モモちゃんとくまさんは……
モモちゃんは求められるままに何度も、何度も同じ歌を繰り返します。
いつの間にか薄紫は群青色になっていたけれど、門限に厳しいはずのくまさんはそれに気付いた様子もありません。もう何度歌ったか分からなくなった頃、くまさんはこわごわと手を伸ばしてモモちゃんを強く抱きしめます。
「あのね、くまさん……くまさん、くまさん……。」
「続けて。」
いつもどおりの穏やかな声なのに、モモちゃんにはまるでくまさんが泣いているように聞こえてなりません。
「くまさん、私――。」
「さあ、もう一度。もう一度だけ……。」
モモちゃんはくまさんのママで、奥さんで、恋人で、娘。
モモちゃんはくまさんのお家だから、何も聞かずに歌い続けます。
くまさんの手が小さく震えていることに気が付かないふりをして、モモちゃんは知っている限りの歌を、何度も繰り返し、声が掠れても歌い続けました。
「……ごめん。あんまり素敵だったから。」
くまさんがモモちゃんを放したとき、もう辺りは真っ暗になっていました。月明かりの下でくまさんは申し訳なさそうに微笑みます。
「帰ろうか。」
くまさんはモモちゃんを軽々と抱え上げて行きと同じように肩に座らせます。モモちゃんの二倍も大きなくまさんの上からだと、花畑の先にある町まで見えました。
「私、ずっとくまさんのそばにいるわ。だから大丈夫。きっと、大丈夫よ。くまさんには、ママもくまの仔も、付いてるんだから。」
モモちゃんがくまさんの耳の後ろを撫でながら囁くと、くまさんはモモちゃんを抱きしめます。まるで壊れ物を扱うみたいに、そっと、そっと。くまさんは小さなモモちゃんよりずっと大人です。
「私、泣かないわ。だって私、くまの仔だもの。」
モモちゃんは眉をぎゅっと寄せて呟きます。それからくまさんの頭に抱き付くと再び歌いだしました。
「らーる、らーら るーるー……らー……」
「のどが痛いだろう。」
くまさんの言うことは図星でしたが、モモちゃんは小屋につくまで、そして小屋についても、ずっとずっと歌っていました。
あくる朝、モモちゃんが目覚めたとき、くまさんはもうどこにも、いませんでした。