6話「港、鍛冶屋夫婦との出会い」
「クシュン!」
朝日が山の峰から顔を出す。
昨日、公爵家を出た私は港街に向かいました。アル様の住むルーデンドルフ帝国は南の海を渡ったブルーメ大陸にあるからです。
徒歩で港街に向かったので、港街に着いたのは夜でした。
宿代がなかったので親切な方の民家の軒先を借り夜露をしのぎ、今に至ります。
早朝の空気はとても澄んでいます。民の朝は早く日の出とともに始まると聞きます。もうすぐ通りも賑わうでしょう。
昨日までの私はこの時間、最高聖女として水晶に祈りを捧げ結界を張っていました。
今日からは妹のミラがその役目を果たすのですね。
一晩経ったので魔力が戻ってきました。結界を張るのに使っていた魔力で回復魔法を使えます。
船医として雇って貰えれば、船にただで乗せてもらえるかもしれません。
民家の女将さんにお礼を伝え、大通りに向かいました。港に行くためです。
「ひゃっ……!」
「うわっ……!」
「なんだいいったい?」
よそ見をしていたので人にぶつかってしまいました。
「すみません!」
ぶつかったのは四十代前半位の男女でした。男性は赤い髪に濃いあごひげのがっしりした体型、女性はオレンジの髪のふくよかな体型でした。
「いたた……」
男性が顔をしかめ腰に手を当てます。そんなに強くぶつかってしまったでしょうか?
「申し訳ありません、よそ見をしていて……お怪我はありませんか?」
「いやこの痛みは、お嬢ちゃんのせいじゃねぇんだ」
「この人鍛冶屋をやってるんだけど、腰をやっちまってね。それでこの国の聖女様を頼ってはるばるルーデンドルフ帝国から来たのさ」
「だが、評判の割には効果は今ひとつだったな。金髪碧眼の若い聖女様に回復魔法をかけてもらったんだが、一時的に痛みが和らいだだけだったよ」
「ミラ様とかいったかね? えらく高飛車な聖女様だったねぇ」
お二人を治療した聖女はミラだったのですね。
「わざわざ隣の大陸から来て、大金叩いて聖女様に治療してもらったのにこのざまさ」
男性が眉間にしわを寄せ腰に手を当てる。
「あたしも亭主のついでに手のしびれを治療してもらったんだけどね。治ったのほんの一瞬、数時間したらまたしびれてきたよ」
女性の左手を見るとぷるぷると小刻みに震えていた。
「それは申し訳ありませんでした」
この国の聖女を頼って遠くから来てくださったのに、お役に立てなかったなんて……! ミラの姉として、元最高聖女として責任を感じます!
「なんでお嬢ちゃんが謝るんだ?」
「あんたが気にすることじゃないよ」
二人がキョトンとした顔で私を見る。
「あのよかったら私に治療させてもらえませんか?」
「えっ? お嬢さんも回復魔法が使えるのかい?」
「はい少しですが、お二人にぶつかってしまったお詫びもかねて治療させてください」
このまま二人を帰すなんて私にはできません。
「俺は別に構わねぇが、なぁゲレ」
「あたしもあんたがいいなら、構わないよ」
「ありがとうございます」
お二人に許可を頂いたので、早速回復魔法をかけた。
「旦那様は腰でしたね? 最大・回復」
男性の腰に手を当て呪文を唱える。淡い光が男性を包み込む。
「嘘だろおい、こんな若い娘が最上級の回復魔法を……!」
男性は目をぱちくりとさせている。
「奥様は左腕でしたね? 最大・回復」
女性の左腕を淡い光が覆う。
「患部の調子はどうですか?」
回復魔法を唱えたのは十年ぶりなので、正直自信がなかったのですが。
「全然痛くねぇ! それどころか腰を痛める前より調子がいいぞ! 二十代に戻ったみてぇだ!」
「腕が自由に動くわ! しびれはどこにいってしまったの!?」
男性は腰を後ろに反らしそのままバック転をした。女性は左腕を振ったり、ぐるぐる回したりしている。
二人の表情がほころんだのを見てホッと胸を撫で下ろす。
十年ぶりに回復魔法を使ったので、うまくいく心配でしたが、ちゃんと治療できて良かったです。
「お嬢ちゃんありがと! あんたすげぇな!」
「長年のしびれが嘘みたいに治ったわ! ありがとう!」
二人に手を握られてお礼を言われた。
人に感謝されるのは久しぶり、なんだか背中がむず痒いです。