5話「幼なじみからの手紙」
屋敷から門まで続く広い庭をトボトボと歩く。屋敷から門までが遠いです。
せめて最後にお母様の肖像画を見たかった。
十年前にお母様が亡くなり、半年後幼いミラを連れたお義母様とお父様が結婚しました。
ミラの実の父親がお父様だと知ったとき、お母様はずっとお父様に裏切られていたのだと分かり悲しくなりました。
ミラは公爵家に来たとき四歳でした。少なくとも五年間、お母様はお父様に裏切られていたのですね。
「ニクラス公爵家の方ですか? リーゼロッテ・ニクラス様にお手紙です」
公爵家の門まで来たとき、郵便配達の男に話しかけられました。
交代の時間なのか門番の姿は見えません。
「私がリーゼロッテ・ニクラスですが」
「えっ? あなたが?」
郵便配達の方が驚くのも無理はありません。絵を描いている途中で殿下に呼び出され、着替える時間も与えられず部屋を出たのでスモックを着たままでした。それに服に染み付いた独特の絵の具の匂い。これではとても公爵家の令嬢には見えませんね。
「まあいいや、敷地内にいるんだからニクラス公爵家の人でしょう。受け取りにサインを」
私は差し出された紙に自分の名前を書き、手紙を受け取った。
「本当にリーゼロッテ・ニクラスって書いてある、今どきの貴族の間ではそういう服装と香水が流行ってんの? 僕にはわかんねぇや」
そう言って郵便配達の人はロバに跨り、去って行きました。
郵便配達の人が来るのがもう少し遅かったら、私は屋敷の外に出ていました。公爵家の人間だと言っても信じてもらえなかったかも、ゆっくり歩いていて良かったです。
手紙には立派な蝋印が押されていました。
差出人の名前を見ると、アルドリック・ルーデンドルフと書かれていました。
アルドリック・ルーデンドルフ様、漆黒の髪、黒曜石の瞳の美しき隣国の皇子。
第四皇子だった彼の母親が私の母とお友達でした。母が生きていた頃、アル様は一月ほど公爵家に滞在しました。
あの年の夏はお母様も生きていて、アル様もいてとても楽しかった。
アル様はお母様以外で初めて私の絵を褒めてくれた人。
私が炎をまとったトカゲを描いているとき、アル様はサラマンダーを見て「可愛い」と言ってくださった。
お母様以外で絵を褒めてくださった方は初めてなのでとても嬉しかった。
八本足の馬を描いているときは、「美しい」と称賛してくださり。
生首の老人を描いているときは、「素晴らしい」と言ってくださった。
絵の具の匂いも「臭くない、いい匂いだ!
匂いも含めて(絵が)好きだ!」と言ってくださるとても優しい方でした。
お母様が亡くなり連絡が途絶えてしまいました。私は聖女に任命され王太子殿下の婚約者として王宮に上がり、会える人を制限されていましたから。
もしここで手紙を受け取らなかったら、一生関わることはなかったかもしれません。
そう思うとあのタイミングで手紙を受け取れたことは奇跡です。
十年経った今でも手紙をくださるアル様の思いやりの心に、胸の奥が熱くなります。
封筒を丁寧に切り、手紙を取り出す。
「拝啓 親愛なるリーゼロッテ・ニクラス様
元気にしていますか?
今でも絵は描いていますか?
あなたの絵を描く姿が好きでした。
あなたと共に過ごしたあの夏を思い出します。
ニクラス公爵夫人が亡くなり、あなたとの縁が途絶えてしまったことが残念で仕方ありません。
あの夏だけでなく毎年公爵家に遊びに行きたかったです。
私だけが遊びに行くのでは不公平ですね。あなたをルーデンドルフ帝国に招待したかった。
その夢を今からでも叶えられないか考えました。
もしあなたさえ良ければルーデンドルフ帝国に遊びに来てください。あなたならいつでも大歓迎です。
ニクラス公爵夫人の思い出話をしましょう。
誠実なる友 アルドリック・ルーデンドルフより」
手紙に雫が溢れシミを作りました。目頭が熱い、アル様はまだ私のことを友達だと思っていてくださったのですね!
アル様に会いたい! お母様の思い出話がしたい!
私はアル様のいるルーデンドルフ帝国に行くことを決意しました。
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