短編4「リアーナお料理を習う」
うららかな日差しの差し込む、ある日の出来後。
「ゲルダさん、お料理を教えて欲しいんです!」
リアーナは友人であるお針子のゲルダを訪ねていた。
「それは構わないけど、突然どうしたんだい?
はは〜〜ん、さては恋の悩みだね?
好きな人の胃袋をつかもうと……」
こういうことに感の鋭いゲルダは、ピンと来たようだ。
「違います!
そういうのではなくて!」
リアーナは真っ赤な顔で否定した。
「その……お友達のことなんですが、お仕事に熱中させると食事を忘れてしまうようで、食事の間に食べるものを作りたいと思いまして……。
だから簡単な料理でいいので、教えて欲しいのです!」
「そういうことなら構わないけど、あたしが作る料理でいいのかね?
なんたって相手は皇太子殿下、高級なものを食べてるんじゃ……」
リアーナは「お友達」と言ったが、ゲルダにはアルドリックのことだとバレていた。
この国に、リアーナの「お友達」はアルドリックしかいないのだから……。
「そうですよね。
料理人の方に任せた方がいいですよね……」
リアーナは、「アルドリック様のことではありません!」と否定するのも忘れて、落ち込んでいた。
「ごめんよ、意地悪なこと言って。
さっきはああ言ったけど、料理は愛情だよ!
素朴な料理でも、愛情込めて作れば相手に伝わるよ!」
「ゲルダさん、それは本当ですか!?」
リアーナの顔がぱっと明るくなる。
「あぁ、本当さ。
任せときな、私がとっておきの料理を教えてあげるからね!」
ゲルダが腕まくりして、ウィンクをした。
「ありがとうございます!」
リアーナは深々とゲルダに頭を下げた。
◆◆◆◆◆
――今は使われてない調理場――
ゲルダが顔見知りの料理人に事情を話し、貸して貰った。
リアーナとゲルダは、三角筋とエプロンを装備している。
メイド服は……理由があって今日は着てない。
「調理場を貸していただけましたが、何を作ればいいでしょう?」
リアーナはお嬢様生活のあと、宮殿で聖女として働いていたので、料理の知識は皆無だった。
「そうだね、仕事の合間に食べるなら、クッキーとかマフィンとかそういうものはいいかね? 作るのも簡単だし」
「大変素晴らしいアイデアだと思うんですが、食べた人が元気が出るものを作りたいんです」
「元気が出るものね……」
ゲルダは顎に手を当て、「うーーん」と唸り声を上げ考え混んでいた。
「あ、リアーナ様!
ここにいたんですね!
この間、ハサミで指を切った時、治療してくださりありがとうございました!」
十代後半の女の子が調理場に入ってきた。彼女は庭師見習いとして宮廷で働き始めたばかりだった。
「そんな、私はヒーラーとして当然のことをしたまでです」
「でも、助けてくれたのは事実です!
これ、うちの庭で作ったハーブなんですけど、よかったら食べてください」
少々はハーブの入った籠をリアーナに手渡した。
籠の中にはタイムやオレガノやミントの葉が入っていた。
「まあ、いい香り。
いただいてよろしいのですか?」
「庭にたくさん生えてますから」
「では、遠慮なくいただきます」
「貰っていただけると、私も嬉しいです!
それでは、私はこれで!」
少女はペコリとお辞儀をすると、走って去っていった。
リアーナは、少女の後ろ姿を見送り笑顔で手を振った。
「あ〜〜、リアーナ様!
こちらにいらしたんですね!
探しましたよ!」
今度は二十代前半の女性が入ってきた。
彼女は宮廷で踊り子をしている。
「レッスン中に足を痛めた時、直してくれてありがとう!
おかげで大事な宴会をすっぽかさないで済んだわ!」
「その後、足の調子はいかがですか?」
「もう絶好調よ! 前よりいい感じ!」
「それを聞いて安心しました。
また、何かあったら遠慮なく訪ねてくださいね」
「ありがとう!
リアーナ様はマジで聖女だわ!
それで、これうちの実家の牧場で取れたチーズなんだけど、よかったら使って!」
「まあ、そのような気遣いはよろしいのに」
「気持ちだからさ!
受け取ってよ!」
「それでは、ありがたく頂戴いたします」
「じゃあね!」
踊り子は華麗なステップを踏みながら去っていった。
リアーナは、去っていく踊り子に笑顔で手を振った。
「リアーナ様、こちらにいらしたんですね?
