5 落ちた場所の事より……俺はおまえの理由が知りたい。
俺たちを取り囲む深淵の悪魔は、三十体あまり。
血のように赤い鱗に覆われており、金色の牙と鉤爪と蝙蝠のような翼を持つ『鮮血の悪魔』と呼ばれる個体だ。
推定レベル九十――Sランク冒険者が、プライドを捨てて逃げ出すレベルの相手だが。俺たち『深淵殺し』にとっては、雑魚キャラに過ぎない。
「おい、悪魔ども……おまえらの相手は俺だ!」
身体強化魔法を実戦レベルで発動させて――俺は深淵の悪魔たちの中に切り込んでいく。
地水火風と光と闇……六種類の属性は、魔法を構成する重要な要素だけど。属性を帯びた魔法って奴はイメージし易い半面、エネルギー効率が悪い。
まあ、イメージなんて曖昧なモノに頼るから……そもそも効率なんて概念が、普通の魔術士には無いんだけど。魔力ロス率五十八パーセント――これが魔法を発動するときの平均的なエネルギー効率だ。
だけど、俺たち『深淵殺し』は、そんな無駄なことはしない。魔力ロス率零パーセント――つまり純粋な魔力そのものを、刃と肉体に宿らせる。
『剛力』と『加速』と『硬化』の魔法を同時に発動させて――加圧された魔力が淡い青の光になって、俺は『鮮血の悪魔』たちを蹂躙する。
奴らはケイトも標的にしたけど、俺が純粋な魔力の結界――『防壁』を展開したから。たかが推定九十レベルの奴らが、彼女を傷つけられる筈もない。
「アシュレイ君って……やっぱり、凄いよね……」
ケイトの賞賛の声を――聞くとも無しに、耳にしながら。俺は五分ほどで『鮮血の悪魔』を殲滅するが……あの男なら、絶対一分以内で終わらせていたと思う。
「とりあえず、片付いたけど……上に戻らないと、どうしようも無いな。ケイト……俺から離れるなよ? あまり距離があると、俺も守りきれる保証はできないからな」
「うん、解ったよ。アシュレイ君は……また私を守ってくれたね!」
銀色の髪をいじりながら――ケイト=オードリーは真っ赤に頬を染めているが。俺は今回も、気づかないフリをする。
だって、俺はたまたまこいつを助けたけど。ケイトだって二度も俺を助けようとしたんだから、お互い様だろ?
上向きの加速は相殺されてしまうし、飛行魔法も無効化されているから。俺は仕方なく、上に昇る階段を探す。
失われた魔法の産物である地下迷宮には、必ず脱出ルートが用意されている。
それが地下迷宮を構成する原理から来るものなのか、他に理屈があるのかは俺にも解らないが。数百の地下迷宮を制覇して来た俺は、脱出ルートの無い地下迷宮に一度も巡り合った事がない。
だから――統計学的には、正解だろう?
