改18話「独占欲かもしれませんが……」
「……っ!」
これは……いわゆるプロポーズなのかしら?
へーウィット様との婚約は、国王陛下と父が勝手に決めてしまった。
彼と婚約したとき、私は八歳、へーウィット様は六歳。
ロマンチックな告白やプロポーズより、遊びに夢中な年齢だった。
当然、プロポーズも愛の告白もなかった。
レーウィット様は私に関心がなかった。
彼と甘い雰囲気になったことなどない。
だから、アルドリック様からの告白にどう答えていいかわからない。
アルドリック様がスキンシップ過多だったのは、幼馴染の延長ではなかった。
彼が私に好意を持っていたからで、私はそうとは知らずに彼のスキンシップを受け入れていた。
アルドリック様が私の髪や頬に触れたとき、もしかし彼は私にく、口づけを……。
意識したら、顔に熱が集まってきた。
アルドリック様は捨てられた仔犬のような目で、見上げてくる。
その淋しげな瞳+上目遣いは反則です!
「えっと……あの」
何か言わなくては……!
彼の悲しそうな表情を見ていたら、十一年前の夏、アルドリック様が国に帰った日のことを思い出してしまった。
あの日のアルドリック様も、このような目をしていた。
彼を乗せた馬車が遠ざかって行くのを見送ったとき、幼かった私の胸はギュッと締め付けられた。
あのときは、来年になればアルドリック様に会えると思っていた。
だけど次の年母が亡くなり、父が再婚し、王国の聖女に任命され、へーウィット様と婚約し、外界から隔離された。
アルドリック様と再会できたのは、十一年後だ。
私は……アルドリック様のことをどう思っているのだろう?
アルドリック様は、幼馴染で今でも大切なお友達だ。
でもそれ以上に、もっと特別な感情があるような気がする。
へーウィット様に婚約破棄され、彼にミラと婚約すると言われたとき、何も感じなかった。
もし、アルドリック様に同じ事をされたら?
アルドリック様が私以外の女性と、仲むつまじくしていたら?
彼が別の女性と腕を組んで歩いたり、抱き合ったりしていたら?
アルドリック様が他の女性と婚約すると言ったら……?
想像しただけで、胸がズキズキと痛む。
嫌だと私の心は訴えている。
「私は……アルドリック様が他の方と仲良くするのは……嫌です」
長い沈黙のあと、私はなんとか声を絞り出した。
「リアーナ、それはどういう意味かな?
僕にもわかるように教えて!」
アルドリック様は言葉の意味がわからないようで、困惑の表情を浮かべていた。
「恋とか愛とか……私にはまだよく分かりません。
ですが……アルドリック様が他の女性と腕を組んで歩いたり、抱き合っていたら……嫌だなと思いました」
「それはつまり……!」
アルドリック様が期待のこもった瞳で私を見る。
「子供っぽい独占欲かもしれません。
でも、アルドリック様が私以外の女性と仲良くしている姿を想像すると、胸がもやもやするんです」
好きかどうかもわからないのに、アルドリック様を独占したいなんて……。
私はとてもわがままです。
「自分の気持ちがわからなくて……。
今は、こんな曖昧な答えしか出せません……。
それでもアルドリック様の傍にいたいという気持ちは本物です。
こんな答えしか出せないのですが、あなたの傍にいてもいいですか……?」
アルドリック様の手に、自身の手を重ねる。
アルドリック様が喜色満面で頷いた。
「もちろんだ!
それで充分だ!
ありがとう!
リアーナ!」
アルドリック様が立ち上がり、私の手を掴みソファから立ち上がらせる。
彼は私をお姫様抱っこした。
「ひゃっ……!」
「今日は人生で最良の日だ!」
彼は私をお姫様抱っこしたまま、くるくると回り始めました。
「皇太子殿下、はしゃぎすぎです。
ぎりぎり合格点の返事をもらっただけなのに、よくそこまではしゃげますね」
後ろを向いていたカイル様が、振り返り肩を竦めた。
「これから満点にしていくさ!」
アルドリック様が花が綻ぶように笑う。
「皇太子殿下、お姫様抱っこもセクハラですからね」
「リアーナにプロポーズして返事をもらったのに?」
「まだ正式に婚約の書類を交わしていません。
リアーナ様のお気持ちが固まるまでまだ時間がかかりそうです。
婚約までたどり着くには時間がかかるでしょう」
「では、今の俺とリアーナの関係はなんなのだ?」
「幼馴染以上、恋人未満かと」
「ぐっ……!
採点辛い!」
「なので、お姫様抱っこはセクハラです」
「今日だけ多めに見ろ!」
二人がそのようなやり取りをしている間も、アルドリック様は私を抱き上げたまま、くるくると回っていて……。
「アルドリック様……私、目が回ってしまいます……!」
「すまない!
調子に乗りすぎた!」
アルドリック様がくるくると回るのをやめ、私を床に下ろした。
地面に足を付けても目の前がぐるぐるしていて、足元がおぼつかない。
「ひゃっ……!」
転びそうになった私を、アルドリック様が支えてくれた。
「大丈夫、リアーナ?」
「はい、少し目が回っただけです」
見上げるとアルドリック様の顔がすぐ近くにあって、ドキンた心臓が跳ねた。
「アルドリック様、これからよろしくお願いします」
目眩が収まったので、頭を下げた。
「よろしくお願いします」で良かったのかしら?
適切な言葉が思い浮かばない。
「こちらこそ、よろしく。
リアーナが倒れないように、俺が全力で支えるからね」
アルドリック様がふわりと微笑んだ。
「たわむれ合うのもほどほどにして下さい。
お二人はまだ婚約者ではないのですから。
アルドリック様、セクハラは駄目ですよ」
お小言を言うカイル様も、どこか嬉しそうな顔をしていた。