この間は頭痛を治してくださりありがとうございました!
おかげで警備当番をサボらないで済みました!」
今度は若い兵士が入ってきた。
「うちのニワトリが産んだ卵なんですけど、使ってください。
朝どれなので新鮮ですよ!」
そんな感じで次々に人が訪れ、小麦粉や砂糖、バターや干し肉などを置いていった。
「新鮮な卵にバターにチーズにハーブに干し肉……リアーナはすごい人気者だね」
ゲルダは集まった食材を見て、感嘆の声を上げた。
「それは買い被り過ぎです。
私はヒーラーとして当然のことをしたまで、王宮の方々が義理堅いのです」
「良い人が多いのは確かだけど、リアーナの人柄もあると思うよ。
せっかくだからこれ、頂いた材料を使って料理しようか!」
ゲルダが思いついたように、胸の前で手を叩いた。
「それは素敵なアイディアですね!」
リアーナはとても嬉しそうに頷いている。
「でも何を作ればいいんでしょう?」
「とっておきの料理があるのさ。
チーズとハーブと干し肉入りのパン!
栄養があって日持ちもして、しかも美味しいと来てる。
仕事の合間に食べるには持ってこいさ!」
「まあ、そのような料理があるのですね」
「これだったら皇太子殿下の胃袋も掴めるはずだよ!」
ゲルダが親指を立て、片目をつぶった。
「胃袋をつかめるかどうか分かりませんが……。
アルドリック様が喜んでくれたらとっても嬉しいです」
リアーナはふわりと笑う。
「こんな可愛い子に思われて、殿下は幸せ者だよ」
リアーナはゲルダの言葉の意味が分からず、コテンと首を傾げた。
『今のリアーナの表情めっちゃ可愛かったね! 殿下にも見せたかったよ!』
◆◆◆◆◆
――皇太子の執務室――
「殿下……。
殿下……。
殿下……。
殿〜〜下っっ!
俺の声が聞こえてますか?」
書類に集中していたアルドリックが、のろのろと顔を上げた。
「カイルか?
僕は今日、珍しく仕事に集中してるんだ。
邪魔しないでくれ」
集中力が途切れ、アルドリックは不服そうだ。
「お仕事に集中……ですか?
それが……」
カイルが書類を指さした。
アルドリックが向き合っている書類には、リアーナ、リアーナ、リアーナ、リアーナと……繰り返し名前が刻まれていた。
「リアーナ不足だ……!
このところ、会議と遠方からの来客の対応が重なって、全然リアーナに会いにいけなかったから!!
リアーナ成分が欲しい!
リアーナを抱きしめて、彼女の髪の香りを嗅ぎたい!」
アルドリックは「はぁ〜〜」と深いため息をつき、机に倒れこんだ。
「ここまで来ると病気ですね。
少し休憩しましょう。
ちゃんと食事を取られてますか?
毎回食事を残されるので、料理長が心配してましたよ」
「リアーナがメイド服を着て、猫耳と尻尾をつけて、『はいあーん』で食べさせてくれたら食べる」
「それ、前回もやりましたよね?
っていうか猫耳と尻尾って何ですか?
要求が増えてますけど」
カイルがアルドリックに冷たい視線を向ける。
「この際、犬耳とかうさぎの耳でもいい!」
「そういう問題じゃねえよ。
……失礼、そういう問題ではありませんよ」
主君の変態さに、つい敬語を忘れ、素で突っ込んでしまうカイルだった。
「リアーナに会いたい。
リアーナを抱きしめたい。
リアーナに膝枕してほしい」
アルドリックがスンスンと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「重症ですね」
このままでは仕事どころか、健康にも重大な被害が及ぶと察したカイルは、リアーナを探しに行くことにした。
「リアーナ様を探してきます」
「カイル待て!」
アルドリックの目の下には大きなくまがあり、覇気のない表情で立ち上がった。
その姿はさながら幽鬼のようであった……。
「リアーナを探しに行くなら僕も行く……!!」
アルドリックは、長い髪で顔を覆い、カイルの袖をガシッと掴んだ!
カイルは「ひいっ」と悲鳴を上げそうになるのを、なんとか飲み込んだ。
「その髪型、怖いからやめてください!
というか……お疲れなんですから、部屋で休んでてください!」
「僕はリアーナの居場所が匂いでわかる!
