改17話「告白」
「アルドリック様、一つ質問があります」
「なんだい、リアーナ?」
名前を呼んだだけで、アルドリック様はニコニコしています。
「門番さんはアルドリック様からの手紙を見せたとき、表面を見なくても、私の名前を当てました。
あれは、どういうからくりがあるのでしょうか?」
「ああ……それは、なんというか……ゴニョゴニョ」
アルドリック様は、視線を逸らしボソボソの独り言を呟いている。
「それについては俺から説明します」
カイル様が事情を知っているようだ。
「いつリアーナ様がこの城を訪ねて来てもいいように、
『リアーナ・ニクラス』という名の、銀色の髪に紫の瞳の若い女性が訪ねてきたら、
先触れがなくとも、皇太子殿下のお部屋にお通しすように、
門番にしつこいくらい何度も命じていたのですよ」
なるほど、それで門番さんは私の髪と瞳の色を見て動揺していたのね。
門番さんが、手紙の表面を見ずに私の家名を当てた理由がようやく分かった。
「いや、それはなんて言うか……。
リアーナがせっかく訪ねて来たのに、門前払いされたら嫌だし……」
アルドリック様のお顔は真っ赤だった。
「カイル余計なことを言うな!」
「援護射撃ですよ。
リアーナ様はほんわかしていらっしゃるので、遠回しの言い方では気づかれませんよ。
正式にお付き合いをしたければ、きちんとお気持ちをお伝えしなくては」
慌てふためくアルドリック様を他所に、カイル様は落ち着いた表情で淡々と話していた。
カイル様が十三歳の時から、アルドリック様にお仕えしていると言っていました。
アルドリック様はカイル様の鋭い物言いを許容されているみたいですし、
お二人は気心の知れた仲のようですね。
主と臣下というより、古くからのお友達のように見えるわ。
「アルドリック様、援護射撃といのは?」
「リアーナ、なんでもないんだ!
こ、こちらの話だから!」
「そうなんですか?」
そういう言い方をされると、仲間はずれにされたみたいでちょっと寂しい。
「リアーナ様、皇太子殿下はニクラス公爵家に毎年お手紙を送っていたのですよ」
「えっ?」
アルドリック様が私に宛てた手紙で、私が受け取ったのは一通だけ。
アルドリック様は、私に何通手紙を出したのかしら?
彼からの手紙には愛情が籠もっていて、読んだ瞬間温かい気持ちになった。
ルーデンドルフ帝国に行く希望と活力が湧いた。
そのような思いの籠もった手紙を、私は今まで何通無視して来たの?
「カイル! 余計なことを言うな!」
アルドリック様が眉間に皺を寄せ、カイル様を睨んだ。
「アルドリック様、申し訳ありません!
私、ずっとあなたからのお手紙に気づかなくて……!
無視し続けて……!
お返事も書けなくて……!」
「いいんだ、気にしないで。
僕の書いた手紙は、君の元には届いていなかったんだろう?
手紙が来たことにすら気づかなかったのなら、返事も書けないよね。
無視した事にもならないよ」
「アルドリック様……」
皇太子になっても寛大だわ。
「私が受け取ったのは、先日アルドリック様がお出しになったこのお手紙だけです」
私はポケットから手紙を取り出し、アルドリック様に見せた。
この手紙は、十年振りに屋敷に戻ったとき配達人から直接受け取ったもの。
この手紙を受け取ることができたのは、奇跡に近い。
屋敷を出るのが五分早くても、五分遅くても、手紙は受け取れなかった。
ルーデンドルフ帝国に行こうと決意することも、ドミニクさんとゲルダさんに出会うことも、アルドリック様と再会することもなかった。
アルドリック様からの手紙を受け取れなかったら、私は行く宛もなく彷徨い、この世界に絶望し、死んでいたかもしれない。
「その手紙だけでも、君に届いて良かった」
アルドリック様が手紙ごと、私の手を握る。
「殿下、だからそれはセクハラです。
俺は殿下の恋の応援をしてます。
なんなら応援しながらちょっとからかいます。
でもセクハラは全力で止めます!」
「ぐぬぬっ……!
