短編2「リアーナの休日! 猫カフェに行こう!」アルドリック視点
コミカライズ配信前に完成していたのですが、投稿するタイミングを完全に見失っておりました。
――アルドリック視点――
「今日はリアーナが応急魔導士のヒーラーとして働き始めて、初めての休日だ!
なので彼女をデートに誘おうと思う!」
「殿下、それはよろしいのですがお仕事は片付いたのですか?」
「問題ない。
二日徹夜して片付けた!」
「殿下はリアーナ様が絡むと根性発揮しますね。
いつもそうだとよろしいのですが」
カイルが眉根を寄せ、ため息を吐く。
奴の小言はいつものことなので無視だ。
リアーナがルーデンドルフ帝国に来て二週間ほど過ぎた。
彼女が王宮魔導士団でヒーラーとして仕事を始めて一週間ほど経つ。
今日はリアーナの初めての休日だ。
「それで朝からリアーナ様を尾行してるんですね。
はっきり言ってストーカーですよ」
「お前は相変わらず歯に衣を着せないな……。
僕は声をかけるタイミングを見計らってるんだ!」
リアーナは食堂で朝食を終えたところだ。
きっとこれからアトリエに行って絵を描くだろう。
そこに行けばデートに誘える!
いや、せっかく密室で二人きりに慣れるのだからもっと色々……。
「リアーナ様、こんなところでお会いできるなんて奇遇ですね!」
「まあ、あなたは……えっと……?」
僕が妄想に耽っている間に、何者かがリアーナに声をかけていた!
「第三騎士団に所属してるルークです!
先日は足を治療していただき、ありがとうございました!」
「そうでしたわ、騎士団員のルーク様」
「一介の騎士に過ぎない俺に、『様』なんて不要です」
騎士服を着たチャラ男が、白い歯を見せニコリと笑う。
「そうなのですか?
ではルークさんと呼ばせていただきますね」
リアーナがチャラ男をさん付けに……!
「誰だ!
あのキザな男は!?
僕のリアーナに話しかけるとはいい度胸だ!
その上、『ルークさん』呼びだと!?
僕でさえまだ様付けだというのに……!!」
隠れていた柱を思い切り掴んだら、バキッと音を立てて崩れた。
「殿下、城を破壊するのはやめてください。
彼はルーク・タニス。
男爵家の次男ですよ」
「男爵次男ごときが、僕のリアーナに声をかけただと……!」
ドカッ……! 僕が柱を殴るとその部分に亀裂が走った。
「だから、城を破壊しないでください。
リアーナ様、今の身分は平民。
男爵家の次男の方が、皇太子である殿下より身分の釣り合いが…………」
僕が睨むと、カイルはそれ以上言葉を紡ぐのをやめた。
「誰であろうが、リアーナに話しかけることは許さない!」
許さん、許さん、許さん、許さん、許さん、許さん、許さん、許さん、許さん……! 断じて許さーーん!!
「あの、もしよろしければこれからお茶で……も、……ひぇっ!!」
僕の放った殺気に騎士が気づいたようだ。
騎士は僕と目が合うと、真っ青な顔で数歩後ずさった。
「す、すみません!!
俺これから訓練があるので失礼します!!」
騎士は慌てふためいた様子で逃げていった。
「ふっ、身の程知らずめ!」
邪魔者が消え、空気が良くなった。
「ルーク・タニスとかいったな。
奴には後日地獄の特訓を受けさせてやる!」
「殿下、公私混同はいけませんよ」
カイルが眉間に皺を寄せ、大きく息を吐いた。
「ああいう輩が出ると困るから、リアーナの勤務初日に『僕の幼馴染で大切な存在だ。気安く声をかけないように!』と牽制したのに!」
「まあ、鈍感な人間というのはどこにでもいますから」
「こんなことなら、リアーナを僕の婚約者だと紹介すれば……!」
「それはいかがなものかと思いますよ」
「ならせめて婚約者候補、いや恋人だと伝えておけば良かった!」
皇太子の恋人をナンパする騎士はいないだろう!
