ハロウィーンムーンナイト
それは一層肌寒く感じる時間が長くなった、とある秋の夜中のことであった。
明かりも街灯くらいしか見えぬ、俗に田舎と呼ばれるであろう場所にある町の中、少し足を踏み外せば田に落ちてしまいそうな裏道に少年が一人。
普段から通っているのだろうか、暗く、目が慣れても月が隠れてしまえば到底何も見えなくなってしまうような心もとない道のりを、少年は俯きつつも、危なげなく歩んでいた。
季節が来れば実の成る木の横を通り、毎朝掃き掃除をしているおばさんが住んでいる家の前を越え、そうして少年が漸くに立ち止まったのは、とある二流河川に架かる古そうな石造りの橋の手前であった。
少年にとって何かしらの思い入れのある場所なのだろう、欄干も何もない橋の半ば辺りに少年は今来た道を見るようにして腰かけた。
僅かな水音だけが響く中、恐らく家があるであろう方向を考え事をしているのだろうか、ぼーと眺め、少しして水面へと視線を下げた。
月明りも雲に隠され、街灯の光も届いていないような場所である。案の定、水に映る自身の姿も、或いは濁り、人が何も考えずに投げ入れたであろうゴミの姿ですらも、何も見えることはなく、そこにあるのはただただ不安を掻き立てるような闇だけであった。
少年にとって、世界とは常につまらないものであった。
別に、家庭環境に恵まれなかったわけではない。
友人もほどほどにはいたし、熱中できるような趣味もあった。
しかしそれでも、少年は自分にとっては何かが違う、こうじゃないといったような感覚を持っていて、実際、少年は遊んで楽しんだり喜ぶことはあれども、決して満足感や達成感を得たことは一度もなかった。
理由は分からない、だが不思議なことに、少年は成人へと数年残したそんな歳で、生きることを飽きてしまっていたのだ。
――飛び込んでしまおうか
少年はよくないことだとは分かっていても、つい、考えてしまう。
寝つきが悪く、なんとなく夜風にでも当たろうかと出てきた挙句、ふらっと誘われるようにこんなところまで来てしまった。
実は、僕は今日死ぬために外に出たのではないだろうか、そう思えてくるほどに、少年には自身の行動がよく分からないでいた。
何も見えるはずもない暗闇の水面。
きっとここに飛び込めば、高さも、深さも足りないだろうに、確実に死ねるのだろう。
そういった不思議な確信があった。
突然吹いた風に背を押されながら、意識が下へ下へと落ちていくのを感じていた。
そんな時であった。
少年が背を押されたように、月を覆っていた雲が風に押されて流れていった。
するとどうだろう、先ほどまではあの世への入り口にしか見えないような真っ黒だった水面には、丁度半分と少しくらいに満ちた綺麗な月が浮かんでいた。
少年は、その月に目を奪われてしまった、それが故により近くで見たいと、意識が、重心が前に向いてしまった。
風に押され、気持ちが押され、まるでこうなるように仕組まれたかのごとく、少年は吸い込まれるようにして川の中へと落ちていった。
少年は深く深く、終わりがないような長い時間、沈み続けていた。
意識は、あった。しかし、体は動かず、頭も働かず、ただ沈んでいるという感覚があるだけであった。
橋の上で思った通り、落ちてしまったから自分は死んでしまったのだろうか。
少しずつ、少しずつ暗くなっていく意識の中で、少年が思ったのは、最後に見た水面に映る月のことであった。
少年が見たのは不完全な、それも水に反射した月でしかなく、それでもあんなに綺麗だと、そう思ってしまった。
であるならば、直接見る月は、それもそれが満月であったなら、それは一体どれくらい綺麗なのだろうか。
少年にとってそれは、今までにない感情で、そして、一度はいらないとすら、飽きたと思ってすらいた『生』というものを、それを失ってしまうことが途端に怖くなった。
少年は、生きたいと思ってしまっていた。
もう一度月が見たくて、もう二度と見れなくなるのが悲しくて、なぜ今まで空を見上げなかったのかと、勝手に諦めていた自分を思い悔しくなった。
もがこうとしても腕は動かず、叫ぼうとしても口は開かず、沈むことしかできないとしても、それでも諦めたくなかった。
――もう一度
それは肌を刺すようなとても寒い秋の夜であった。
少女は友人から誘われたお祭りへと向かっている最中であった。
少女は普段あまり外には出ない。
怖がりで、人のことが苦手であった。
そんな少女だが、今日の祭りはとても楽しみにしていた。
少女は幼い頃からこのお祭りが大好きで、このお祭りだけは怖いのも我慢して、欠かさずに参加していた。
月明りを浴びながら、少女は遅れないようにと友人のもとへ急いでいた。
そんな時であった。
さっきまでは雲も緩やかに流れ、風も弱かったというのに、突然、少しだけだが強めの風が吹いた。
驚いた少女は突然の風にバランスを崩しかけたが、なんとか持ちこたえることができた。
しかし、どうやら持ちこたえることが出来なかった人がいるようだ。
近くを流れている川の方で微かにだが動きが見えた。
少女は急いではいたが、こんな時間に誰かがいることが気になり、様子を見に行くことにした。
橋の上まで行って川を覗いてみると、どうやら思春期くらいだろうか、落ちたであろう男の子が川の浅いところに倒れている。
少女は、男の子の様子を見てみたが、男の子は石に頭を打ったのか、意識を失っており、容体も悪そうであった。
怖がりだが優しい少女は、男の子を助けるかどうか、迷っていた。
男の子を助けていては、お祭りの時間に遅れてしまう。
友人も待たせてしまうし、何よりも、少女は見知らぬ人が怖かった。
そう、怖かったのだ。
だけれども、今日はお祭りの日で、お祭りは楽しいもので、少女はこの男の子を見捨てて行くお祭りが楽しいものかを考えてみたが、どうしても楽しめる気がしなかった。
少女は男の子を恨めしく思ったが、今日は特別な日だからと、特別に助けることにした。
――ただ、月がもう一度見たかった。
そう、でも私はあなたを見たくなかった
だけれども、今日は特別な日だから
特別に、あなたを治してあげる
これは、契約 一つの約束
あなたは折角助かるのだから、めいっぱい幸せに生きなさい
もし次のお祭りまでに幸せが少なかったなら
あなたの魂は釜で茹でて、そこで終わり
もし幸せがたくさんあったなら
それを少しだけ分けて頂戴
そしたらあなたは見逃してあげる
だって今日は特別なお祭りだものね
Trick or Treat
あまいあまいお菓子(Happy)をくれなきゃ、こわいこわい悪戯(kill)しちゃうぞ?
ハロウィン前日にふと思い立って二時間ほどで書いた作品
数年ぶりに書いたのと、何も考えずに浮かぶまま書いていったので、多少変なところはあるかもしれません
読了、感謝です




