその統率力が及ばず、各個撃破される要因になってしまっている。


「扱い辛そうな西国の諸大名どもをまとめるには、幕府よりも豊臣家の方が良いのやもしれぬな」


 その点に関しては納得し、感心した紅葉ではあったが、しかしすぐにも小首を傾げることになる。


「とはいえ豊臣秀頼といえば、まだ童では無かったかのう?」

「恐らく初陣でしょう」

「そのような者に、まともな采配ができるとは思えぬぞ?」

「恐らく旗頭としてだけあって、あとは周囲が支えれば問題は無いと考えているのでしょう。従っている者の中には、福島正則や池田輝政、伊達政宗といった面々がおりますからな」

「ふむ。まあよかろ。敵が誰であろうと、蹴散らすのみじゃ」


 やはり呑気に頷く紅葉ではあったが、いつものことである。

 しかしそんな表情の中でも頭の中では、恐らく悪辣な思考が渦巻いていることだろう。


 少なくともそうやって、先の幕府方の援軍を壊滅させたことは、諸将の誰もが認めるところである。


「で、その援軍とやらは、真っ直ぐにこの江戸城を目指しておるのか?」

「報せによりますと、どうも兵をいくつかに分けたようですな」

「ほう? 詳しく申せ」

「一隊は北上し、どうやら河越城を指向しているとのこと」

「……ふむ?」


 そこで紅葉は首をひねった。


「まことに?」

「報せでは間違い無しと」

「それは主力が河越に向かったということか?」

「いえ。一万ほどの別動隊であるとのこと」

「……解せぬのう」


 紅葉からすると、その敵軍の動きの意図がよく分からなかった。


 せっかく五万もの大軍で押し寄せてきたのだから、まずは江戸城を囲んでいる二万の鎮守府方の別動隊を叩く方が、理に適っている。


 事実、先の援軍は真っ先に江戸城を目指して来たのだ。


 現在、河越城には四万の主力がおり、ここに一万程度が援軍に向かったところで、何ができるというのか。


「ふむう。何やら気にくわぬ」


 そもそもにして紅葉自身、二万の兵力で江戸城を囲ってはいるが、これで落城せしめるとは夢にも思っていない。

 江戸城は、敵の増援を引き付けるための餌に過ぎないのだ。


 当初から幕府方の援軍は予想されたことであるし、これを撃退しないことには、江戸城攻略などままならぬと分かっている。


 そして今回、まず落とすと決めたのは河越城の方なのだ。


 主力をもって一気に攻め落とし、その間、紅葉の別動隊は囮となって、敵の増援を引き付け、味方の攻城を邪魔させないことを旨としている。


 先の敵の援軍などはあまりに連携を欠いていたため、つい叩き潰してしまったが、本来ならば引き付けるだけでも十分だったのだ。


 ところが今回、河越城を目指している一隊がいるという。


 敵の失策のような気もするが、敵方の将には名だたる猛将が名を連ねている。

 兵力分散の愚を、知らぬはずもないのだが……。


「政盛、河越城の状況は?」

「未だ落城の報は届いてはおりませぬ」

「我が夫殿め、何を手こずっておるのやら」


 これほど河越城攻略に手間取っているのは、紅葉にしてもやや計算外だったと言える。


 籠っている総大将は、徳川秀忠。

 家康ならばともかく、戦下手の秀忠である。


 景勝ならばどうとでも攻略すると思っていたのであるが、なかなかどうしてそうもいかないらしい。


「そうはおっしゃいますが、奥方様。河越城といえばかつて、関東連合八万の兵力をもってしても落とせなかった城でありますぞ。容易にはいきますまい」

「あれは攻め手が無能であったからであろうに」


 やや愚痴っぽく、紅葉は唇を尖らせる。


「……まあ、良いわ。敵方の兵力が減ったのであれば、こちらも楽になるでの。此度も叩き潰し、夫殿を楽にしてやるとするか」

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