「殿下のリアーナ様へのお気持ちはわかりました。
まずはリアーナ様のお気持ちを、自分に向けるところから始めてください。
そうしないと、交際を強要するセクハラくそ上司になりますよ」
カイルは相変わらず辛辣だ。
「分かっている!
だから今日リアーナをデートに誘おうと……!
ってリアーナがいない!」
「リアーナ様なら、先ほどお庭の方に向かわれました」
「それを早く言え!
追うぞ、カイル!」
俺はカイルを伴い、リアーナの後を追った!
◇◇◇◇◇◇
中庭に行くと、リアーナは花壇の前にいた。
どうやら彼女は花の観察をしているようだ。
花を愛でる姿はまるで女神のように神々しい!
「リアーナはいま一人だ!
声をかけるチャンス!」
そう思って彼女の元に走って近づこうとしたのだが……。
「おう、リアーナじゃねえか!
久しぶりだな!」
「聞いたよ!
王宮魔導士のヒーラーになったんだってね!」
「ドミニクさん、ゲルダさんお久しぶりです」
僕がリアーナに声をかける前に、中年の夫婦が彼女に声をかけていた。
話しかけるタイミングを逃し、僕は花壇の陰に隠れた。
「くうう……! またしても先を越された!」
「リアーナ様と話しているのは、鍛冶師のドミニクさんと、お針子のゲルダさんですね」
あの二人は、無一文のリアーナをこの国に連れてきた大恩人。
だから無碍にはしたくない。
「呼び捨てにしたら失礼だよね。
リアーナ様は皇太子殿下の幼馴染で……」
「元ハルシュタイン王国の公爵令嬢だったんだからな。
リアーナ様は、俺たちとは住む世界が違うからな……」
「そんなことおっしゃらないでください。
今の私は実家から勘当されて平民。
確かにアルドリック様は優しくしてくださいます。
ですが、彼はただの幼馴染。
彼と仲良くしているからといって、私が偉くなったわけではありません」
誰にでも分け隔てなく接するなんて、リアーナは優しいなぁ!
でも……彼女に「ただの幼馴染」と言われるのはしんどい!!
「ですから私のことは今まで通り、『リアーナ』と呼んでください!」
「そうかい。
じゃあ、お言葉に甘えてそう呼ばせてもらおうかね」
「リアーナを様付けするのには、慣れなかったんだよ」
「そうしていただけると、私も嬉しいです」
そう言って彼女はにこやかに微笑んだ。
はぁ……笑顔がキュートだ!
あの笑顔を独占したい!!
「リアーナ、今日は仕事じゃないのかい?」
「はい、週に二日ほどお休みを頂いております」
「そうかい、ちょうど良かった。
あたしたちも今日休みなんだよ」
「今から街に出かけるんだが、リアーナも一緒に来ないか?
…………に行くんだけどな。
リアーナに会わせたい奴がいるんだ」
「私に会わせたい方ですか?」
「ランスロットっていう十七歳のイケメン……なんだが。
今……でな」
「それは気になりますね。
ぜひ、お会いしたいです」
あの夫婦は十七歳のイケメンをリアーナに紹介しようとしているのか!?
リアーナもそいつのことが気になっているのか!?
「ぜひお会いしたい」だと……!?
リアーナが僕以外の男に興味を持つなんて駄目だ!
僕以外に恋人を作るなんて許容できない!!
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
僕は花壇の影から飛び出し、リアーナに駆け寄った!
リアーナがきょとんとした顔で僕を見ている。
鍛冶屋とお針子の夫婦が目を大きく見開き口をポカンと開け、顔を青ざめさせていた。
「リアーナが行くと言うなら僕も同行させてもらおう!
その……リアーナの保護者として!」
保護者という言い方はまずかっただろうか?
これでは僕がリアーナを子供扱いしてるみたいではないか!
「未来の恋人として!」と言った方が良かったか?
「アルドリック様、いらしたのですか?」
突如現れた僕に、リアーナは困惑しているようだった。
「奇遇だね!
偶然、たまたま、庭を散歩していたら君たちが話しているのを見かけたんだよ!