俺は出口へと向かうルートを探索しながら、出現する怪物たちを瞬殺する。深淵の悪魔以外に、地下迷宮に出現する怪物なんて、せいぜいが推定五十レベル以下だから。どんなに油断しても、俺が傍に居ればケイトを傷つけられる筈もない。
「ていうか……ケイト=オードリー? さっきも言ったけど、おまえが俺に惚れる要素なんて皆無だって思うけど。おまえが嘘を言って無い事くらい、俺にも解るからさ…点何で俺なんかに惚れたのか、教えてくれないか?」
片手間で、金色の竜と、銀色の悪魔、猛毒の巨人の集団を殲滅した後――俺は問い掛ける。
「え、アシュレイ君……いきなり、そんな事を言われても……困るよ」
想像通りにデレるケイトに――俺は振り返ってジト目を向ける。
「言っただろう、俺はおまえが惚れるとか信じられないって? 俺の事を好きだって言うならさ――理由くらい説明しろよ?」
告白したときは、理由を聞くことすら拒絶したくせにと……ケイトが非難の目を向けて来る。
「いや、悪かったよ……あのときは何を言われたとしても、俺は信じられなかった」
だけど、今は違う――命懸けで俺を守ろうとしたケイトの言葉を、疑うつもりなんて無い。
「うん、解った……二年前に、アシュレイ君は『黄昏の地下迷宮』を踏破したことを憶えてる?」
ケイトは意を決したように、俺を真っすぐに見つめる。
「『黄昏の地下迷宮』……ああ、俺が五つ星になる試験を受けた場所だな。だけど……―何で、おまえがそれを知ってるんだよ?」
『黄昏の地下迷宮』――その最下層に突然出現した深淵からの侵略者。それを単独で殲滅する事が、十五歳の俺に与えられた『五つ星の深淵殺し』になる条件だった。
「あのとき、私も『黄昏の地下迷宮』にいたのよ……私たちのパーティーは怪物に取り囲まれいて、次々と仲間たちが倒れて。私が死を覚悟したときに……アシュレイ君が助けてくれたの!」
そう言われても――俺は全然思い出せなかった。
あのとき俺は 確かに『黄昏の地下迷宮』の怪物を蹂躙したが……ただの怪物なんて俺とっては雑魚だし。途中で冒険者を見た気もするが……正直に言って眼中に無かったから、顔なんて覚えていない。
「ケイト……おまえが言うんだから、多分俺はおまえを助けたんだろうけど。ハッキリ言うぞ……俺はおまえを助けるつもりなんて、一ミリも無かったからな」
ケイトにとっては残酷な言葉だろうが――俺は敢えて口にする。
「うん。あのね、私だって……自分が特別だからアシュレイ君が助けてくれただなんて……そんな風に己惚れていないよ」
ケイトは俺を気遣うように、満面の笑みを浮かべる。
「だけど、アシュレイ君が……私を助けてくれた事は事実だから。私にとってアシュレイ君は……白馬に乗って現れた王子様なんだよ!」
堂々と宣言するケイトに――俺は、深いため息を漏らす。
「おまえ……それってさあ。自分がチョロインだって、宣言しているようなもんだろ?」
「それくらい……私も解ってるけど。自分の危機を救ってくれた王子を……好きになっても仕方ないでしょ!」
このときのケイトは迷いなど微塵も無くて――真っすぐに見つめてくる紫色の瞳に、俺は思わず見惚れてしまう。
「私はね……アシュレイ君が大好きだよ。公爵とか強いとか……そんなことは関係なしでね!」
だけど、ケイトが言った最後の台詞に――プチッと音を立てるように俺はキレる。
「ぶざけるなよ……強さ以外に、俺に何があるって言うんだ!」
彼女の言葉を否定するように――俺は二振りの黒い長剣を振るって、鮮血を迸らせながら怪物を蹂躙する。
俺は『深淵殺し』だ――深淵からの侵略者を殺す事だけが、存在意義の全てなんだよ。だから……それ以外のモノなんて要らない!
感情が消えていく。邪魔なものは全部削って、俺自身が殺戮機械にならないと。本当に殺したい相手には届かない……だから、俺は守れなかっかったんだ……
「アシュレイ君! そんなに悲しい顔をしないでよ……」
だけど、ケイト=オードリーは――そんな事などお構いなしに、グイグイと俺の懐に食い込んでくる。
「私は……私だけは、何があっても……アシュレイ君の味方だから!」
なんで、そんな台詞が言えるんだよ……おまえは何様なんだ!
拒絶の言葉が、俺の頭を過る――だけど強引に、柔らかい胸の中に抱き寄せられて俺は……ケイトを拒否する事が出来なかった。
「ふざけるな……一回助けられたくらいで、惚れるとか。マジでおまえは、チョロイン確定だな!」
精一杯の皮肉を込めて言うが――
「良いよ……解ってるから、何度もチョロインなんて言わないでよ。私だって恥ずかしいし、自覚はある……私はアシュレイ君だから、好きになったの!」
頬を染めるケイトに……何の根拠もない台詞だなと俺は呆れながら、結局は彼女の台詞を否定することが出来なかった。
(そうだよな……下らない常識に、付き合う必要なんて無いか……)
そして五十七回の無意味な戦闘を終えて――俺とケイトは地上に帰還した。