第三話
「なるほどな祖国を侵略しようとしている魔王を倒しに魔界に来たのはいいが、魔王様が複数いることも知らなかったというんだな」
「ええ、恥ずかしいことなんですが向こうで読んだ資料とかでは魔王は魔界に君臨する絶対的な唯一無二の支配者だとあったので、まさか何人もいると思ってませんでした……」
あの後、グラム達によってこのゴッディア警察署に連れて来られ、個別に取り調べをすると皆と引き離された時には俺達が持っている情報を得るために、身の毛もよだつような恐ろしい拷問が始まるのだと思い、王国の不利益になるような情報は何も渡さないと決意を固めていたのだが、予想外のことに拷問などは一切されなかった。
ただ椅子と机しかない狭い部屋に入れられると名前と出身国、そして経歴と来た目的などを聞かれただけだった。もう親方達に話していることだから隠す必要ものないので勇者になった経緯や目的を正直にグラムに話すと。
「まだ若いに色々苦労してんだなお前も……」
何やら同情されてしまった、やはり見た目は怖そうだがそれに反して人情家のようだな、こんなんでいいのかと逆に心配になってきた。
これがもしも祖国であるアレッサ王国だったらと考えるとゾッとしてしまう、たとえ間違いであろうと国王様を殺しに来ましたなんて言おうものなら問答無用で即捕縛、そして徹底的に拷問されありとあらゆる情報を吐かされるだろう、いやもしかしたらやってもいない罪の自白も強要されるかもしれない。
それに対してここはちゃんと座る椅子も用意してくれるし、お茶まで出してくれたりと向こうよりも断然優しいんだけど、それともこれは俺だけなのか?
他の場所に連れて行かれた皆は酷い目に遭わされているとか? いや、でも目の前で泣いてるグラムを見ているそうは思えないんだよな。
「あのすみません、取り調べってこれで終わりなんですか? もっと色々なことをされるものと覚悟していたんですが」
「ん? ああそうだぞ別室に連れて行った、お前の仲間も同じようなことを証言したからなひとまずこれで終わりだ、これ以上は俺達じゃなく他の部署の仕事になる。なんだもしかして拷問でもされるとでも思っていたのか?」
図星だったので素直に頷いたら腹を抱えて大笑いされたけど、そんな変なことを言ったかな?
「そっちじゃどうか知らないが少なくともこの国では事情聴取をするのに拷問なんかしないさ。もしもそんなことをすれば逆に俺が犯罪者として裁かれることになるからな。他の奴らも同じように取り調べを受けてるはずだから心配しなくてもいいぞ」
「あ、そうなんですか? 実はそれがずっと気になって仕方なかったんでそれを聞いてホッとしましたよ」
「なら事情聴取も終わったことだし、仲間と一緒に昼飯でも食ってくるといいぞ。まだ色々とあるから署から出してやるわけにはいかないが、署内の中ならある程度は自由にしてやるよ」
「俺としては助かりますが良いんですか?」
「ああ、別に構わないさ。但し暴れたり逃げようとはするなよ、もししたら拘束具を着せた上で閉じ込めておかなきゃならなくなるからな」
念を押されなくてもこの現状ではそんなことはしませんよと俺は苦笑した、皆とはバラバラにされ武器も取り上げられ、さらには両手を鉄製の輪っかで繋がれているのにそんな馬鹿なことをするはずがないじゃないか。やってみたところであっという間に取り押さえられることは目に見えているんだから。
その答えにグラムは頷くとドアを開け出ていくのでその後を付いて行く、廊下を歩きながら改めてここは魔界なんだなと強く実感できた。
なにせただの廊下のはずなのに無色透明で曇りなど全く無いガラスが惜しげもなく使われた窓に音や映像が流れる魔道具が少し開けた場所に無防備にも置かれているのだ、他にも初めて見るものなども多く驚いているうちに皆がいる部屋に着いた。
「さて中に入れる前に手錠を外してやるよ、それと聞いとくが昼飯は何が食いたい? 本来なら金をもらうがお前らは特別だ、あまり高いものじゃなきゃ好きな物を頼んでいいぞ」
自由になった手を軽く動かしながら悩む、魔界の料理がどんなものか知らないのでグラムのお勧めを頼み、部屋に入ると外から鍵を掛けられてしまったこれは当然か。
