6 仕掛け人の正体
地上に戻って来た俺とケイトに――
「……アッシュー! おまえ、生きてたんだなぁぁぁ! よがっだぁぁぁ!」
涙と鼻水で顔面をグシャグシャにしたレナが突進してきて。俺が生理的な嫌悪感から、床に叩きつけるというハプニングはあったが……
地下迷宮の崩壊――あってはならない事故のせいで、実技試験は当然中止となり。救済措置として、試験を受けた全員が満点の評価になった事を知ったのは……翌日の昼休みに、腹黒な皇子と王女の特別室を訪れたときだった。
「何だよ……いっそ、全員赤点で留年決定なら、面倒な学院を去れて良かったのに」
俺は二人のために用意された料理を奪いながら、半分本気で言う。親父との契約を果たすには、魔法学院を卒業しなければならないが……だからって、いつまでも面倒な事に付き合うつもりは無い。
「いや、アッシュが魔法学院を去るなんて……僕は絶対に認めないから。君は我がレイモンド家の血肉となって、馬車馬のように働く――」
オスカーの台詞に俺は思いっきり腹パン……腹黒皇子を黙らせる。
『良い気味ね』と残酷な笑みを浮かる妹の第六皇女ソフィアに、俺は呆れた顔をする。
「そんな事よりも、おまえら……今回の事件を引き起こした犯人くらい、突き止めているんだよな?」
試験会場である地下迷宮の崩壊自体が、あり得ない事だったが――飛行禁止領域とか、深淵の悪魔の出現とか。どう考えても必死の罠な仕掛けは、笑いごとで済ませられるレベルじゃない。
「いや、それが……犯人の目星はついてるけど。特定までは出来ていないんだ。何しろ……君も知っているだろうけど、僕たちの敵は多過ぎるから」
オスカーとソフィアの敵は、次の皇帝の地位を争う皇族の皇子と皇女だけではなく、その派閥に所属している貴族とその配下の全てだ。だからっと言って――
「何言ってんだよ……おまえの敵が多い事と、俺とケイトが殺され掛けた事に何の関係があるんだよ? 必死の罠を仕掛けた奴は、俺かケイトに恨みがある奴か、無差別殺人がしたい狂人くらい――」
そこまで言ってから……俺は違和感の正体に気づく。
これほど大掛かりな仕掛けを施して、リスクを負っても殺す価値のある相手なんて――オスカーやソフィアみたいな皇族以外にはあり得ない。
「さすがは、アッシュ……ご名答だ。犯人が殺そうとしたのは……僕とソフィアだよ」
「ああ、そういう事か……ふざけるなよ! 何で俺たちが、おまえたちの代わりに命を狙われなきゃならないんだ?」
俺は首から下げているプレート――結晶体が埋め込まれた学生証を眺める。
そこに刻まれている古代文字は……オスカー・レイモンド。腹黒皇子の名前だった。
「いつ摩り替えた……ああ、そうか。俺が仕事から帰ったときには、摩り替えていたんだろ?」
俺が仕事に行くときは、学生証は部屋に置いていくから――敵意の痕跡を残さずに、完璧に同じ位置に置いて摩り替えれば。学生証になんて興味が無い俺が、気づく筈はない。
「それもご名答だ……アッシュ。僕たちたちの命を狙う奴なんて、山ほどいるから。たまには楽したいと思って、君の学生証と摩り替えたんだ。アッシュなら、どうにでも出来ると思ってね?」
それを聞いて、俺は俺はオスカーとソフィアを締め上げるつもりだったが――
「ケイト=オードリーの学生証を摩り替えたのは私……あの女は私のアッシュに告白するとか、舐めた事をしたから……死ねば良いのにって思ったのよ」
ソフィアは冷酷無慈悲な瞳で――ここにはいないケイトを見据える。
「アッシュには私がいるのに……舐めた事をするビッチは、全員地獄に行けばいいのよ……生きているだけで汚らわしいから、消えて貰える!」
ソフィアが俺に告白した相手に、制裁を加えている事は知っていたが……これまでは、社会的に抹殺する事はあっても。実際に殺すほどの事は、決してしないと思っていたのだが……
「おい、ソフィ、落ち着け……何で、ケイトを殺そうと思ったんだよ?」
「そんなの当然でしょ。あの女はアッシュにとって……いいえ、何でもないわ!」
途中まで言い掛けた言葉を止めて、プイを横を向いた幼女にしか見えない第六皇女に……俺は戦慄を覚える。
「まあ、今回の事はもう終わったから良いけど。だけど、ソフィ……次に何かやったら、例え皇女のおまえだろうと、俺は絶対に許さないからな!」
俺が本気で殺意を向けても――銀色の髪の第六皇女には全く効かず、何故か光悦とした顔で頬を赤らめる。
「良いわよ、アッシュ……私を殺すなら、気持ち良く殺してね。だけど……私は死んだって、絶対にアッシュの事を諦めないから……夜な夜なアッシュの枕元に現れて、アッシュのベッドにいる女の子を呪い殺すからね?
狂気が混じったロリ皇女の笑みに――俺はそれ以上、抵抗できなかった。