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第五話

「あれ? どうして俺はここにいるだ? 確か皆と魔界に行ったはずなんだけどな?」


 いつの間に寝てしまったか分からないが目を覚ますと、そこは俺が生まれ育った村だった、どうしてここにいるのか分からず眉を寄せて唸っていると、聞き慣れた声が俺を呼んでいた。


「おーい、ハルト。何をボーと突っ立てんだよ、早くこっち来て刈り入れの手伝いをしないか!」


 聞こえてきた懐かしい声に振り返れば父さんと母さん、それに兄貴達が鎌を持って立っていた、その後ろには黄金色に実った麦畑が広がっているから収穫をしている最中みたいだな。


「父さん、俺はどうして村にいるんだ? 確か兵士になって勇者に選ばれそれから……」

「はぁ何だお前はまだ寝ぼけてるのか?」

「いや、信じられないかもしれないけど本当なんだよ! ほら、証拠に聖剣だってあるだろ!」

「ほぉー? 俺の目にはお前が持っているのは使い古された鎌にしか見えないんだが、それが聖剣なのか?」


 呆れたように溜息を吐かれ、慌てて自分の手を見るが確かにそこにあったのは、家で俺が使っていたボロボロの鎌だ。それによく見れば、身に着けているのも冒険していた時の服ではなく、つぎはぎだらけの古着だった。


「たく、もういいから早く行くぞ」


 俺の頭をゴツゴツとした手で叩くと父さんは麦畑に戻っていった。そうかあれは夢だったのか、まあそうだよな俺みたいなただの農民が勇者に選ばれるはずなんてなかったんだ。


「ハルト! 手伝わないなら今日のご飯はなしにするからね!」

「ご、ごめん。今手伝うからそれは勘弁してよ母さん!」


 母さんが目を吊り上げながら無慈悲に怒鳴ってくるので、慌てて父さん達と一緒に麦を刈り取ろうとしたその時だ、どこからあの音が響いてきた。


  ―― ウォ~~ウォ~~ ――

 

 この不安を駆り立てられるような不穏な音はまさか!? 嘘だろっあれは夢だったはずだ、きっと空耳だと耳を塞ぎ聞かないようにとするが、次第に音は大きくなってくる。


 もうこれは間違いなくあれだ、夢で見たあの恐ろしい乗り物が発していた悪魔の咆哮だ! 不味いっ早く父さん達を逃さないと大変なことになるぞ!


「父さん母さん! 兄貴達を連れて逃げっ!? 皆どこ行ったんだ!?」


 逃げてくれと叫ぼうとしするが、そこには父さん達の姿はなくなっており、代わりにそこにいたのは夢の中で一緒に冒険をした仲間達の姿だ。


「ぼけっとするなっ! お前も早く剣を構えろ!」

「そうですよっ敵が近づいてきているのに何をしているんですか!」


 ゲルトの兄貴は愛用の大剣を握り前を睨み、ベイルはいつでも魔法を放てるように準備しながら、俺を急かすように怒鳴ってくる。

 

 二人の顔は緊張のためか固く、冷や汗をながしカタカタと小刻みに震えており、ただ事ではないことがすぐにわかったけど、あれは全部夢の中の出来事だったんじゃないのか!?


「夢のはずないじゃろうがっいい加減に現実逃避は止めんかこの馬鹿者!」


 いやでも俺は鎌しか持っていないし、着ているのだってこんなボロボロの服じゃ戦闘なんて無理だよ!


「何を言ってるんですかハルトさん、なら貴方が腰差している聖剣は何なんですか!」


 言われて確認すれば、いつの間にかそこには聖剣があり、着ている服も勇者のものに変わっていて手に持っていたはずの鎌もなくなっていた。


「くそっ何なんだよこれはっ俺は幻覚でも見てるか!?」


 もう完全に訳が分からず混乱しながらも聖剣を抜いた、まさにその時だ。


「来たっ来ましたよっ、皆さん気をしっかりと持ってくださっぐぇばっ!?」

「ベイルっ!? おのれっよくもベイルをやってくれたのっ! その頭を射抜いがはぁああッ!?」

「そんなフリーデさんっ今回復魔法を掛けまきゃああぁあっ!?」


 立て続けに三回、何かがぶつかる凄まじい音が聞こえると同時に響いたのは三人の短い悲鳴だ、そして次に聞こえたのは何か重いものが地面に落ちて転がる音だ、それが何の音かは考えなくても分かってしまった。


「ベイル達がやられちまったかっ。ハルトっここは俺に任せてお前だけでも逃げろ、そしてあれのことを伝えるだ!」

「兄貴無理だ! 止めてくれよ!」

「いいから早くいけっ! うおおおーーっ!」


 止めようする俺の声を振り切るかのよに、大剣を上段に構え兄貴は雄叫びを上げながら駆け出して行く! その先には俺を、いや、俺達を絶望の淵に叩き落とした長方形の乗り物が、あの時以上の速度でこちらに向かって来ているのがはっきりと見えた。


 ダメだっあんな化物、いくら兄貴でも剣一本で相手にできるはずがない! 逃げろっ逃げてくれよ兄貴ーーーーっ!


