改3話「住み慣れた王宮を追い出されました」
「挨拶が済んだら、去っさと出ていけ!」
「さようなら、お義姉様」
二人が、邪魔者を見る目で私を見る。
「気づいてないのかもしれないが、お前臭いんだよ!」
「へーウィット様、本当のことを言っては、お姉様が可哀相よ」
殿下が鼻をつまみ、ミラが口元を手で隠しクスクスと笑う。
私の使う絵の具は、少々特殊。
原料に使われる薬品のせいで少々臭う。
服や髪に絵の具の匂いが染み込んでいたのだろう。
王太子殿下に呼び出されるまで、自室で絵を描いていた。
着替える時間も与えられず、ここに連れてこられたので、少々臭うかもしれない。
「殿下、絵の具と絵は持っていっても構いませんか?」
王宮から追い出されても、絵を描きたいので絵の具とスケッチブックを持ち出したい。
できればキャンバスも持ち出せたら嬉しい。
心を込めて描いた作品たちを、置いていくのも忍びない。
「図々しいな!
絵の具もキャンバスも父上がお前に貸し与えたものだ!
その道具を使って描いた絵も当然、父上のものだ!
お前のものじゃない!
全部、置いていくのが筋だろう!!」
絵の具もキャンバスも、国王陛下から貸し与えられた物。
プレゼントされたわけではない。
私の描いた絵はすべて国王陛下の物とする。
そういう約束で絵を描かせてもらっていた。
私は絵を描くのが好きだから、楽しく絵を描ければそれでよかった。
自分の物にならなくても、作品が身近にあるならそれで良いと思っていた。
まさか、王宮を去ることになり、作品と離れ離れになるとは思いもしなかった。
陛下はお優しいから、私の描いた下手な絵をお城に飾ってくださった。
炊事場に炎をまとったトカゲの絵を。
鍛冶工房にドワーフの絵を、靴を作る工房に靴職人の妖精の絵を。
アンドヴァラナウトを作る研究所に首だけの老人の絵を。
騎士の訓練場に右腕のない男の絵を。
馬小屋には八本足の馬の絵を。
城の大広間には豊穣の神の絵を。
王城のどこかに私の描いた絵がある。
そう思えたから、今まで作品に固執しなかった。
絵の道具にも、作品にも、もう見ることも、触れることも出来ないのね。
胸にポッカリと穴が空いた気分です。
「まったく、城にタダで住まわせて、タダ飯を食わせてやったというのに。
それだけでは満足せず、それ以上の物を要求するとは……呆れ果てたやつだ」
聖女は無償で国に奉仕するので、お給金はいただきません。
その代わり、住むところが提供され、食べるものと衣服が支給されます。
八歳で母が亡くなり、時間を開けず父が再婚したあと、私の居場所は公爵家にはありませんでした。
安心して眠れる場所と、少しのご飯、綺麗にされた衣服、それだけあれば十分だと思っていた。
趣味を続けたいとか、作品を手元に置きたいとか、欲張りですよね。
「分かりました。
絵は諦めます。
ごきげんよう殿下、幸せにねミラ」
私が再度カーテシーをする様子を、二人はつまらなそうな顔で眺めていた。
「とっと出て行け!」
「ごきげんようお姉様。
言われなくても幸せになるわ」
私が踵を返すと、背後から思いも寄らない言葉が聞こえた。
「やっと、あのババアの婚約者から開放されたぜ!」
「へーウィット様ったら、酷〜〜い。
お姉様に聞こえるわよ。
フフフ」
王太子殿下が、二歳年上の私との婚約を嫌がっていたのは知っていた。
まさか十八歳で、年寄り扱いされるとは思わなかった。
振り返ると、二人はニタニタと嫌味な笑みを浮かべていた。
「仕方ないだろ?
リアーナの髪は真っ白くてお婆さんみたいなんだから。
本当、気持ち悪い色だよな!」
「やだぁ、へーウィット様。
あれは白じゃなくて銀色ですよ。 気持ち悪い色なのは本当ですけど〜〜。
アハハ」
実母譲りの銀色の髪は、この国では珍しく、奇異な目で見られることが多い。
まさか、こんな風に笑われるなんて。
「俺は、ミラの太陽のように輝く黄金色の髪が好きだ!」
「ありがとうございます。へーウィット様!
わたしもブロンドの髪が気に入ってるんです!」
ミラはドリルのように巻いた金色の髪を、嬉しそうに撫でていた。
「リアーナ、お前まだいたのか?
とっとと俺の視界から消えろよ白髪ババア!」
「やだぁ、へーウィット様!
そんなこと言ったらお姉様に気の毒ですよ〜〜。
フフフ」
口ではそう言いながら、ミラは楽しそうに笑っていた。
「最高聖女のミラの仕事の邪魔になるから、城からではなく、この国から出ていけ!
そして二度と戻って来るな!」
王宮からの追放が国外追放にグレードアップしていました。
「へーウィット様ったら酷〜い。
お姉様には、実家以外に行く宛がないんですよ〜〜。
国外追放なんかされたら、お姉様が野垂れ死んでしまうわ〜〜」
お城を出たら当面は実家で暮らすつもりだった。
それすらも叶わなくなってしまった。
「でも、お姉様は実家でも煙たがられてたから、
お姉様の居場所なんて、この国のどこにもないんですけど〜〜。
国外追放でちょうど良かったのかも〜〜??」
ミラが私の顔を見て、目を細め、口角を上げた。
これ以上話すこともないので、私は足早に部屋を出ました。
八歳から十年間、最高聖女として王宮で働いてきました。
その役目が突如として終わりを迎えた。
ぐずぐずしている間に、王宮からの追放が、国外追放にグレードアップしてしまった。
これからどうすればいいかわからない。
私は聖女の衣服のまま、荷物も持たず、住み慣れた王宮を後にした。
1話から3話おさらい
・へーウィットとリアーナ婚約破棄
・リアーナ最高聖女クビになる
・ミラが最高聖女になる
・アンドヴァラナウトの指輪をミラが嵌めてる
・リアーナが使用していた絵の道具も絵も国のもの、持ち出し不可
・王宮からの追放が国外追放にグレードアップ
・聖女の仕事は無給。最低限の衣食住が保証される。
・リアーナの私物はないので、身一つで城を出る
・国王は不在であり、挨拶できなかった