「お、ようやく来たのかハルト、どうやらお前も無事だったようだな!」
兄貴の声がしたので見れば長机を囲むようにして座る皆の姿があった。
「ああ、俺の方は何も酷いことはされなかった、寧ろなんか凄く同情されたくらいだよ、兄貴達の方はどうだった?」
「儂の方はやたらと冒険の話をせがまれてな、代わりの担当が来るまで延々と旅の話をさせられたくらいで他は何もなかったの」
「私の話を聞いていた人はとっても可愛い猫耳の方で美味しいお菓子をくれたりした良い人でしたよ」
「私の方も同じようなものですよ。魔族の取り調べというから、もっと残酷で非道なことをされると思っていたのですけど、これなら向こうの尋問官達に見習わせたいほどに平和的でしたよ」
「俺も同じだな、途中で酒の話で盛り上がってな楽しかったぜ」
少し疲れように机にぐったりと突っ伏しているフリーデとは逆にローラは楽しげに自分の担当になった相手のことや出されたお菓子がどれだけ美味しかったのか目を輝かせながら語り、ベイルは自分の知識にあった魔界と魔族像とのあまりに違いに頭を抱え、兄貴は魔界の酒も飲んでみたいもんだと呑気に笑っている。
「何はともあれ皆が無事なら良かった。それでこれからのことなんだけど、何か考えがあれば言ってほしいんだけど」
「どうする、と言われましても今は何もできませんよ、武器は全部取り上げられてしまっている上に情報もないんじゃどうしようもないですよ」
肩を竦め困ったように言うとお手上げのポーズをするベイルにフリーデも目を閉じ腕を組んで真剣な表情で続ける。
「今騒いでも直ぐに捕まって終わりじゃ、そうなればもう今のように扱ってはくれないじゃろう、下手をすれば逃亡しようとして罪でもっとしっかりした作りの牢屋にでも閉じ込められ本当に拷問などされてしまうようになるかもしれんぞ」
「二人に同感だな、傭兵として転々として頃に同じようなことがあったしな、ここは大人しくするのがいいだろ」
「やっぱりそうなるのか、じゃあさこの後についてどんなことをされかとか誰か知ってる?」
兄貴とフリーデ、ローラは何も知らないのか首を横に振っている、そりゃ簡単に情報を与えたりはしないかと少しだけ落胆すると。
「ちらっと聞いたんですが、どうやら私達はこの後ここではない別の部署に移されることになるそうですよ。移される部署の名前は確か、勇者対策課とか言ってましたね」
「「「「勇者対策課?」」」」
「ええ、担当になった者が話し好きで色々と教えてくれたんですが、なんでも魔界の国になら大抵の国にある組織で、その名の通り人間界からやって来た勇者に対応する為に作られた組織なんだとか」
流石はベイルだ取り調べを受けながらも逆に相手から情報を引き出していたなんて兄貴とは別の頼もしさがある。
「ふむ、では肝心のその勇者対策課に身柄を移された後については何かないのかのう? 出来れば少しでもいいから情報があってくれると嬉しいんじゃが」
確かにそれが一番知りたいことだった、もしも移された後に何年も投獄されたり死罪にされるというのなら隙を見て逃げ出すべきだし。
逆に数日牢に入るだけや罰金とかで済むのなら大人しく従いつつ協力してもらえないか頼んでみるべきだ。
俺達は期待の眼差しを向けるがベイルは溜息を一つ吐くと静かに首を横に振った。
「申し訳ないのですがそこまでは無理でした、今分かっているのはその部署の名前と王都にあるということ、そして迎えが向かって来ているということだけすね」
あまり有益な情報とはいかなかったことに少しだけがっかりしてしまったが仕方ないか、寧ろ何の情報も得られなかった俺達と違い、些細な情報でも得られたベイルは凄いと思うべき。
「あーなんだ、とりあえず考えてもどうにもならないことは置いといてだ、まずは腹ごしらえをするのが先決じゃないか? ほらよく言うだろ腹が減っては戦は出来ぬってな」
暗くなった空気を変えようと兄貴は腹を擦りそう戯けてみせた。
「まあゲルトの言うことももっともじゃな、どうせどんなに考えても分からんものは分からんのじゃし、それならこれから出される昼食のことを考えるほうがいいじゃろ」