「喰らいやがれっこのぶべぇらばぁっ!?」


 上段から渾身の力を込めて一気に大剣を下ろすがやっぱり無理だった、剣はぶつかった衝撃で根本から折れ、兄貴自身もまるでどこぞのチンピラのような悲鳴を上げ回転しながら宙を飛んでいってしまった。


 てっやばい! このままじゃ俺も轢かれしまう、例え腰抜けと呼ばれ罵倒されていい、何としても逃げ延びてこの事を伝えなければ、皆の犠牲が無駄になってしまう。 


 震える足に力込めて逃げ出そうするがもう遅かった、既に目の前には車が迫っており、とてもじゃないが逃げるなんて不可能だ!

 

  必死になって止まってくれと叫ぶが少しも止まる気配はなく、それどころか逆に速度を増しているように感じるだけど!?


 ……そして俺は見た、見てしまった。あれに乗り運転しているオルガを……そこにあったのは完全に狂気に染まってしまった者のやばい顔だった。


「うわあぁああーーーっ!? はぁはぁ…? ここは……車の中…なのか? 俺は途中で気を失っていたのか?」




 叫び声を上げて起き上がると、シートベルトを着けたまま椅子に座っていたことに気づき安堵していると、隣から弱々しい声が聞こえてきた。


「ようやく起きたのかハルト、でかい声を出しやがって……どうやらお前もかなり嫌な夢を見ていたようだな」

「兄貴! 良かった無事だったんだ!」

「ああ、気分以外はな……他の奴らもそこにいるぞ……」

 

 ぐったりと青褪めながら椅子にもたれ掛かるように座っている兄貴が、力なく指す先には同じように椅子に座っている三人がいた。


「ふふふ……私、馬車や船に乗るのが苦手だったんですど、もう大丈夫ですよ。あれに比べれば、どんな乗り物もなんてことないですよ」

「儂も同じじゃ、もう何も恐れるものなどないぞ! ……あれを抜かせばじゃがな……」

「素晴らしいっ、まさかあれほど速く走れる魔道具があったなんて!」


 ローラとフリーデが虚ろな目で宙を見ながら不気味な笑みを浮かべているのに対して、ベルンは興奮した様子で目を輝かせながら、ブツブツと車について考えているけどベルンてこんな奴だったか?


 もしかしたら頭でも強く打ってしまったのかと、そんなことを思っていたら後ろの扉が開き、車に乗っていた時はまるで別人のオルガが、俺達を見ると本当に申し訳なさそうに頭を下げて謝ってきた。


「いやぁ悪かったな、まさかお前らが乗り物に弱いとは思ってなくてな。大丈夫か?」


 いや、ちょっと待ってくれ! あれは乗り物に弱いとかの話じゃないだろ、明らかに問題があったのはオルガの運転のはずだ、それともまさかとは思うがオルガのような運転が、魔界では一般的か多少荒いくらいですませられることなのか!? ……もしもそうなら俺は魔界にある、どんな乗り物にも乗りたくないんだけどな。


「ええ、大丈夫ですから気にしないでください。普段は歩くことのほうが多くて、乗り物に慣れてなかっただけですから。

 あの、一つ聞きたいんですが、もう対策課のある王都には着いたんでしょうか? ……それとも未だ着いてないんでしょうか?」


 恐る恐る尋ねるとベイル以外の皆が勿論俺も、着いていてほしいどうか着いていますように、と必死になって神に祈った。


「ああ、もう着いているぞ。というかだ、目の前にあるこの建物こそが俺達、勇者対策課の本部だ!」


 一旦言葉を止めてから力強く両手を広げ胸を張って誇らしげに言うので、車から降りてみると確かにそこには、塀に囲まれた大きな建物があるのだけど……。


「な、なんか思っていたよりもその、趣のある建物ですね」

「そうだな、これはこれでいいんじゃないか。お前もそう思うだろベルン?」

「ええ……年代を感じられてその、とにかく良い建物だとは思いますよ」

「なんじゃまるで廃墟のようではないか、本当にここが本部のなのかの?」

「「「ちょっ!?」」」 


 俺達が必死に言葉を濁していたのに、フリーデはそんなことには構わずに、それはもうスッパリと言ってしまった。



 そう、今俺達の前にある建物はどう見ても廃墟にしか見えないものなのだ。周囲を三メートル程の高さの塀に囲まれた三階建てのそれなりに大きな作りの建物なのだが、塀はボロボロで所々崩れ、建物自体も相当古いようで外壁には無数のヒビが入っているのだ。 