本当にたまたまね!」
これだけ偶然を強調すれば、リアーナも鍛冶屋夫妻も信じてくれるだろう。
「というのは方便でして。
殿下は朝からリアーナ様の行動を観察していたのです」
「カイル……!
バラすな!」
主の努力を無駄にしおって!
僕が睨んでも、カイルは涼しい顔をしていた。
「アルドリック様が朝から私の後を……?」
「違うんだリアーナ!
いや……違わないんだが!
君の後をつけていたのには理由があって……君が心配で、あの……」
「もしかして、私が宮中で上手くやれているか心配で見守っていてくださったのですか?」
「うん、そう!
そんなところかな!」
全然違うけど、そういうことにしておこう。
「そうだったのですね。
ですが、ご心配には及びません。
お城の方には親切にしていただいております」
僕の言葉を信じてあどけなく笑うリアーナに、ちょっとだけ罪悪感が湧いた。
「殿下、今日この後ご予定は?」
「と、特にないけど」
君をデートに誘う以外は。
「まぁ、そうなのですか?
今からドミニクさんとゲルダさんと一緒に町に行くんです。
よろしかったら殿下もご一緒しませんか?」
「リアーナからの誘いなら僕はいつでも応じるよ!!」
「それは良かった。
お出かけは大勢の方が楽しいですもの」
リアーナは嬉しそうに目を細め口角を上げた。
天使の微笑みとはこのことだ!
「まさかリアーナの方からデートに誘われるとは……!
これはもしや結婚の申し出!」
「殿下、考えてることが全部声に出てますよ。
それから、これだけの大人数で出かけるのです。
デートにはならないと思いますが」
カイルがしたり顔でツッコミを入れる。
「分かってないなカイル!
ドミニクとゲルダは夫婦!
つまり二人が出かけるのはデート!
だから彼らと一緒に行けばダブルデートになる!」
「殿下のその超絶前向きな思想は羨ましく思います」
カイルはいつも言葉だけは丁寧だ。言ってることは辛辣だ。
「あんた、皇太子殿下も来るそうよ……!」
「はわわ、大変なことになった……!」
鍛冶屋夫妻が青い顔で震えていたのは見なかった事にした。
◇◇◇◇◇◇
そんなわけでドミニクとゲルダ夫妻と、僕とリアーナのダブルデートすることになった。
お邪魔虫のカイルもいるが、奴のことは気にしなくていい。
町まで移動するのに王族専用の馬車を出した。
僕はリアーナの隣に座り、鍛冶屋夫妻とカイルは向かい側の席に座っている。
「アルドリック様、馬車の椅子とってもふかふかしてますね」
リアーナはソファーの座り心地に満足しているようだった。
こんなこともあろうかと、特製の馬車を作らせておいてよかった!!
「お、俺……こんな格好でこんな皇族の馬車に乗っていていいんだろうか……?」
「あんた、そ、それを言うなら私もだよ……!
しかも、向かいの席には殿下が座って……あわわわ!」
鍛冶屋夫妻は、今にも泡を吹いて倒れそうだった。
彼らが倒れると、せっかくのダブルデートが台無しになってしまうので耐えてほしい。
「皆、馬車を気に入ってくれたようだな。
嬉しく思う。
町の散策も楽しみだ」
「俺には鍛冶屋夫妻とリアーナ様のお出かけを、殿下が邪魔したように見えますけどね」
カイルが何か言ってるが、気にしない、気にしない。
リアーナは窓の外を見ながら、通り過ぎる小物店や洋服店に目を輝かせている。
その姿は年頃の普通の女の子と変わりない。
王宮でヒーラーとして働く凛々しい彼女もいいが、こういうあどけない姿も堪らなく愛おしい!
リアーナが望むなら、店ごと買ってもいい!
それはそれとして、馬車が結構揺れるな。
ソファーのクッション性にこだわるあまり、乗り心地が今一つになってしまった。
しかし、これはチャンスだ!
馬車が大きく揺れたタイミングで、リアーナの肩を抱くことができる!
彼女の体を支える目的なので、リアーナも拒否しないはず!
