改15話「皇太子アルドリック・ルーデンドルフ」
門番さんが通してくれたので、正門から中に入った。
正門にいた門番さんは三人。
私に話しかけてくれた門番さんが宮殿まで案内してくれて、一人は門の番を続け、一人は私が来たことをアルドリック様に知らせに走った。
「あたしは正門から城に入ったのは初めてだよ」
「俺もだ」
皇族専属の鍛冶師とお針子の二人は、お城に慣れているはず。
正門から入ったからか、緊張しているように見えた。
今の私はニクラス公爵家の令嬢ではなく平民。
アルドリック様からのお手紙を持っていたとはいえ、簡単に通して良かったのでしょうか?
門番さんが、後で叱られないか心配だわ。
正門からお城までは石造りの道が続いている。
道の両脇には手入れの行き届いた花壇が有り、季節の花が目を楽しませてくれた。
アルドリック様に会うのは十一年振り。
彼からの手紙に「遊びに来てください」「あなたならいつでも大歓迎です」と書かれていたので、勢いでここまで来てしまったけど。
アルドリック様が、平民になった私に会ってくれるのか不安だわ。
そんな私の不安を知ってか、花壇に咲く美しい花々が元気付けてくれているように見えた。
そんなことを考えている間に、建物の前にたどり着いた。
赤い屋根に白い壁の四階建ての壮麗なお城。
正門と思われる建物の入口に、燕尾服を纏った年配の男性が立っていた。
「リアーナ・ニクラス様ですね。
わたくしはこの城の執事長をしております。
エルンスト・ヴァーグナーと申します。
遠路はるばるようこそおいでくださいました」
その方は執事長と名乗った。
「ここからは門番に代わり、わたくしがご案内いたします」
門番さんの一人が、先触れに走ったので、執事長さんが出迎えに来てくれたようだ。
案内をしてくれた門番さんにお礼を伝え、執事長さんの後について行くことにした。
豪華なシャンデリアが飾られた玄関ホールを抜け、優雅な手すりの付いた階段を登り、きらびやかな絵画が飾られた廊下を抜けた先に、その部屋はあった。
美々しい彫刻が施された木の扉を、執事長さんが四回ノックする。
「執事長のエルンストです。
お客様をお連れしました」
執事長さんが要件を伝えた。
「ありがとう、エルンスト。
リアーナ、君のことをずっと待っていた。
どうぞ中に入って」
中から鈴を転がしたような、涼やかな声が聞こえた。
今のがアルドリック様のお声でしょうか?
最後にアルドリック様とお会いしたとき、彼はまだ七歳でした。
私は声変わり前のアルドリック様の声しか知らない。
彼の声変わりをした声を聞いただけで、胸がトクンと音を立てる。
それはアルドリック様も同じこと。 成長した私を、彼は知らない。
今の私を見て、アルドリック様はどう思うかしら?
扉の向こうにアルドリック様がいると思うと、胸がドキドキしてきた。
執事長さんがドアを開けると、素敵な紳士が視界に入った。
部屋の中央に立っていたのは、烏の濡れ羽色の髪、黒真珠の瞳、陶磁器のように白く美しい肌の、まだあどけなさの残る青年。
青年はスラリと背が高く、天使と見紛うほど顔立ちが整っていた。
青年は、黒を基調にし青と黄色を差し色に使ったジュストコールを纏っていた。
思い出の中のアルドリック様より、かなり身長が伸びている。
顔つきが大人びて、凛々しいお顔立ちになっていた。
立っているだけなのに、とても優雅で気品がある。
成長しても幼い頃の面影が残っていた。
彼は私と目が合うと人懐っこい笑顔を浮かべた。
あの笑顔を私はよく知っている。
「アルドリック様……!」
感動で胸がいっぱいで、彼の名を呼ぶのに、少し時間がかかってしまった。
「リアーナ! 会いに来てくれて嬉しいよ!」
アルドリック様が大股で私に近寄って来た。
近くで見ると、彼はとても大きかった。
頭一つ分くらいの身長差がある。
以前お会いしたときは、二人共まだ子供だったので、同じくらいの身長だった。
「月のように煌めく銀色の髪!
紫水晶のように輝く瞳!
雪のように白くきめ細やかな肌!
懐かしい!
全然変わってないねリアーナ!」
彼が私の肩に手を置いた。
彼に触れられ、ドクンと心臓が跳ねた。
アルドリック様は、あの頃より精悍な顔つきになられ、勇壮で男らしく、皇族としての気品を纏い神々しくなられた。
恥ずかしくて、本人には言えない。
「アルドリック様もお変わりなく……!」
無難な返事をしようとすると……。
アルドリック様はおもむろに私を抱き上げると、その場でくるくると回り始めた。
「あの、アルドリック様……!」
「君にまた会えて、本当に嬉しいよ!!」
しばらく回ったあと、アルドリック様が私を抱きしめた。
彼の腕の中に自分がいる事に、自分自身が一番驚いている。
大人になってから、男性に抱きしめられたのは初めてだ。
心臓がバクバクと煩いくらいに鳴っている。
「先ほど君は『変わってない』と言ったが……あれは、嘘だ」
彼が真っ直ぐに私を見つめる。
みすぼらしく成長した姿にがっかりしたとか……そういう意味でしょうか?
「リアーナ、君は変わった。
前よりもずっと、綺麗になった」
アルドリック様の端正なお顔が朱色に染まる。
「……えっ?」
今の「綺麗」は、何に対しての感想でしょう?
