1.3 依頼
「すまないな、急に呼び出して。」
日が沈み、雨が濡らす街角の一角で、傘を差し出しながら男は呟いた。
「いえ、大丈夫ですよ……ただ、給料は割り増しで貰いますけど……。」
「あぁ構わない。」
「で、今日は何を運べばいいんです?」
一眞は淡々と受け答えた。
「今日は人を1人殺して欲しい。」
男は声のトーンを変えぬまま言った。
「何を言ってるんですか?知っての通り僕の"力"は……。」
「あぁ、知っている。」
男は遮るように続けた。
「何も心臓を止めろ、と言っている訳じゃない。この国から追い出し、当分戻って来れないように出来ればいい。」
「今回は相当大きいヤマなんですね。」
「あぁ。クライアントはいつもの10倍の報酬を出すと言っている。受けてくれるか?」
雨が少し強くなり、街の喧騒が遠くなる。
「ここで僕が受けないと言ったらどうするんです?」
「それならそれで構わない。ただ、クライアントはお前に失望するだろうがな。」
雨粒により街灯の光が、まだ忙しくなく動き続ける街を散る。
「そんなの受けざるを得ないじゃないですか。やればいいんでしょ。」
「お前ならそう言ってくれると信じていた。」
それまで全く動かなかった男の姿が僅かに揺らいだ。
「今回のターゲットについてはこの中に詳しく記されている。期限はちょうど来週の今日。4月30日が終わるまでだ。」
そういうと男は小さな封筒を一眞に手渡した。
「えらく急ですね。普段なら2週間以上猶予があることが多いのに。」
「それだけ急務らしい。だからクライアントも報酬額を弾ませている。」
「もし僕が失敗したら?」
一眞も変わらず淡々と続けた。
「さぁな。そこまでは俺も聞いてない。まぁ、成果を期待しているよ。」
男はそういうと、街角の闇に溶け消えた。
「相変わらず読めない人だ。」
一眞はそう呟くと、再び"円"の中に消えていった。