僕は、彼女の肩を抱き寄せるタイミングを見計らっていた。
その時、向かいの席から殺気を感じた。
カイルの顔に「殿下、目がいやらしいですよ。セクハラは禁止です」と書いてあった。
くっ、奴が同じ馬車に乗っている限りリアーナと触れ合うのは無理か!
次はリアーナと二人きりで馬車に乗りたい!
◇◇◇◇◇◇
そうこうしてる間に馬車が目的地に着いてしまった。
結局リアーナの肩を抱くどころか、彼女に指一本触れることができなかった。
せめてもと、リアーナが馬車を降りる時、エスコートした。
手を握られただけで、恥じらう彼女が愛おしい。
リアーナの手は少しひんやりとしていて、華奢ですべすべしていた。
彼女の手を引いて、どこかに連れ去ってしまいたい!!
「殿下、誘拐は駄目ですよ」
僕の心を読んだかのようにカイルがボソリと呟いた。
こいつ……邪魔だな。
「カイル、一カ月休暇をやろう。
領地に帰って先祖の墓参りでもしてこい」
「リアーナ様の身が心配なのでお断りします」
即効で断られた。
一カ月と言わず、奴には一年ぐらい休暇を与えたい……。
「ところで今日の目的地というのは……」
僕は今日の目的地を知らない。
僕たちは、商店街の中心にある小さな店の前にいた。
軒には、大きく「猫カフェにゃふにゃふ」と書かれた看板が……。
「猫……カフェ?」
「はい、ドミニクさんとゲルダさんのご親戚が経営されているお店だそうです」
リアーナが胸の前で手を組みにこやかに笑う。
そんなにランスロットに会うのが楽しみなんだろうか?
もやもやとした感情が湧いてくる。
「なるほど……」
ランスロットとかいう十七歳のイケメン店員には負けん!
リアーナは絶対に渡さない!!
「カイル様、アルドリック様のお顔が怖いのですが……。
もしかして、アルドリック様は猫が嫌いなのでしょうか?」
「リアーナ様、心配いりません。
殿下はまだ見ぬ敵に、闘志を燃やしているだけですから」
「はぁ……?」
リアーナがカイルと何か話している。
二人共距離が近い!
リアーナをカイルから引き剥がし、僕は店のドアを開けた!
「たのもう!
ここにランスロットという店員がいるはずだ!
ここにつれて参れ!」
「駄目ですよ、アルドリック様!
そんな乱暴な開け方をしたら、猫ちゃんが驚いてしまいます!」
リアーナに叱られてしまった。
だが、怒っているリアーナも可愛い!
「アルドリック殿下……!?
お、皇太子殿下がお忍びで来店……!?
はわわわっ……!」
僕の正体を知った店員にめちゃくちゃ萎縮されてしまった。
鍛冶屋夫妻の親戚だけあって、驚き方がそっくりだ。
◇◇◇◇◇
「店主を問い詰めたが、ランスロットという店員はいないらしい。
もしかして常連客の名前か……?
カイル、少し探ってこい」
「それは構いませんが、その間殿下は何をされるのですか?」
「猫を可愛がっている天使のようなリアーナを間近で眺め、隙があったら猫ごと彼女を抱きしめる!」
「却下です」
ぐぬぬ……!
リアーナを前にすると嘘がつけなくなってしまう!
ランスロットの情報は掴めないし、お邪魔虫のカイルは僕から離れる気配はないし、散々だ。
「ふふふっ、猫ちゃんくすぐったいですよ」
リアーナの抱っこしている子猫が、彼女の手を舐めていた。
猫、その場所代われ!!
……いかん、殺気を抑えねば!
猫が怯えてしまう。
相手は子猫だ。
寛容な心で見守ろう。
それにしても、猫と戯れるリアーナはなんと美しいのだろう……!
まるで絵本から抜け出してきた妖精のようだ……!
日頃の疲れが吹き飛んでしまう!