アルドリック様は幼い頃私の描いた絵を「美しい」と褒めてくれた。
だけど、私は今絵を持っていない。
だから、絵のことを言っているのではない。
私が身に着けているもので褒められるものは……?
服……しかない。
アルドリック様は、ゲルダさんが仕立て直してくれたドレスを見て、綺麗だと言ってくれたのね。
「ありがとうございます」
服を褒められたので、お礼を伝えておく。
アルドリック様ははにかんだ表情を見せた。
彼は私の髪に触れると、顔を近づけてきた……。
「ゴホン……!
お取り込み中失礼します」
アルドリック様の隣に、薄紫の軍服を纏った男性が立っていた。
青い髪に水色の瞳の端正な顔立ちの青年。
青年は私と同じくらいに見えた。
「アルドリック様、二人だけの世界に入っているところ申し訳ありません。
リアーナ様のお連れの方が、固まっています」
ドミニクさんと、ゲルダさんが、扉の前で固まっていた。
ふ、二人の存在を忘れていました。
アルドリック様と見つめ合っていたのを、見られてしまった。
急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「そうだった、君には連れがいたんだね。
報告は受けている、二人は君をここまで連れてきてくれたんだってね。
君と再会できたのが嬉しすぎて、他の者が視界に入らなかった」
彼の注意がそれたので、私は彼から距離を取った。
平民の私が皇族のアルドリック様のお傍にいるのはおかしい。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました」
もう幼い頃とは違う。
お互いに、むやみに相手の体に触れてはいけない。
幼なじみとはいえ、私は実家の公爵家を勘当され今は平民。
相手はこの国の第四皇子。
身分が違い過ぎる。
「再会したところからやり直そう! よく来てくれたねリアーナ!
歓迎するよ!」
アルドリック様が朗らかに微笑む。
「お久しぶりですアルドリック様。
先触れもなく尋ねたのにも関わらず、面会して下さりありがとうございます」
私は淑女の礼に乗っ取りカーテシーをした。
「君の連れを紹介してくれるかな?」
「はい。
皇族専属の鍛冶師のドミニクさんと、
皇族専属のお針子のゲルダさんです」
「ドミニクとゲルダは、皇族専属の職人だったんだね。
どおりで、どこかで見たことがあるような気がしてたんだ」
お城には多くの使用人がいる。
アルドリック様にも公務があり、きっと多忙なはず。
作業場所が隔離されていたり、ドミニクさんとゲルダさんが、アルドリックとは別の皇族の担当だった可能性もある。
アルドリック様が、彼らの名前を覚えていなくても仕方ない。
「ドミニクさんとゲルダさんとは、ハルシュタイン王国の港で知り合いました。
お二人は私の分の乗船券を購入して、
船の上で食事もご馳走してくれました。
ゲルダさんは白のローブしか持っていなかった私に、
自分のドレスを仕立て直して着せてくれました」
ドミニクさんと、ゲルダさんがいなかったら、ここまで来ることはできなかった。
「ルーデンドルフ帝国に着いてからは、私の人探しを手伝ってくれました。
彼らには、道中とても助けていただきました。
私がここまで来れたのは、お二人のおかげです」
お二人には足を向けて寝られません。
「そうかリアーナが世話になった。
僕からも礼を言おう」
「い、いえ……とんでもごさりませぬ……!」
「あ、あたし達は……ととととと……当然のことを……したままでで……ございましゅる」
ドミニクさんとゲルダさんは、終始狼狽していた。
「リリリリリ……リアーナ……は、 アアアア……アルドリック殿下と……おおおおお……お知り合いで……?」
ゲルダさんの体が小刻みに震えていた。
寒いのでしょうか?
「はい、アルドリック様のお母様と、私の母はお友達でした」
「僕とリアーナは幼馴染なんだよ。
会うのは十一年振りだけどね」
アルドリック様は、私のことを幼馴染と認識してくれていた。
そのことがとても嬉しい。
ドミニクさんとゲルダさんが倒れた。
「リ、リリリ……リアーナ……様、はアルドリック殿下の幼馴染……!
あわわわわわ……偉いことに……!」
「リアーナ……様の恋人への失言の数々……!
おおおお……俺たち無礼うちにされる……!」
急いで駆け寄ると、ドミニクさんとゲルダさんがうわ言のように何か呟いていた。
「最大・回復!
最大・回復!」
すぐに回復魔法を唱えたが、二人が目を覚ますことはなかった。
「どうしましょう……!?
回復魔法が効きません!」
「大丈夫だよ、リアーナ。
おそらく、精神的なショックで気を失っただけだ。
執事長、二人を医務室に運べ。
リアーナの恩人だ。
丁重に扱うように」
「承知いたしました」
執事長さんが鈴を鳴らすと、兵士が数人駆けつけました。
執事長さんは彼らに事情を話し、ドミニクさんとゲルダさんを医務室に運びました。
「私も、医務室に……」
「あの二人のことは医者に任せよう。
それより聞かせてほしい。
公爵令嬢の君が、乗船券を買えないほど困窮していた理由を」
アルドリック様の表情は厳しく、漆黒の瞳は心配そうに私を見つめていた。
門番さんには、私がドミニクさんとゲルダさんに助けられ、ここまで来たことを伝えた。
ハルシュタイン王国で起きたことまでは伝えていない。
だからアルドリック様も、先触れに走った門番さんからもたらされた情報以外、知らないのだ。
「実は……」
私は祖国で起きた事をアルドリック様に伝えた。