蛇の生殺しだ……!」
「そういうセリフは、正式な手続きを踏んで彼女とお付き合いしてから言ってください」
アルドリック様とカイル様のやり取りの内容はよくわからない。
だけど、少し楽しそうにみえた。
「話を元に戻そう。
悪いのは君に手紙を渡さなかった公爵家の者たちだ。
君に罪はないよ」
アルドリック様のお手紙は、ニクラス公爵家に届いたあと、お父様かお義母様に処分されてしまった可能性が高い。
「他国の王太子の婚約者で、最高聖女の君に、手紙を出した僕も悪い。
身の程知らずだった」
彼は悲しげに目を伏せた。
「一通だけでも、君の手に渡ってよかった。
諦めないで手紙を出し続けてよかった。
諦めないで出し続けた手紙が、
君の心を照らし、
君をルーデンドルフ帝国に導いてくれたのだから」
アルドリック様は穏やかな笑みを浮かべ、私の頬に手を触れた。
「アルドリック様……」
「リアーナ……」
「ゴホン! ゴホン! ゴホン!!
距離が近いです!
セクハラは禁止だとあれほど!」
アルドリック様の手が私の頬から離れていく。
彼の手が離れたあと、私は両手で自分の顔を覆う。
十年間会っていなかったのに、幼い頃の距離感が抜けない。
「カイル、一年ぐらい休暇をやるから今すぐ席を外せ!」
「嫌です。
ここでお二人のやり取りを見ているのが楽しいので」
「お前な……!」
「皇太子殿下、リアーナ様にそういうことがしたいのでしたらきちんと手順を踏んでください。
リアーナ様にプロポーズして、ちゃんと式を挙げて、籍を入れてからにしてください」
「カイル、プロ……式……何を言出だすんだ!?」
アルドリック様は赤面し、明らかに狼狽えていた。
「えっ?
殿下は結婚する気もないのに、リアーナ様に手を出す気だったんですか?
最低ですね。
今すぐ死んでください……」
カイル様がアルドリック様に冷たい視線を送る。
「サラッと酷いことを言うな!
僕はリアーナといい加減な気持ちで付き合うつもりはない!
真剣だ!
本気だ!
リアーナのためなら命だって捨てられる!!」
「ならサクッと告白してください。
リアーナ様は美しく優雅で気品があります。
リアーナ様は今フリーです。
放おっておくと秒で悪い虫が付きますよ」
「秒でか……?」
「はい、秒です。
リアーナ様は世間知らずでいらっしゃる。
町中に放置したら、一分とかからずナンパ男に声をかけられ、それから……」
「それ以上言うな!
想像もしたくない!」
「リアーナ様を王宮魔導士にして、管理下におけば安全だなんて思ってませんよね?
城の中でも危険なのは変わりません。
女好きな騎士や文官に声をかけられ、熱烈にアプローチされ……」
「だから、そういう不吉な事を言うな……!」
お二人はなんの話しをしているのかしら?
「ならちゃんと告白して、けじめを付けてください!」
「分かっている!
だがその……こ、心の準備が……」
「散々、リアーナ様にセクハラしておいて何を今さら。
ちゅーから初めて、なし崩し的に付き合おうとか考えてた訳じゃないですよね?」
「…………っ!」
「うわ、マジですか。
最低ですね。
やっぱり死んでください」
カイル様がアルドリック様に蔑むような視線を向ける。
「皇太子殿下、心の準備というのはいつできるんですか?
今日ですか?
明日ですか?
明後日ですか?
それと一年後ですか?
十年後ですか?
そんなに時間をかけていたら、リアーナ様は確実に他の男のものになってますよ?」
「くっ……! お前容赦ないな!」
「告白できなくてうじうじしてるヘタレな主の尻を叩くのも、臣下の務めです」
「ヘタレ……って、お前、仮にも主に向かって……!」
「違うんですか?
なら告白できますよね?」
「分かった!
今からする!!
ヘタレではないことを証明してやる!」
「それがいいですね。
俺あっち向いてますから」
カイル様はニコリと笑い、アルドリック様に背を向けた。
「リアーナ……!」
アルドリック様が私の前に跪き、私の手を取った。
「はい……?」
アルドリック様の黒曜石の瞳で直視され、身動きがとれない。
心臓がドクン、ドクンと大きな音を立てている。
「幼い頃からそなたのことが好きだった!
僕と……けっ、けけけけけけけ…………結婚を前提につき合ってくれないか!?」