「まあその意見には賛成ですが問題は人間向けの料理が出てくるかどうかです、ここに入れられる前にすれ違ったりした者達は魔族ばかりで人間はいませんでしたからね。魔族にとっては美味しい料理だったとしても人間が食べられるか分かりませんよ」
それは言えてるな向こうで見たオークやコボルトの食事といったら、食材を調理もせずそのまま食べているだけだったからな。
「出されたものが野菜や果物だったのなら何も調理もされていなくても大丈夫ですがもしもお肉や魚がそのまま生で出されたとても食べれませんね……」
きっと用意された皿の上に生肉か、まだ生きて元気に動いている魚でも置かれているところを想像したのだろう、ローラは顔を蒼くしながら神にきちんとした料理が出てくることを祈り始めた。
「そのことを考えて私はちゃんと、人間が食べれるものにしてくださいと頼みましたから安心ですが皆さんはどうなんです?」
「甘くて柔らかなものがいいですとしか言ってませんね」
「俺は魔界の酒が飲みたいから酒に合う料理をって言ってみたら断られちまってな、仕方なく肉を食べたいって言ったんだが段々不安になってきちまったな」
「儂は肉や魚を生で出される不安があったから、生でも食えるだろう野菜をメインにした料理にしてくれるように頼んでみたの」
「あ~俺もそうすればよかった、何があるか分からないからお勧めでって言っちゃったよ」
こっちから頼んでおいてなんだけどもしも料理として出されたのが血の滴る生肉とかだったどうしよう、食べられないからと他の物に替えてもらうべきかな、いや、生肉だったらその時は自分で魔法を使って焼けばいいだけか。
「おう、飯を持ってきたぞ!」
噂をすればなんとやら、ドアをノックしてグラムさんと部下らしきコボルトが鉄の台車のようなものを押しながら入ってきた、恐らくあれに料理が入れられているのだろうけど果たして食べても大丈夫なものなのかと凝視していると。
「ハハハなんだなんだ、そんなに腹が空いてるのか? 今食わせてやるからちょっと待ってな」
どうやら俺達の視線を腹が減っているためだと勘違いし笑いながら台車の扉を開けたその瞬間。
―― ぐぅううううーー ――
全員の腹が大きく鳴ってしまった、それは開けられた瞬間に室内に漂い出した何とも言えない美味しそうな匂いのせいだ。なんだよこの匂いは嗅いだ瞬間から腹が鳴り出して止まらない!
隣では兄貴がまだ料理を見てもいないのゴクリと唾を飲み、ローラとフリーデは恥ずかしそうに腹を押さえながらも期待に目を輝かせ熱い視線を台車を送っている、そして俺達の中で一番美食を食べてきたはずのベイルはどうかと見れば、食べる前から美味いことを確信しているのか笑みを浮かべていた。
「さっき聞いた要望に合いそうなものを持ってきたが口に合わなくても文句はなしで頼むぞ。アンタは肉ってことだったからステーキ定食にしてみたぞ」
「おおっこりゃ凄え!」
出された料理を見て兄貴は声を上げた、先程まで想像していたものとは違いちゃんと調理されたそれは、熱々の鉄板の上に乗せられ今もジュウジュウと音を立てながら直ぐにでも齧り付きたくなるような香りを放つソースをかけられ分厚い肉だった、横には人参に馬鈴薯、緑と黄色の野菜が添えられており、一緒に柔らかそうな白パンが並べられていた。
「次はお嬢ちゃんだな、甘くて柔らかなものってことだったからパンケーキにした、これならその二つに合うだろうからな」
「わぁー可愛いですね、なにか食べるのがもったいないくらいです!」
普通なら料理を見た評価は美味しそうか不味そうの二つだろうけどローラは可愛いと評したがその気持は分かるな、真っ白な皿の上にあるのは黄色のパンようなものだが、それがくまの顔を形作っており、その周りを甘い匂いがする茶色のソースと果物が囲んでいて食べ物というよりも飾り物のように見えるな。
「それとこれはパンケーキに掛けるソースだこっちの茶色のがチョコソース、赤いのがベリーソースだ」
「はい、ありがとうございます!」
「エルフのアンタにはサラダの食べ比べセットだ」