ふと、リアーナと視線が交差した。
彼女はふわりと笑うと、猫を腕の中に包みこちらに近づいてきた。
「気になりますか?」
「えっ?」
「アルドリック様、ずっと見てましたよね?」
「いや、君の可愛らしさに見惚れていたとかそんなことは……」
本当は君しか目に入ってないんだけど。
「猫ちゃん、可愛いですよね。
よかったら、アルドリック様も抱っこしますか?」
リアーナの腕の中には、ふわふわのマシュマロのような子猫がいた。
「柔らかくてふわふわしていて人懐っこくて、ミルクの匂いがして、とってもキュートなんですよ」
「俺は猫より君を抱っこしたい」
「はい……?」
しまった!
思わず本音が漏れてしまった!
リアーナがきょとんとした顔で僕を見ている。
彼女の頬が徐々に色づいていく。
「アルドリック様ったら御冗談を……。
私は猫ではありません」
リアーナが俯いてしまった。
「冗談で言った訳では……」
猫ごと彼女を抱きしめて、チューしたい。
「リアーナ、ちょっといいかい?
あんたに診てもらいたい子がいるんだよ」
「はい、今いきます」
ゲルダに呼ばれ、リアーナは足早に彼女の元に向かう。
今、結構いい雰囲気だったのに……!
「ゲルダさん、私に診てもらいたい子というのは?」
「出掛けに話しただろう?
十七歳のランスロットさ。
今、目を覚ましたところなんだ」
ランスロット……!
奴めやっぱり店内にいたのか!
店員じゃないとしたら客か?
どんな奴なんだ!
リアーナに近づかないように釘を刺しておかねば!
「リアーナ、僕も行く!」
そのランスロットと輩をじっくりと見させてもらおう!
◇◇◇◇◇◇
「これが、ランスロットだと……?」
そこにいたのは、白い髪、青い瞳のイケメン?だった。
「まぁ、シャム猫ですね」
ランスロットがまさか老齢の猫だったなんて……!
僕の気苦労はいったい!?
「俺は薄々そんな気はしてましたけどね」
カイルがニタニタと笑っている。
気づいてたんなら言えよ!
「ランスロットは、歳のせいかすっかり足腰が弱ってしまってね。
リアーナに回復魔法をかけてもらいたくて、ここまで来てもらったんだ」
「私でお役に立てるのなら喜んで」
リアーナが回復魔法をかけると、それまでぷるぷると震え起き上がることもできなかったのが嘘のように、猫はベッドから起き上がり背伸びをした。
「リアーナ、ありがとう!
お陰でランスロットもすっかり元気になったよ」
「ゲルダさんに喜んでもらえて嬉しいです」
「リアーナ様、本当にありがとうございます!」
「いえ、私は当然の事をしたまでです」
「差し出がましいのですが、他の猫も診ていただきたいのですが……」
店員が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「もちろん、構いませんよ」
リアーナは店員の申し出を笑顔で了承し、治療に取り掛かった。
リアーナの元には体調の悪い猫や、怪我をした猫が次々に運び込まれてきた。
そうして、全ての猫に回復魔法をかけ終える頃にはすっかり日が傾いていた。
◇◇◇◇◇
猫カフェの店員に見送られ、馬車に乗り込んだ。
皇族と一緒の馬車に乗るのに疲れたのか、ドミニクとゲルダの夫妻は町を散策してから帰ると言う。
ということは、帰りの馬車はリアーナと二人きり……!
……そんなことはなく、カイルもしっかり乗り込んでいる。
たまには気を利かせて、席を外せばいいのに……。
「カイル、急用が出来たら遠慮なく言え。
いつでも下ろしてやる。
なんなら今、僕が急用を作ってやろうか?」
「殿下……そこまでしてリアーナ様と二人きりになりたいですか?」
「なりたい!」
カイルといつものやり取りをしていると、リアーナが元気が無いことに気づいた。
「リアーナ、大丈夫かい?
回復魔法をかけすぎて疲れたのかな?
休日なのに無理をするから」
「アルドリック様、そうではないんです」
リアーナが小さく首を横に振る。
「では何があったのかな?
