4 まだ結末じゃないから
ケイトが落ちて行った先は深い闇の中で、彼女の身体は瓦礫と共に闇に飲み込まれた。
明らかに魔力を帯びた闇と、落下を続ける大量の瓦礫――飛行魔法が発動していない事は、すぐに解った。
飛行禁止領域って……完全に必死の罠じゃねえか!
こんな場所で加速するのは自殺行為だが、ケイトが底まで落ちた時点でアウトだから。俺は躊躇わずに、全力の加速魔法を発動する。
眼前に迫る瓦礫を次々と粉砕しながら、ケイトがいる筈の場所を目指す。十二個目の瓦礫を破壊したとき――ようやく彼女の姿が見えた。
「……ケイト!」
叫び声に驚いた彼女は、目を見開いて俺を見る。
「アシュレイ君、なんで……どうして、あなたが……」
紫色の瞳に浮かぶのは悲しさと悔しさと、もう一つの感情……いや、時間も無い事だし、俺は気づかないフリをする。
「こっちで勝手に捕まえるから……下手に動くなよ!」
速度を落とさずにケイトに迫ると。彼女を追い越すタイミングで、俺は逆向きに全力の加速魔法を発動する。
相対速度を合わせて、身体をすくい上げるように彼女をキャッチするが。その直後――再び落下が始まった。
加速魔法まで相殺するとか……ホント、至れり尽くせりだな。このトラップを仕掛けた奴は、絶対に性格が歪んでる。
このとき俺は、至近距離にいるケイトの紫の瞳から、涙が溢れていることに気づいた。
「アシュレイ君は……馬鹿だよ。せっかく助かったのに……なんで、私なんかのために……」
キャッチするときに、偶然お姫様抱っこの形になったから。彼女の柔らかさとか体温とか甘い匂いを感じる。
こんなときに何考えてるんだよ……俺は自分にツッコミを入れながら、わざと皮肉っぽい笑顔を浮かべる。
「何、人生最終わりみたいな顔してんだよ……俺が絶対に助けてやるから、しっかり掴まってろよ!」
ケイトは一瞬ハッとするが……すぐに満面の笑顔になって。
「うん……アシュレイ君を、私は信じるよ!」
「嬉しいね……そいつは、どうも!」
連続で全力加速を発動して――俺は落下速度を落とすことだけに意識を集中する。
地面に激突する前に速度を落としきれるかが、勝負だった。
下を見ると――何処までも続くように思えた闇の終わりが見える。
底に到達するまで、あと何秒だ? 俺は続けざまに加速を連続発動しながら……ケイトだけは守ろうと、自分の身体で彼女を包み込む。
地面に到達する直前――俺は横向きに全力加速を発動した。ケイトを抱きしめながら回転して、少しでも衝撃を殺そうとする。
あり得ないほどの痛みが全身を駆け抜けるが……痛みがあるって事は、生きている証拠だよな?
「おい、ケイト……生きてるか?」
「うん……アシュレイ君、私は大丈夫みたい……」
ケイトは起き上がると――俺を見つめて真っ青になった。
「ア、アシュレイ君こそ……大丈夫なの? ねえ……アシュレイ君!!!」
号泣して、取り乱す彼女……たぶん今の俺の姿は、真っ赤な血に染まるボロ雑巾ってところだろうな。
「いや、そんなに騒ぐなって……見た目ほどのダメージは無いから」
地面を転がり周ったせいで全身血まみれだが、身体強化魔法のおかげで骨も内臓も無事だった。
そもそも俺一人だったら、全身を硬化すれば無傷で着地出来たんだけど……そんな事をしたら、ケイトが無事じゃ済まなかった事は、絶対に誰にも言うつもりは無い。
「そんな……大丈夫な筈無いじゃない! お願いだから……死なないで!」
ケイトは必死になって、回復魔法を発動する。魔法の効果なのか……俺は温もりを感じていた。
「ごめんね、アシュレイ君! 私のために、こんな事に……どんな事でもするから、神様……アシュレイ君を連れて行かないで!」
ケイトの回復魔法のおかげで、俺の傷は塞がっていた。全身体中に感じていた痛みも、すっかり消えている。
「ああ、助かったよ……ケイト、ありがとう。この闇の中に堕ちそうだった時と、怪我を直してくれた事……おまえには、二回も助けられたな」
「な、何を言ってるのよ! アシュレイ君こそ……私を何度も助けてくれたじゃない!」
紫色の瞳に再び涙が溢れる――だけど、さっきとは意味が違う事くらい、俺にも解っていた。
「いや、何度もとか……訳が解らないよ。もしかして、俺って……前にもケイトに会った事があるのか?」
同じ二年生で、辺境伯令嬢の美少女……それくらいしか、俺はケイトの事を認識していない。
「やっぱり……アシュレイ君は、憶えてないのね? でも、良いわ……仕方ない事だから。アシュレイ君にとって、私は……偶然助けただけの存在だから!」
言葉とは裏腹に、ケイトは寂しそうな顔をしているが。俺はどうしても、過去にケイトに会った事が思い出せなかった。
このとき、俺は近づいて来る者の存在に気づく――ケイトの方も、予想してた以上に敏感に反応した。
「アシュレイ君、これって……」
「ああ、囲まれてる……でも、安心しろよ。こんな奴ら、俺が全部片づけてやるから」
暗闇の中から現れたのは――深淵の悪魔。深淵殺しの殲滅対象である異界からの侵略者だ。
この世界は深淵からの侵略を受けている。それに唯一対抗できるのが深淵殺しで、深淵殺しであることが俺たちウォルターの存在意義だ。
俺は収納庫から、二振りの漆黒の剣を引き出す。『冥王』に『夜叉王』……二つの長剣は、数々の深淵からの侵略者を仕留めて来た俺の相棒だ。
「おい、ケイト……結界を張るから、そこでじっとしていろよ。こいつらを殺すのは……俺の仕事だから!」
漆黒の剣に魔力を通して――俺は深淵の悪魔たちに、躍り掛かった。