α1.1 その男の"ズレ"
「はい、講義始めるぞー。」
壇上にいる白髪混じりの男がそう言葉を放つと、騒がしかった部屋が少しずつ落ち着き始めた。
「前回は講義資料17ページの途中までだったな。その続きから始めるからさっさと資料出して。」
部屋に集まった学生たちが、少しのざわつきを保ったままその男は講義を始めた。
淡々と講義は進んでいく。
その中に、九条一眞という男がいた。ありふれた男子学生だ。
地方の高校を卒業し、とある政令指定都市の、なんてことの無い大学に通っている。
この男には少しだけ変わった過去がある。
本来、ヒトにあるはずの"脳"がほとんどない状態で生まれたのだ。
当時、それを見た担当医や両親はたいそう心配したが、生後半年頃を機に、何事も無かったかのように発達を始め、2歳になる頃には普通の幼児と何ら変わらぬ程まで成長した。
以降、経過観察となり、その後は何一つ他の人と変わらぬ成長を経ている。
今でも年に一度、彼が生まれた病院に通い、定期検査を行っているが、ここ10年近く特に異常は見つかっていない。
「はい、今回の講義はここまで。私のサーバーにレポートを出しておくように。」
壇上の男がそう言うと、学生たちはまた元の騒がしさを取り戻し始めた。
「帰ろ……。」
一眞はそう呟くと、騒がしい講義室をあとにした。