「まあ確かに外から見るだけだと、そう思うのも無理はないだろうな。だがだ、中は違うから安心してくれ」


 どうやら外見のことはオルガも気にしていたらしく、肩を竦め苦笑いしながら歩き出すので俺達もその後を付いて行く。


「おーい、俺だオルガだ。バムラ領から勇者一行を連行してきた開けてくれ!」


 扉の前に立つと横に付いている変な出っ張りを押すとピンポン、と変わった音が響き待つこと数分、扉が開き誰かが出てきたがオルガの体に隠れて見えないな。


「あ~もう、うるさいわよオルガ! こっちは二日酔いで苦しんでるんだから、少しは静かにしなさいよ」

「ばっ馬鹿! お前なんて格好で出てくるんだっ!?」


 何を慌てているだろうと思い、背後から覗き込むように見て納得した、何せ出てきたのは痴女だったからだ。


 これは誰がなんと言おうと痴女だ、間違いない。下着姿に上にボタンも止めずにシャツを羽織っているだけなのだ、普通の女性なら恥ずかしくて出てくることなどできないだろうに、この痴女はまるで気にしていないようだ、正直目のやり場に困ると思っていたのだが。


「でけえなおい、ありゃいいものだぞ。なあベイルお前もそう思うだろ?」

「ぶふっ!? 知りませんよっ! そんな答えに窮することを、私に聞かないでください!」


 眼の前の光景を目に焼き付けようとしているのか、兄貴は思いっ切り痴女をガン見しながら口楽しそうに口笛を吹いていた、一方でベイルは顔を赤くしながら顔を逸らしているがチラチラと横目で見ている。


「だ・か・ら、大きな声を出さないでって言ってるでしょ! それで何でアンタがここにいるのよ?」

「いや、連絡していただろ? 勇者一行が現れたから本部に連行するって、まさか聞いてなかったのか?」

「それは知ってるけど、いくら何でも着くのが早すぎるでしょ。どうやったらこんなに早くバムラ領から戻ってこれるのよ」

「そこはあれだ、緊急事態ってことでサイレンを鳴らして、ぶっ飛ばしてきからな。てっそうじゃない! いいから服を着ろよ!」

「いやよ、どうせ飲んだらまた脱ぐことになるんだから、面倒じゃないの」

「脱ぐなのよ!」


 服を着たがらない痴女と、服を着せようとするオルガ。どうでもいいけどこれって、何も知らない奴が見たら襲ってるようにも見えないか心配だ。


 しかし兄貴も言ってたけど本当にでかいな、背はフリーデと同じくらいなのに、一部だけがとてもでかい。それ比べてウチの二人ときたぐえっ!?


「おいお主……さっきからあの痴女と儂らの、一体どこを見比べておるんじゃ? あ?」

「ふふふ、そうですねフリーデさんの言う通りです。それに何故そんな可哀想なものを見るような目で私達を見てるんですかね~?」

「そうじゃな~しっかりと説明をしてもらわねばなぁ」

 

 左右から強烈な肘打ちを脇腹に打ち込まれ、痛みに蹲っていると聞こてきたのは、血も凍りつきそうなほどに冷たく殺気に満ちた女性陣の声だった……。

 恐怖のあまりガチガチと歯を打ち鳴らしながら、恐る恐る顔を上げれば、背後にドス黒い炎を燃え上がっているかのような錯覚を覚えるほどに、静かに怒り狂っているフリーデとローラが俺を睨んでいる。

 

 やばい、やば過ぎる。このままじゃ魔王と戦う前に二人に殺られちまう!? 助けを求めて同じ思いを抱いただろう、兄貴達を見るがダメだった、兄貴は既に地面に倒れビクビクと痙攣しており、ベイルは青褪めながらそっぽを向いて決して目を合わせようとしないし、ここで俺を助けようとすれば同類とみなされ自分の身も危ないと悟って知らんぷりする気だ!

 

「のうハルト、質問に答えてくれんか? もう一度聞くが、どこを見てあんな残念そうな顔をしておったのだ?」

「まさかとは思いますけど、私達の胸を見てっなんてことはないですよね? 勇者ともあろう人がそんなことはないですよね?」

 

 指の骨を鳴らしなが問い掛けてくるフリーデとローラの顔に浮かんでいるのは、車を運転していた時のオルガと同じ狂気だ。完全にイッてしまっている目に殺意だけをギラつかせながら迫る二人は、今まで出会ったどんな敵よりも恐ろしく、まるで死神のようだ。

 

「いえ、そのですね。男ならどうしても目が行ってしまうといいますかその……」

「「死ねっ! この女の敵!」」

「ぎゃあああっ!?」


 言葉と共に降り注ぐ拳の雨、非力なはずのローラまでが普段からは考えられないような、力を込めて殴打してきており、次第に意識が薄れてきた……ごめんよ父さん母さん、俺の旅はここまでのようです。





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