僕を連れて行った方が早く見つけることができる!」
アルドリックは長い髪を、手を使わずに頭を動かすことで後ろに戻した。
「それ自慢気に言わないでください、キモいです!
絶対、本人には伝えないでくださいね!
ドン引きされますから!」
カイルは主の変態が加速してるのに若干引きつつ、アルドリックを部屋に残していくのも心配なので、一緒にリアーナを探しに行くことにした。
◆◆◆◆◆
城内をアルドリックとカイルが歩いていると……。
「リアーナ様、喜んでくれたかな? 僕が届けた小麦粉!」
「家で取れたハーブ、とっても美味しいの! リアーナ様が元気になってくれたら嬉しいわ!」
「家で作った干し肉も最高なんだよね! リアーナ様、きっと喜んでくれたよね!?」
二人は、何人かの使用人とすれ違った。
「なぜか皆、リアーナの話をしてるな」
「リアーナ様はお仕事にも真面目に取り組んでますし、人当たりが良いですし、お優しい方なので、人気者ですから」
「リアーナの良さをみんなが知って、慕ってくれるのは嬉しい!
……だが、リアーナの笑顔を僕が独占できないのが辛い! しんどい!
カイル、僕はこの気持ちをどうしたらいいんだ!!」
「俺にはどうにもできないので、ちょっと休んでてください」
推しが人気になるのは嬉しいが、自分以外の誰かが推しの良さに気づくのは悔しい……ファン心理に近いものがあった。
それだけアルドリックのリアーナへの独占力が強いということだ。
「こっちから、リアーナの匂いがする!」
ふんふんふんふん……とアルドリックが鼻を鳴らす。
「ふんふん、どんどんリアーナの匂いが強くなってる!」
鼻を鳴らしながら好きな人を探す皇太子ってのはどんなもんなんだろうと……カイルは疑問に思ったが口に出さないことにした。
リアーナに近づくにつれて、主の瞳に光が宿り、背筋がピンと伸び、肌と髪に艶が戻り、どんどん元気になっていくのが分かったからだ。
『リアーナ様からは、殿下限定の癒しの成分でも出てるんですかね』
「ここだ!
ここにリアーナがいる!
なんかとっても香ばしい匂いがする!」
「殿下、発言には気をつけてくださいね。
……確かに良い香りがしますね。
なんかこう、小麦が焼けるような……」
二人がたどりついたのは、リアーナとゲルダのいる調理場だった。
「見てごらん、上手に焼けたよ」
「わぁ、とっても綺麗な焼き色ですね」
ゲルダが竈から焼き立てのパンを取り出し、天板ごとテーブルの上においた。
ゲルダは少しパンを冷ましたあと、ミトン越しにパンを掴み、ケーキクーラーの上に乗せた。
「これだけ上手にできたんだ!
きっと殿下も喜んでくださるよ!」
パンが上手に焼けてゲルダは上機嫌だ。
「そうだといいのですが……」
リアーナは、期待と不安の入り混じった表情でパンを見つめていた。
「ここまで手伝っていただいて申し上げにくいのですが……。
パンを作るのに、王宮以外の食材を使ってしまいました。
そのようなものを、アルドリック様に差し上げて良いのか、今になって気になってしまって……」
「あーそうだね。
そのことを考えていなかったね」
「すみません。
私の中では、アルドリック様は幼馴染の男の子のままなんです。
その感覚が抜けなくて、彼が皇太子であることを忘れていました。
このパンを食べて、アルドリック様の身にもしものことがあったら、ゲルダさん達にもお咎めが……」
「私たちのことまで心配してくれるのかい?
ありがたいね。
じゃあ今回は、殿下に届けるのやめて、二人で食べちゃおうか?」
「たくさんありますから、食材を分けてくださった皆様にも、お裾分けしましょう」
「それはいい考えだね」
そんな様子をアルドリックは、建物の外で聞いていた。
「ちょっと待ったーーーー!!!!」
アルドリックは扉を開けた。
突然アルドリックが部屋に入ってきたので、リアーナとゲルダは困惑している。
特にお針子に過ぎないゲルダは、皇太子の登場に顔が青ざめている。
「アルドリック様、どうしてこちらに?」
「あ〜〜、その、ほら……あれだ。
たまたま、散歩してたら、ここからリアーナの声が聞こえてね……。
そう、偶然だよ……!」
「まあ、そのような偶然があるのですね」
リアーナがアルドリックの言葉を疑うことはなかった。
この二人は天然なんて、いつもだいたいこんな感じだ。
カイルは、「殿下がリアーナ様の匂いを辿って来た変態だと知ったら、リアーナ様らどのような反応をするか……」と、ツッコミたい気持ちを抑えつつ、二人を生暖かい目で見守っていた。
「それより!