俺でよかったら話してくれないか?」
「……猫カフェの店員さんが話していたんです。
動物が病気にかかったり、怪我をしても、治療してくれる人がいないって……。
王宮での治療は人間が対象ですし……」
確かに、王宮魔導士団のヒーラーの治療を受けられるのは人間だけだ。
「そのことに今まで気が付かなかったのが、悔しくて……」
リアーナが眉をひそめ、目を伏せた。
指先でスカートをぎゅっと握りしめた。
「リアーナが自分を責めることはないよ」
僕はリアーナの手に、そっと自分の手を重ねる。
彼女はハッとしたように、顔を上げた。
彼女を落ち着かせるように穏やかに微笑みかける。
「リアーナは優しすぎるよ。
一人で全ては救えない」
「アルドリック様……私は……。
それでも自分にできることをしたいと思います!」
「君にできること……?」
「私、お休みの日に町で動物たちの治療をします!」
そう来たか……!
それではリアーナの休日がなくなってしまう!
休日デートが……!
いや、リアーナの体調が心配だ!
「王宮魔導士団のお仕事に支障を来さないようにします!
だからお休みの日に、町で動物を治療することを許可してください!」
そう言ったリアーナの瞳には強い意思が宿っていた。
折れそうなほど華奢な体躯に似合わず、リアーナは結構頑固だ。
「それは許可できない」
僕はゆっくりと首を横に振る。
僕の監視下にある王宮でさえ、リアーナをナンパする不届き者が現れるのに……!
可憐なリアーナを一人で町に出したら、どんな悪い虫が付くか……!
心配で仕事が手につかない!!
「そう……ですよね。
私の能力は今は王宮のもの……。
勝手に使うのはよくありませんよね。
それなのに、私ったら考え無しで……」
リアーナは瞳に涙をため、唇がわずかに震えていた。
うわーー! どうしよう!?
リアーナを泣かせてしまった!!
「違うんだ!
そうじゃなくて……!」
どう説明したらリアーナに納得してもらえるだろう!?
「リアーナが休日に働く必要はないって伝えたかったんだ!」
「……?」
「動物も王宮で治療を受けられるように制度を整えよう。
動かせない大型の動物には、こちらからヒーラーを派遣しよう。
だから……リアーナが一人で全部を背負い込む必要はないんだよ」
彼女の頬に触れ、涙をそっと拭う。
「君に無理をしてほしくないんだ。
わかってくれるかな?」
「……はい」
リアーナの目尻がわずかに緩む。
彼女の頬がわずかに上がり、僕は安堵の息を吐く。
リアーナの柔らかくしなやかな髪をそっと撫でる。
恥じらうように頬を染める彼女が愛おしい。
このタイミングでカイルが何も言ってこないだと……?!
ハリセンが飛んでくるのを覚悟していたのに……!
「カイル、体調でも悪いのか?
いつものハリセンはどうした?」
「ハリセンって……!
俺は昔のお笑い芸人ですか!?」
カイルは心外という顔で俺を睨んだ。
「殿下が度を超えてセクハラしてなければ、俺だって何もしませんよ。
リアーナ様も嫌がってる感じはしませんでしたし、良いムードでしたし……」
カイルがごほんと咳払いをした。
「カイル、ようやくわかってくれたんだな!」
胸の中に熱いものがこみ上げてくる。
「今日は休暇をやる!
今すぐ馬車を降りていいぞ!
二カ月くらい登城しなくていいからな!」
「殿下には、ハリセンが必要なようですね!
あと、リアーナ様の手をいつまで握ってるんですか?
それ以上はセクハラですよ!」
そんな俺達のやり取りを見て、リアーナはくすくすと笑っていた。
「お二人はとっても仲良しなんですね」
別に仲良くはないが、リアーナが笑ってくれたんならそれでいいか。
しかし……馬車の振動が心地よいな。
リアーナのつむじをもっと眺めていたいのに……。
馬車が大きく振動したら彼女を抱き寄せたいのに……。
なんか、思考がまとまらなくなってきた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――リアーナ視点――
肩に温もりを感じ振り向くと、アルドリック様のお顔がすぐ側にありました。
「アルドリック様……!」
どうやら彼は、私の肩を枕にして眠ってしまったようです。
困りました。
お城までずっとこのままでしょうか?
