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なんだか泣きたいモモちゃん

 小さなモモちゃんは昔に比べてずっと背が高くなり、短く切った黒い髪はまるで男の子みたい。小さなモモちゃんは今ではもう、森の中でなら一人でだって生きていけます。

モモちゃんのお友達のおおかみの仔も大人と呼べるくらいに大きくなりました。モモちゃんとくまさんは助け合いながら、森の小屋で静かに暮らします。


 くまさんの起きているときより眠っているときの方が多くなった頃のこと。


「出かけよう。君に見せたい場所があるんだ。」


ある日くまさんは唐突にそう言いました。二人でお弁当の準備をして、喜び勇んで戸口から出たモモちゃんをひょい、と担いでくまさんは肩に座らせます。


「少し遠くへ行くから。この方が速いだろう。」


不満げに足をばたつかせたモモちゃんにくまさんは苦笑交じりに言うと歩き出しました。くまさんの足取りはいつもよりほんの少し軽く、ほんの少しだけ弾んでいます。きっとモモちゃんにしか分からないくまさんの変化が嬉しくて、モモちゃんはまた足をばたつかせました。


「じっとしていないと危ないよ。」

「ね!どこへ行くの?」

「いずれ分かる。」


くまさんは微かに笑みを浮べてモモちゃんを撫でます。こういう時、くまさんの鋭い爪はとてもうまくモモちゃんを避けました。モモちゃんは足をばたつかせてくまの仔らしく吠えます。モモちゃんはくまさんが大好きです。

はじめからはしゃぎ過ぎたからか、モモちゃんはいつの間にか眠っていました。

鼻を何かがくすぐる感覚にモモちゃんが飛び起きると鼻先にとまっていた蝶々がひらひらと飛んでいきます。体を起こして辺りを見渡し、モモちゃんは真っ黒な目を丸くしました。


「くまさん、ここ……!」


辺りに広がるのは一面の花畑。

モモちゃんをぐるりと取り囲む地平線のところまで、どこまでもずっと、花畑。

少し離れたところで座っていたくまさんはモモちゃんの様子を見てそっと満足げに笑います。


「素敵、本当に素敵!夢の中に来たみたい!」


風が吹くと地を埋め尽くす鮮やかな色が波打って揺れ、甘い香りが涼しい風に乗ってモモちゃんにまで届きます。モモちゃんは急に立って走り出すと不意に花畑に倒れこみます。


「―――!」

「くまさん、くまさん、くまさん!」


そのまま転がりながら足をばたつかせると花びらが散って風に乗って流れ、くまさんの毛をまだらに桃色に染めていきます。


「何事かと思った。」


焦った顔で腰を上げかけたくまさんは珍しくすねたような声で呟きました。


「くまさん、ここ、好きよ。ありがとう……。」


モモちゃんはうっとりと目を細め、くまさんは黙ってうなずきます。



お弁当を食べて、手をつないでお散歩をして、それからくまさんにのっかってお昼寝をして――。

時間はあっという間に過ぎ、いつしか夢の国は柔らかな橙色の光に包まれます。花以外はなにもない、だだっ広い野原に並んで座ると日が沈むのがよく分かりました。


「らーるらーら るーるーらー」


モモちゃんが爪先を左右に揺らしながら小さな声で歌を口ずさむと、くまさんは少し驚いた顔でモモちゃんを見ます。

モモちゃんは森に来る人たちは嫌いでしたが、森に来る人たちの歌は傍で聞いていてたくさん知っていました。静かな花畑に風の音とモモちゃんの歌声だけが響きます。


「それは、何の歌?」

「大切な人との別れを惜しむ歌なんだって。」


モモちゃんがそう答えると、くまさんはさらにびっくりしたような目をし、複雑な表情でモモちゃんを見つめて黙り込みます。モモちゃんはくまさんのそんな顔、初めて見ました。くまさんは長い長い間、怖いような真剣な顔をしてじっと黙っていました。


「……くまさん?」


心配になったモモちゃんが声をかけるとくまさんはハッとして、それからいつも通り、優しく笑いました。モモちゃんはそれだけで何故だか泣きたくなってしまいます。


「くまさん、あのね――」

「もう一度。」

「え?」

「君の歌を初めて聞いたから。」


モモちゃんはにっこり笑うと頷いて、大きく息を吸うと歌いだしました。静かで優しく、ほんの少し悲しげな旋律が、徐々に夜が迫る花畑に響きます。

橙色の空気はゆっくりと薄い紫色へと変わり、モモちゃんの五分ほどの短い歌も終わります。もう帰ろ、そう言うつもりで立ち上がるとくまさんはモモちゃんをそっと抱えて座らせます。


「もう一度。」

「今日のくまさん、なんだか変よ。」

「ね、もう一度。」


モモちゃんの言葉が耳に入っていない様子に不安になって振り返るとくまさんは優しい顔で促します。抱き上げられ、くまさんの膝の上に乗せられて、こんなに近くにいるはずなのに、モモちゃんにはまるでくまさんのことが分かりません。


「らーるらーら るーるーらー」


だから歌います。何か難しいことを考えているらしいくまさんの心が、少しでも慰められればいいとモモちゃんは一生懸命に歌います。


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