リアーナが僕のために作ってくれたパンを、他の人に渡すって話が聞こえたんだけど!」
アルドリックは話を本題に戻した。
「アルドリック様、今のお話聞いていたんですか?」
こっそりアルドリックのために料理をしていたことがバレてしまい、リアーナは少し気まずそうである。
「たまたま、偶然、聞こえてしまっただけ!
別にドアに耳を押し付けて、聞き耳を立てていたわけではないよ!」
もう全部バラしているようなもんだが、リアーナには伝わらない。彼女は天然だから。
「君が僕のために作ってくれた料理だよね?
全部僕が食べたいんだ!
他の人にあげるなんてダメだ!」
アルドリックは、「リアーナの手料理を全部僕のものにしたい!」という気持ちでいっぱいだった。
「アルドリック様のお気持ちは嬉しいのですが……」
リアーナは困ったように眉を下げた。
「パンに使った食材は、王宮で用意されたものではありません。
知り合いの方々が善意で届けてくれたものです。
それを食べてアルドリック様が体調を崩したら……。
私だけでなく、料理を教えてくださったゲルダさんや、食材を届けてくださった方々にもご迷惑がかかってしまいます。
ですから今回は……」
「君が作ったものを食べて死ねるなら本望だ!!」
アルドリックがリアーナの手を握り、真剣な表情で伝えた。
急に手を握られ、リアーナの心臓がドキドキと音を立てる。
「あーーいや、そうじゃなくて……。
君の知り合いがお礼にくれたものを、君とゲルダが料理してくれた。
その気持ちがとても嬉しいから無碍にしたくないんだ
君の知り合いに悪い人がいるはずないからね」
「アルドリック様は、お城で働く方々を、とても信頼されているのですね」
「あーー、うん、まぁ……そうだよ」
アルドリックが信頼しているのは、リアーナだけなのだが、アルドリックはあえて言葉にしなかった。
「それに、僕に万が一のことがあったら、君が治療してくれるだろ?」
「それはもちろんです!」
「じゃあ決まりだね。
君が作ってくれたパンは、僕が全部食べるよ!」
「ここに、あるものを全部お一人で、ですか?」
パンは五〜六人前はあった。
「うん、全部一人で食べる!
一つも残さない!
何日かけても食べる!」
「日持ちするように作りましたが、それではパンがいたんでしまいます」
「そうなっても食べる!」
「そういうわけには……。
やはり何人かで分け合った方が……。
お毒見も必要ですし」
「駄目だ!
絶対他の人にはあげない!
僕は、君が作ったものを信頼してる!
だから毒見なんて必要ない!」
アルドリックが余りにも譲らないので、リアーナはどうしていいか対応に困っていた。
「そういうわけにも行かないでしょう?
殿下、無茶振りはいけないですよ。
では、毒味は俺がしますね」
カイルが、焼きたてのパンを手に取り、少しちぎって口の中に入れた。
釜から取り出してから少し時間が経っていたので、パンは程よく冷めていた。
「チーズと干し肉の味をハーブがいい感じにまとめていますね!
これはすごく美味しいです!
毎日食べたいぐらい!」
「カイル様、そのように言っていただけて嬉しいです」
カイルの感想を聞いて、リアーナは微笑みを浮かべた。
「こらカイル!
勝手に食べるな!
それに僕が言いたかったことを先に全部言ってる!!
リアーナの手料理を毎日食べたいっていうのは、僕が最初に言いたかったことなのに!!」
「そうは言っても毒見は必要ですよ。
ご自身の立場をお考えください。
感情を優先して周りへの配慮を怠ってはいけませんよ……もぐもぐ」
「食いながら喋るな!!」
アルドリックとカイルの、いつものコントのようなやり取りが続く。
「アルドリック様、パンを気に入っていただけて大変嬉しいのですが、私もゲルダさんもまだ味見をしてないのです。
一つ頂いてもよろしいでしょうか?」
リアーナがアルドリックの服の袖を、少しだけ摘み、上目遣いで見つめてくる。
その仕草があまりにも可愛くて、アルドリックがキュン死するところだった。
「……………〜〜〜〜っ!」
「アルドリック様、どうなさいました?」
「君の仕草が可愛すぎて、あやうく天に召されるとこだった……!」
「……?」
幸か不幸か、アルドリックが言いたいことは、リアーナには半分も伝わっていない。
リアーナはキョトンとした顔でアルドリックを見つめていた。
「ああ、その顔も可愛い!
