モモちゃんの決心
ある日モモちゃんは、森の中でくまさん以外のくまを見たことがないことに気が付きました。
初めはどこか遠くに住んでいるのだろうと思っていたのですが、立派な狩人になったはずのモモちゃん、いつまでたってもクマのいる跡すら見つけられないのです。
「ねえおおかみさん、私、くまさん以外のくまを見たことがないと思うの。」
「そりゃあ、そうだろうよ。」
当たり前のような顔をして答えるおおかみさん。
モモちゃんがおねえさんのように思っているおおかみさんです。
モモちゃんが不思議そうに首を傾げるとおおかみのおねえさんも金色の目をぱちくり。
「あれ、お前さん知らないのかい?そうか、なんせあの性格だからなぁ……。」
「なあに?おおかみさんは知っているの?」
「あー……クマ公に直接聞くといいよ。あたしらも詳しい事情はよく知らないからね。」
どのおおかみさんに尋ねてもはぐらかすばかりで何も教えてはくれません。
このころになるともうモモちゃんはおおかみさんの表情を読む達人です。何だか居心地が悪そうで気の毒そうな顔がいくつも、そのうちモモちゃんは気づきました。
この森に残ったクマはもう、くまさん一人なのかもしれないことに。
「くまさんは……一人ぼっちのクマなの?」
おおかみさんは気まずそうに目を逸らします。
信じられないというように真っ黒な目をまん丸くしたモモちゃんは踵を返して走り出しました。
「くまさん!」
「どうしたの、そんなに慌てて。」
大きな音を立てて小屋の扉を開け放つとくまさんは優しい声でモモちゃんを迎えます。
そんなくまさんを見ていると小さなモモちゃんはなんだか悲しくなって、泣きじゃくりながらくまさんへと飛び込みました。
「ねえくまさん、他のくまさんは……もう、いないの?」
くまさんはしゃくり上げながら問いかけるモモちゃんにしばらく言葉を失っていましたが、少し迷った後静かに微笑んでうなずきます。
「そうだよ。この森に残ったのはもう、僕だけだ。」
「じゃあ、じゃあくまさんは、――うわぁぁん!」
モモちゃんはくまさんのふさふさの毛に顔をうずめると大きな声をあげて泣き出しました。くまさんはモモちゃんを抱き上げると赤ちゃんの時そうしたみたいに、ゆらゆらと揺らしてあやします。
くまさんは森に残った最後のクマです。町が広がり、それに伴って森はどんどん狭くなって、そうしてくまさんの仲間は減っていきました。
くまさんは森で一番大きくて強い動物。他の動物は皆くまさんを畏れ、近寄ろうとはしません。この森の食物連鎖の頂点に立つオオカミ達ですらくまさんには一目置き、関わり合いにならないようにと心がけていました。実際くまさんは、モモちゃん以外のものと話すことは滅多にありませんでした。
モモちゃんが少し落ち着くとくまさんは柔らかい声で言います。
「くまさんはね、本当に寂しくないんだ。仲間はみんなもういないけれど、くまさんに良くしてくれたことをとてもよく覚えているよ。
もらった温かいものはずっと、本当の意味でずっと、胸の中にあり続ける。
それに、この森があるだろう?くまさんは生まれた時からこの森が好きだ。」
くまさんは敢えて、モモちゃんのことは言いませんでした。
だってくまさんにはモモちゃんしかいません。そのことはくまさん自身も、モモちゃんも知っていました。
そして小さなモモちゃんにも、くまさんが大変必要であることを、くまさんはなかなか理解しようとはしません。人間のお父さんやお母さんの方が良いに決まってると、その考えを変えてもらうのにモモちゃんは大変な苦労をしています。今もしている途中です。
モモちゃんはぶんぶん首を振って真剣な顔でくまさんを見上げます。
「私がくまさんのママになる!
恋人にも、大きくなったら奥さんにだってなれるわ。くまさんの娘も勿論私よ。
……そうしたら、ね、そうしたら、くまさん、寂しくないでしょう?」
「ああ、そうだね。でも、モモちゃん……。」
流石のくまさんもそれ以上何も言えなくなってしまい、黙ってモモちゃんを抱きしめました。モモちゃんも小さな手でくまさんを精いっぱい抱きしめます。
それから暫くしてモモちゃんは、困ったように呟きます。
「あ、でもだめ」
「どうしたんだい?」
弱ったようにまゆを下げた顔がくまさんを見上げました。
「くまさん、私、お料理が分からないわ。ママはお料理をしなくっちゃ。」
くまさんは優しいよい子の頭をなでるのが好きです。