「リアーナ様、もし宜しければそのままにしていただけませんか?」
「カイル様?」
「殿下はお仕事で二日ほど眠っていないのです」
「すみません、アルドリック様の体調の変化に気づけず、彼の貴重なお休みを奪ってしまいました」
私がアルドリック様を無理にお誘いしなければ、こんなことには……
「逆ですよ、リアーナ様。
あなたのおかげで、アルドリック様は幸せな休日を満喫できたのです」
それはどういう意味でしょうか?
「リアーナ様と休日を過ごすために、殿下は徹夜して仕事を終わらせたのです」
「私のために……?」
アルドリック様を意識したら、顔に熱が集まってきました。
「ですからリアーナ様がお嫌でなければ、殿下に肩を貸してあげてください」
「別に嫌では……」
でもそれは、アルドリック様と密着してるのが好き……ということに。
私ったらなんてはしたない事を……!
「殿下はとても幸せそうな顔をしてます。
どんな夢を見てるんでしょうね?」
そうおっしゃったカイル様は、とても優しい表情をしていました。
アルドリック様に視線を向けると、彼はすやすやと寝息を立てていました。
小さな子が母親に抱かれ安心して眠っているような……そんな穏やかな寝顔でした。
皇太子であるアルドリック様も、このようにあどけない表情をなさるのですね。
彼のことを可愛いと思ったのは、内緒です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――アルドリック視点――
心地よい感覚と甘い香りで目を覚ます。
「アルドリック様、お目覚めになられましたか?」
目を開けると、そこには天使がいた……!
「リアーナ……?
えっ……僕は……」
自分がリアーナに膝枕されていると気づくのに、数十秒かかった。
「うわーー!
ごめん、リアーナ!」
上体を起こし、パッとリアーナから距離を取る。
「君に膝枕されてるなんて思わなくて……!
重くなかった……?」
羞恥心から顔に熱がこもる。
好きな子に寝顔を晒してしまった。
「いえ、平気です」
「僕はいつから寝てた?
起こしてくれれば良かったのに」
「馬車に乗ってすぐに。
大変お疲れのようでしたのでそのままに。
最初は肩に寄りかかられていたのですが、いつの間にか膝の上に……」
リアーナが頬を赤く染める。
寝てる間に僕はリアーナに何をしてしまったんだ!?
「そうなんだ。
なんかごめん」
「いえ、お気になさらず」
はにかむリアーナが愛おしい!
妖精のようだ!
どうせなら城に着くまで、狸寝入りしてれば良かったなぁ。
しかし、よくカイルの邪魔が入らなかったものだ。
ちらりとカイルに目を向ける。
「俺も鬼ではありません。
お疲れの殿下にムチを打ったりはしませんよ」
カイルが目を細め、頬をわずかに緩める。
「カイル、お前本当はいい奴だったんだな!
褒美に一年間休暇をやるからゆっくり田舎で過ごすといい!」
その間に僕はリアーナにぐいぐい迫ってなし崩し的に婚約を……!
「次から速攻で起こしますね!」
カイルは僕の心が読めるようで、ギロッと睨まれた。
「アルドリック様」
リアーナが僕の服をちょいちょいと引っ張る。
可憐だ!!
子猫みたいにキュートだ!
「カイル様に聞きました。
徹夜で仕事をなされたそうですね」
リアーナがぷくっと頬をふくらませる。
カイルめ、余計なことを……!
僕が睨むが、カイルはそしらぬ顔で視線を逸らした。
「アルドリック様、約束してください!
ご無理はなさらないと!」
リアーナの手が僕の頬を包み込む。
僕の心臓がバクバクと音を立てる。
リアーナの表情は真剣で、目線は厳しかった。
本気で僕を心配してくれているんだ。
「ごめん、次からは気をつける」
「そうしてください。
回復魔法かけておきますね」
リアーナが笑みを浮かべ、回復魔法を唱えた。
彼女の指先から魔力が流れて来るのを感じる。
これがリアーナの回復魔法、すごく心地よい。
「ありがとう」
リアーナに回復魔法をかけてもらえるのなら、ちょこちょこ徹夜してもいいかもしれない。
「夜更かしする人には、もう回復魔法かけてあげませんからね」
リアーナの口調は厳しかった。
彼女も俺の心の声が読めるのだろうか?