衝撃が強すぎる!!」
「アルドリック様……?」
「ああ、ごめん!
こっちの話だ……」
アルドリックは一度大きく息を吐き、呼吸を整えた。
「パンの味見のことだったね?
もちろんだよ!
制作者には食べる権利がある!」
「ありがとうございます、では一ついただきます」
リアーナはパンを一つ手に取り、ゲルダに手渡した。
「どうぞ、ゲルダさん」
「皇太子殿下がこのパンにかなり執着してるようだけど、食べていいのかね」
ゲルダが小声でリアーナに尋ねた。、
「もちろんです。
アルドリック様の許可を得ています。
それに、彼はパン一つで怒るほど、心が狭い方ではありません」
アルドリックが寛容なのは、リアーナだけだろうと思ったが、誰も突っ込まなかった。
「それじゃあ、ひとつだけ」
ゲルダはパンを受け取り、ちぎって口の中にいれた。
「うん、これはとっても美味しい!
今まで食べた中で一番かもしれないね!」
「そんなにですか?」
一緒に作ったゲルダが、パンを絶賛しているのが、リアーナは嬉しかった。
「もしかしたら、リアーナについてる精霊の加護かもしれないね?」
「私についてる精霊……?
私の描いた絵の伝説上の生き物のことでしょうか?」
リアーナが描く絵には不思議な力が宿る。
パン焼き釜に精霊が宿り、力を貸してくれたとしても不思議ではない。
「本当に、そのようなことがあったら嬉しいですね」
リアーナ自身は、自分の絵の効果についてあまり自覚していないようだ。
「リアーナも食べてみなよ」
「では、私も一ついただきます」
リアーナはケーキクーラーからパンを一つ取り、手で少しだけちぎって頬張った。
「これは……!」
チーズの濃厚さと新鮮な小麦がパンの香ばしさを引き立てていて、干し肉が程よい食感を与えている。
ハーブが干し肉とチーズの臭みを消し、上手く調和していた。
「とっても美味しいです!
これもゲルダさんの指導と、新鮮な食材を届けてくださった皆さんのおかげですね」
リアーナがふわりと微笑む。
アルドリックはその天使の微笑を見ているだけで、心身が癒されていくのを感じた。
「アルドリック様、私の顔に何か?」
リアーナはアルドリックの視線に気付いた。
「いや、君はとっても美味しそうに食べるから、僕まで嬉しくて」
アルドリックの素直な感情表現に、リアーナは頬を赤らめた。
「立ったまま食べるなんて、淑女としてはしたなかったでしょうか……」
「僕はいいと思うけど。
淑女らしく振る舞う君も好きだし、料理をした後、味見をする為に立ったまま食べる君も好ましく思う」
「……!」
リアーナの顔はみるみる赤くなっていく。
『アルドリック様の今の言葉に深い意味はきっとないんです!
それなのに、私だけが意識してしまって……!』
リアーナの心臓はうるさいくらいドキドキと音を立てていた。
「毒見も済みましたので、どうぞアルドリック様もお召し上がりになってください」
リアーナは話を逸らすことにした。
「毒見だなんて言わないで。
僕は君にそんなことさせないよ」
「では、味見をしました」
「うん、その方がいいな」
アルドリックはにこっと笑う。
「できればリアーナの食べかけのパンが欲しいな。
手でちぎったのじゃなくて、口でパクッと食べたやつの残りを僕にくれない?」
「はいっ……?」
「殿下、心の声がただ漏れですよ。
いくらリアーナ様が天然でお優しいからと言って、さすがにその発言には引かれます」
カイルの鋭いツッコミにアルドリックは、ゴホンと咳払いした。
「リアーナ、ごめん!
い、今のは何でもないから……!」
「もしかして毒見……いえ、味見が済んだものでないと、アルドリック様はお召し上がりになれないのでしょうか?
でしたらこちらをどうぞ」
リアーナは何の疑いもなく、自分の食べかけのパンをアルドリックに差し出した。
『リアーナ、なんて素直なんだ!