「うむ助かる」
フリーデの前に置かれたのはガラスの器に入ったサラダだ、前の二つがすごかっただけになんかガッカリとするなと思っていたらまだ続きがあった。グラムはさらに三つのサラダを並べたのだ、どれも使われいる野菜は違うようだな、それと見たことがない野菜も多くあるがこれはこれで確かに美味しそうだ。
「ドレッシングも四つあるから好きに使ってくれて構わないからよ。次に人間でも食べれるものとかいう変な注文をしたアンタにはカレーにしたからな」
「こっこれは本当に食べられるのですか……?」
「勿論だ、こっちじゃ子供にも大人にも大人気の料理の一つなんだからよ! なんだもしかしてカレーを食ったことがないのか?」
思わず顔を引きつらせながら頷くベイルの前に置かれたのは、大きめの皿の上に麦のようにも見えるが違う白いものと、その上に大き目に切られた具が入った茶色のスープのようなものが掛けられ料理だ。
匂いだけなら今まで出された料理の中でも一番食欲を刺激するものなんだけど見た目がな……。
「最後にハルトは俺のお勧めでいいってことだったからよカツ丼にさせてもらったぞ!」
俺に出されたのは蓋がされた陶器製の大きな丼だった、グラムが蓋を取ると暖かな湯気が上がり中には半熟の卵と玉ねぎ、大きく切られた肉がありその下にカレーにも使われていた白いものが姿を覗かせていた。
「飯の時間は一時間あるかゆっくりと食えよ、じゃあなまたな」
「はい、分かりました。すみませんこんな美味しそうなものを出してもらっちゃって」
そのまま鍵を掛けて出て行くのを見送ると俺達の視線は自然に自分の前にある美味そうな料理に釘付けになり、腹が早く早くと急かすように鳴り響いている。
「じゃあそろそろ食おうぜ!折角の温かい飯が冷めちまったらもったいないからな!」
「そうですよね!温かいものは温かい内に食べるべきですよね!」
もう我慢ができないとばかりにフォークとナイフを掴んだ兄貴がステーキを大き目に切り分け始める、ローラも顔を綻ばせながらどのソースを使って食べようかと迷っている。
よし俺もこれ以上は我慢出来ない、食うぞっと丼を持ち上げようとすると横から呆れたような声が飛んできた。
「はぁ~まったくお主らは食い意地が張りすぎじゃないのか? 少しは我慢をせんか、それでどうじゃベイル?」
「ええ大丈夫です、調べましたが毒や魔法を掛けられている反応はありませんから問題なく食べられますよ」
見るとベイルはカレーが乗った皿やらフリーデに出されたサラダなどに手を翳していたがその手は薄っすらと魔法の光りに包まれている、どうやら何か盛られていないかを調べてくれていたようだな。
「そうかならこれでもう安心だな、じゃあ今度こそいただきます!」
「「「いただきます」」」
今度こそ食べようと用意されたカツ丼を手に取り先ずは一口とスプーンですくい口に入れたその瞬間、俺はあまりの衝撃に我慢することが出来ず思わず叫んでしまっていた。
「「「「美味い!」」」」
それは俺だけでなく全員が同じ思いだったようだ、それほどまでに出された料理が美味しすぎたんだ! 討伐の旅に出る前に王宮で宮廷料理を食べたことがあるけどこっちの方が断然美味い!
この玉子の丁度いい半熟具合と厚みがあるのに簡単に噛み切ることができ噛むたびに肉汁が溢れ出す肉、飴色になるまで炒められた玉ねぎは甘じょっぱく味付けされており、その下にある白いものと絶妙に絡み合い素晴らしい美味しさとなって俺の口を胃を心を満たしてくれている!
これに比べたらはっきりいってあの時食べた宮廷料理なんかろくに料理もせずに、ただ高価な食材や香辛料を無駄に多く使っているだけだったのだとよく分かる。
それは皆も同じだったのだろう全員が満足げに顔を綻ばせながら、それぞれの料理に舌鼓をうっている。
ベイルも最初はその見た目に不安そうだったのに一口食べてからはもう食べることを止めることが出来ないとばかりガツガツと音が聞こえそうな勢いでカレーを口に運んでいる、 俺もこれ以上余計なことを考えるのは止めよう今はただ己の食欲に従ってこのご馳走を存分に味わうことだけに専念するんだっ!