小さい狩人
モモちゃんは小学校に行きません。
でも代わりにくまさんは色々なことを教えてくれます。
食べられるきのこと食べられないきのこの見分け方、夜森で過ごす時に注意しなければならないことに様々な狩りの方法……。
そういう時のくまさんはくまさんでないみたいに厳しくてモモちゃんは少し苦手でした。
初めのうちはくまさんが森の色々なところへ連れて行ったのですが、一年もすればモモちゃんも食材の調達の手助けができるようになりました。
森を走り回っているうちにモモちゃんに出来たのは新しいお友達、おおかみさん達です。木の実が好きで物静かなくまさんとは違って、おおかみさん達はお肉が大好きで荒っぽくてまるでくまさんの話してくれた山賊。
モモちゃんにはとても新鮮でした。
おおかみさん達が獲物を追い込み、手作りの小さな弓を持ったモモちゃんが先回りして仕留めます。
他にもオオカミの子供たちと一緒にウサギの巣穴を探したりじゃれ合ったり、毎日服を真っ黒けにして帰るモモちゃんに、くまさんは困った顔で、とても嬉しそうに笑いました。
小さなモモちゃんはもう、立派な狩人でした。
秋がやってきました。
モモちゃんがくまさん先生に習って、おおかみに混じって狩りをするようになってから二年目の秋です。
森は鮮やかに色づき、モモちゃんの木はたくさんのどんぐりを実らせて、モモちゃんは毎日のようにきのこや山葡萄をどっさりとって帰ってきました。
この時期になるとさすがのくまさんも落ち着きをなくし、なんとなくソワソワとしてしまいます。
秋……それは、鮭が川に帰ってくる季節。
良く晴れたある日、モモちゃんはくまさんに連れられて、ずっと川を上っていきました。ふさふさの落ち葉を踏んで森の奥へ、くまさんの秘密の場所に向かいます。
「くまさん、見て見て!」
初めて川の上流まで遠出したモモちゃんはもうびしょ濡れ。足に触れる魚の感触にはしゃいだ声で笑います。
それもそのはず。水が銀色に染まるくらい、沢山の鮭が川を埋め尽くしていたのです。モモちゃんが水遊びをす傍ら、くまさんは黙々と鮭をとっては食べ、とっては食べと繰り返しています。
いつも通りのくまさんですが、もう長い事一緒にいるモモちゃんにはくまさんもまたはしゃいでいることがよく分かりました。モモちゃんが小さな手を勢い良く水の中に入れると、魚は指の間をするりと抜けていきます。
「くまさん、全っ然とれない!」
モモちゃんが頬を膨らませるとくまさんは楽しそうに笑いました。秋晴れの空の下、冷たくなってきた風の匂いも川の底にたまった秋の色に染まった葉を踏む感触も、何もかもが清々しくて気持ちよく、モモちゃんもなんだか嬉しくなってしまいます。
「ぐわぁー!」
モモちゃんが四つん這いになって吠えると、
「ぐわあああああ!」
くまさんも鮭を手に持ったまま吠えます。森の全部が震えるような声。びっくりしたモモちゃん、つるりと足を滑られてひっくり返り
「あーっ!」
いきなり叫び声をあげたモモちゃんにくまさんが何事かとかじりかけの鮭を放り出して駆けつけます。
「取れた!取れたよ、くまさん!」
透明な流れの中で座り込んで目を輝かせたモモちゃんの手、しっかり掴まれて跳ねているのはお腹の大きな鮭。水の中でしりもちをついたときに丁度おしりの下に一匹挟まっていたのです。
あんまり嬉しいので鮭を抱えて水の中を跳ねまわるモモちゃん。
それを見て安堵の息をついたくまさんは川辺に座り込みました。モモちゃんもくまさんの腕の中にすっぽり収まるように入ります。ふっかふかの特等席です。
手の中でびくんびくん跳ねる初めての獲物を、しばらくもの珍しそうに日に当ててみたり水に浸けてみたりして眺めていましたが、くまさんにならって恐る恐る齧り付くとお腹からぽろぽろと零れ落ちたのは野イチゴよりも真っ赤な卵。
「くまさん、くまさん、くまさん!」
初めてのぷちぷちした食感にモモちゃんはほっぺを真っ赤にして目を丸くします。くまさんは黙って笑い、モモちゃんの頭をなでました。
「ぐわぁー!」
「ぐわあああああ!」
モモちゃんは鮭を食べ終えると立ち上がり、思いっきり叫んで魚を取るべく水の中に飛び込みます。くまさんの吠える声にももう驚きません。
だってモモちゃんはくまの仔です。