君の食べかけのパンが貰えるなんて感無量だ!
できたら次は口でパクッとやったやつが欲しい!
でも、二回も言って、変態だと思われたくないから黙っておこう!』
アルドリックは心の声を口に出すことを、堪えた。
「ありがとう、大事に食べるね!
よかったら、僕の部屋で一緒に食べない?
パンに合う美味しいお茶があるんだ」
「お申し出は嬉しいのですが、後片付けもありますし、それにアルドリック様にはお仕事が……」
リアーナの肩をゲルダがちょんちょんと叩いた。
「リアーナ、ここは大丈夫だから行っておいでよ」
「ゲルダさん。
でもお料理を教えていただいた上に、後片付けもしないなんて……」
「リアーナ、後片付けのことが心配なの?
それなら、僕が使用人を手配するよ。
片付けは他の者にやらせるから、ゲルダも休んでいいよ。
後でお礼を届けさせるからね」
「殿下、私のような者にまでお気遣いくださり、ありがとうございます」
ゲルダは三角筋を取り、深々と礼をした。
こうして、リアーナの外堀りは確実に埋まっていくのであった。
「ところでリアーナ、今日はメイド服じゃないんだね」
リアーナは普段着の上にエプロンをまとっていた。
『三角筋とエプロン姿のリアーナも可愛いんだけど、メイド服の破壊力には負ける!
もう一度、リアーナのメイド服が見たかった!!』
「あっ、それは……」
リアーナの頬が赤く色づく。
「あたしは新作のメイド服を勧めたんですが、リアーナが殿下以外の方に見せたくないと言いましてね」
「ゲルダさん、その話は内密に……!」
「殿下には内緒だったね、ごめんよ」
アルドリックの脳内は混乱していた。
『ゲルダは新作のメイド服を用意していたのか?
なんて気が利くお針子だろう!
給料アップしよう!
……いや、そうじゃなくて!
リアーナがメイド服を着るのを拒否したのは、僕以外の人に見せたくないから!?
それって、この前僕が言ったこと覚えていてくれたってこと?
それとも他にも意味が……』
「私はヒーラーですから。
何度もメイド服を着ては、本職の方にご迷惑を……」
そう言い訳するリアーナの顔は、耳まで真っ赤だった。
「そ、そうなんだね」
『そんな遠慮しなくていいのに!
もしかして二人きりの時に頼めば、
メイド服を着て貰えるかも!?
ものすごく必死にお願いして、土下座をすれば、猫耳と尻尾もつけてくれるかも……!?
見たい!
猫耳と尻尾のついたリアーナのメイド服姿を見たい!!』
「殿下、鼻の下が伸びきってますよ。
そんな顔ばかりしていると、リアーナ様に嫌われますよ」
カイルにツッコミを入れられ、アルドリックは煩悩を振り払った。
『今日はリアーナが僕のために手作りのパンを作ってくれた!
それで十分だ!
……メイド服めっちゃ見たかったけど!』
「行こうリアーナ、テラスで食べたらきっと美味しいよ」
アルドリックはカイルにパンをテラスまで運ぶように指示を出し、リアーナの手を取った。
『時間を止める魔法があるなら、パンが腐らないように魔法をかけて、未来まで保存しておきたい!』
そんなことを考えながら、アルドリックはリアーナをエスコートした。
◆◆◆◆◆
――後日――
パンの食材を提供したものには、金と銀の食器セットという破格の報奨が与えられた。
ゲルダは報奨金と休暇をもらって、旦那と二人で温泉旅行に出かけた。
アルドリックはと言うと、リアーナの作ったパンがやみつきになって、時々おねだりしている。
◆◆◆◆◆
「殿下、本日のお食事ですが……」
「リアーナの食べかけのパンが欲しい!」
「キモっ」(ドン引き)
「主に対して不敬だぞ! それからゴミを見る目で人を見るな!」
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――後書き――
・いつか番外編でもかっこいいアルドリックを書きたい!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【お知らせ】
『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』
コミカライズ版の第8話が本日7月3日に配信されました!
茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。
コミカライズでも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただければ幸いです。
・作画:茶賀未あと先生
・原作:まほりろ
・配信先:コミックシーモア(先行配信)
◆
【その他ストアでの配信】
以下のストアでは7月10日より配信開始予定です。
・BOOK☆WALKER
・Renta!
・pixivコミック