「わかった、気をつける」
そうこうしてるうちに、馬車は城についてしまった。
こんなに早く着いてしまうなら、町を三周ぐらいしてから城に行くように御者に命じておけばよかった。
◇◇◇◇◇
馬車から降りるとき、リアーナをエスコートする。
馬車の乗り降りする度に、リアーナの手を握れるなんて幸せだ。
デート万歳!
「アルドリック様、今日はお付き合いくださりありがとうございました」
「僕の方こそありがとう。
リアーナの休日に付き合えて嬉しかったよ。
よかったら次の休日も……」
繋いだ手を離したくない。
彼女をそのまま抱き寄せてしまいたい。
「次のお休みは絵を描こうと思っています。
せっかくアルドリック様にアトリエを用意してもらったのに、使わないのはもったいないですから」
残念。
「アトリエを気に入ってもらえて嬉しいよ。
よかったら君が絵を描くところを眺めててもいいかな?」
おうちデートというのも悪くない。
しかも密室で二人きりになれる。
「えっ……?」
リアーナが困惑の表情を浮かべる。
下心が顔に出ていたのだろうか?
「嫌だったら遠慮するけど……」
「そうではなくて……。
私の使う絵の具は独特の匂いがします。
だから……」
もしかして匂いのことを気にしてるのか?
「アルドリック様に不快な思いをさせてしまうのではないかと……」
「嫌じゃないよ。
全然嫌じゃない。
むしろ好きだ」
君がまとっているものは全部好きだ。
「まあよかった。
アルドリック様もあの絵の具の匂いがお好きなのですね。
慣れるとあの独特の匂いがクセになるんですよね」
そうじゃない、そうじゃないんだけど……でもリアーナが笑ってくれるならそれでいい!
「うん、まぁそんなところかな……」
「いつでもアトリエにいらしてください。
大したおもてなしもできませんが、アルドリック様なら大歓迎です」
アルドリック様なら大歓迎です! 大歓迎です! 大歓迎です!(無限リピート)
リアーナの笑顔と共に彼女の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
彼女を抱きしめてキスしたい!!
頬に軽く唇が触れるくらい許されないだろうか??
できるなら「幼馴染は寝る前にキスをするんだよ」と、それっぽい話を信じ込ませて毎晩チュッチュしたい!
そしてゆくゆくは……!
「殿下、お疲れのところ申し訳ありませんがお仕事の時間です!」
カイルに後ろから刺されるかと思った。
奴の目には「過剰接触禁止!」と書かれていた。
「わかった……今行く」
俺はリアーナから手を離した。
名残惜しい! めちゃくちゃ名残惜しい!
「リアーナ、また明日」
「はい、アルドリック様。
ご無理はなされないでくださいね」
僕と離れる時、リアーナはとても寂しそうな顔をしていた……ような気がした。
そうであってほしいな!(希望!)
◇◇◇◇◇
「リアーナの白魚のような手が僕の頬に触れた!
もう一生顔を洗わない!」
「汚いので洗ってください。
こちらの書類にも目を通してください」
「リアーナは僕と別れるとき寂しそうな顔をしていた!
彼女は俺のことが好きなのかもしれない!」
「リアーナ様は、カフェの猫たちと別れるときも同じような表情をされていましたけどね。
こちらの書類にもサインをお願いします」
「ぐすん。
カイル、僕に冷たくないか?」
「仕事をしないでリアーナ様の名前を書類に書き続けている上司には、誰だって冷たくなりますよ!」
「よしっ!
今日も徹夜するぞ!
リアーナに回復魔法をかけて貰うんだ!!」
「一度、リアーナ様に殴られてください!」
――終わり――
【お知らせ】
『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』
コミカライズ版の5話が本日、4月3日に配信されました!
茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。
コミカライズ版でも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただけると幸いです。
作画:茶賀未あと先生
原作:まほりろ
配信先:コミックシーモア(先行配信)




